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第6話 公爵家との決別
しおりを挟む『エリーシャ。ローラン公爵家のフィリオ君だよ。お前と同じ歳だ。仲良くすると良い』
『はじめまして。フィリオ・ローランです』
ある日、お父様に連れられて遊びに行った先で、私の目の前に現れた男の子は、陽の光に透けてキラキラ輝く金髪と赤い瞳がとても印象的な男の子だった。
特にその赤い瞳がとてもキレイで素敵だなと思いキラキラした目で私は目の前の男の子を見つめた。
『な、なに?』
私があまりにじっと見つめているからか、フィリオと名乗ったその男の子は少したじろいでいる。
『あ、ごめんなさい。その……とてもキレイで思わず見とれてしまったの』
『キレイ? 何が?』
『あなたの瞳の色よ! 今まで見たどんな宝石よりもキレイ!』
『え……?』
私が素直に思った事を伝えただけなのに、目の前の男の子は明らかに動揺した。
私はそんな彼の行動の意味が分からず首を傾げた。
『君は……この目がキレイだと思うの?』
『えぇ! とっても! 私は好きよ!!』
『!』
私は満面の笑みでそう答えた。
その時、彼が泣きそうな顔を一瞬だけ見せたけど、子どもだった私にはその表情の意味が理解出来なかった。
──その理由を知ったのは、それから数年経って彼と恋人同士になってからだった。
フィリオの赤い瞳はローラン公爵家では、異端とされていた。
もともとこの国に赤い瞳を持つ人間は多くない。
だからこそ、その色を持つフィリオはローラン公爵家で腫れ物扱いされていたらしい。
幸い、髪の色や顔立ちは公爵に似通っていたから、夫人の不貞を疑う声は出なかったものの、公爵夫妻も使用人もなんとなく彼と距離を置いていたようだった。
『それなのに、エリーシャはまっすぐ僕の目を見て、ただキレイとだけ言ってくれた』
後のフィリオはそれがどれだけ嬉しかったかを熱弁してくれた。
『可愛い女の子にあんな満面の笑みで、目の事とは言え、好きだと言われて恋に落ちないはずがないでしょ?』
初めて会ったあの日から、その些細な事がきっかけでフィリオはずっと私の事を想っていたのだと改めて話をしてくれた。
私は、照れたようにそう話す彼をますます愛おしく感じていた。
─────
───
「…………夢?」
私は瞼を開けて、ゴシゴシと目を擦る。
どうやら、フィリオと過ごした過去の幸せだった頃の夢を見ていたみたい。
確かあの話を聞いた時、私は嬉しさと恥ずかしさで真っ赤になったんだったかしら?
「……」
懐かしさと、もう戻らない日々に胸を痛めながら私は身体を起こす。
「っ! 痛っ!」
叩かれた頬が痛んだ。そして身体中が痛い。床に座ったまま寝るという無理な体勢のせいで、私の身体はあちこち悲鳴をあげているようだった。
「…………今、何時かしら?」
この部屋にいると何も分からない。
寝る時に邪魔だったのでドレスを脱いでいた為、今の私は下着姿だった。
このままでは、この物置部屋から出ることすらままならない。
どうしたものか……と途方に暮れていたら、部屋をノックする音が聞こえた。
「……誰?」
「お嬢様、私です」
「ユリア?」
警戒して部屋の中から問いかけると、ドアの向こうから聞こえてきた声は私付きの侍女の声だった。
私は慌ててドアを開ける。
そこにはユリアが立っていた。
「おはようございます、お嬢様。その、旦那様からの言いつけで、お着替えと食事を持って来ました」
「……そう、ありがとう」
そう口にするユリアの表情は固い。
おそらくここに至るまでの話を聞いているのだろう。そして、どう接したら良いものかと思っているに違いない。
何であれ、着替えと食事は有難い。
どうやらお父様は王家に私を引き渡すまでは、最低限の面倒を見る事だけはしてくれるらしい。
「……お嬢様! そのお顔!!」
私の顔を見たユリアが小さな悲鳴をあげる。
この部屋に鏡が無いので確認したわけでは無いけれど、何となく叩かれた頬は腫れている気がしていた。どうやらユリアの反応を見る限り間違いではなさそうね。
「どんな顔になってるかは想像がつくわ。だから、気にしないで」
「……で、ですが」
ユリアの顔はとても辛そうで、私はそんな風に心配してもらえる人間じゃないのにな、と思った。
だって、勘当される事は私自身が望んでいたのだから。
「お嬢様、嘘……いえ、何かの間違いなのですよね?」
「何がかしら?」
「もちろん、お嬢様が他のご令嬢を虐めたという話です!」
「そっち? 王太子妃になれなかった事はいいの?」
「そちらはどうでもいいのです! だって、ずっとお嬢様は王太子妃になりたくないとお思いでしたでしょう?」
「……え?」
ユリアの言葉に私は純粋に驚いた。
「王太子妃になりたくないって……どうして……」
「そんな事、お嬢様を見ていれば分かります! お嬢様はお別れになってもローラン公爵子息様の事をずっと想い続けていらっしゃったではありませんか!」
「!」
「旦那様と奥様の前でも、他の方々の前でも王太子殿下を慕っている様子を見せられておりましたが……あれは全部演技ですよね?」
「……」
ユリアには全部お見通しだったらしい。
さすが、私の事をずっと見て来ただけあるわね。
「だとしても、それが私が他の令嬢を虐めない理由にはならないわ」
「お嬢様はそんな事しません!!」
「ユリア……」
「お嬢様はこの先どうなるのです? 旦那様も奥様もとにかくお怒りで……」
目に涙を浮かべて必死に話すユリアを見ていると、私の胸が痛んだ。
(こんな私でも心配してくれる人がいたのね)
昨日庇ってくれた、マリアンナ様。
こうして心配してくれるユリア。
それだけで救われた気がした。
「もともと、殿下の婚約発表が終わったら私はこの家とこの国を出ていくつもりだったわ」
「!!」
「ただ、予想外の話が出てきてしまったから……国を出るのはどうなるかしら? どちらにせよ、私はもうこの家には帰って来ない。それだけは間違いないわ」
「お嬢様……」
「今までありがとう、ユリア。元気でね?」
「お嬢様! 私は!」
「貴女の雇い主は私ではなく、お父様。あなたは当主の命令に従わなくてはいけない。だから、もう行ってちょうだい?」
「……っっ、お嬢様……ではせめて、これだけでも……」
そう言ってユリアは小さな鞄を私に押し付ける。
「何? 鞄?」
「今朝ほど、急いでお嬢様の部屋から持ってきた荷物です……時間が無いのと監視の目があるので殆ど持ち出せませんでしたが……着替えの服に紛れさせてどうにか持って来ました……」
「ユリア」
「こんな事くらいしか出来ず……申し訳……ございません……」
「ユリア! いいのよ、本当にありがとう。あなたがいてくれて幸せだったわ」
少しとは言え、荷物を持ち出したなんてバレたらユリアにどんなお咎めがあるか……それだけが心配。
それでも、その気持ちが嬉しかったから私は笑ってお礼を言った。
「……うぅ、お嬢様……」
ユリアは泣きながら部屋を出て行った。
その姿を見て私の胸は更に痛んだけれど、ユリアにはユリアの人生がある。
巻き込む訳にはいかない。
だから、これでいい。
私はユリアが持って来てくれた服に着替え、食事に手をつける。
運ばれてから時間が経っていたからか、はたまた両親の嫌がらせか、盆に載ったスープはとっくに冷めていた。
****
お昼過ぎに、我が家の門の前に王宮の馬車が止まり、私への迎えがやって来た。
(いよいよ、この家ともお別れね)
そう思ったと同時に、ノックの音もなく物置部屋の扉が開けられた。
──お父様だった。
もう、娘とも思えない私の為にノックなんて必要ないと判断したらしい。
さすが、いい性格をしている。
咄嗟に鞄を隠した。
荷物を持ってるのが見られたら何を言われるか分かったもんじゃない。
(ユリアが必死に持ってきてくれたんだから!!)
お父様はそんな私の様子に気付くことも無くただ、淡々と告げた。
「迎えが来た。さっさと行け! そしてこの家を離れた瞬間、お前は我が家とは無関係の人間だ! 処罰でも受けて放り出され、その辺で野垂れ死んでしまえ!」
……それが、仮にも18年間育てて来た娘にかける言葉なの?
とっくに見限っていた両親だけれど、ここまで最低だったなんて。
自分の心がどんどん冷えていくのが分かった。
「……お世話になりました」
私はどうにか絞り出したその言葉だけを告げ部屋を出た。
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