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第7話 王宮に着きました
しおりを挟む「……お嬢様!」
誰の見送りも無いまま馬車に乗り込む寸前、ユリアが私の前に息を切らして駆け込んで来た。
「ユリア!? 何やって……!」
お父様やお母様に見られたら非常にまずい!
私は焦ってキョロキョロと辺りを見回す。そんな私の心配を他所にユリアは手に持っていた物を私にグイッと押し付けた。
「構いません! お嬢様……これを持って行ってください。せめてこれだけは……!」
「これ? いったい何のこ……?」
そこまで言いかけて、握らされ物に気付いた。
──フィリオから初めて貰った髪飾り!
そこには、誕生日の日に告白と共にフィリオから貰ったあの思い出の髪飾りがあった。
3年間の交際の間にフィリオから贈られた物はたくさんあった。
そのどれもが素敵で気に入っていたけれど、やっぱり私が1番大事にしていたのは、始まりのこの髪飾りだった。
「どうして、コレがここに……私はあの時ー……」
私は動揺を隠せない。
何故なら、フィリオとの別れが決定的になった時に、私はフィリオから貰った全ての物を処分する決心をした。そうでもしないと忘れられそうになかったから。
結局、処分しようがしまいが彼を忘れる事は出来なかったけれど。
「……こちらだけは、と私がずっと処分した振りをして隠し持っておりました……」
ユリアが泣きそうな顔でそう口にする。
言葉が震えているのは、私の命に背いたからかしら。
「ユリア……」
「あんなにお辛そうな顔で処分を命じたお嬢様の気持ちを考えると……私には処分する事が出来ませんでした。せめて、せめて最も大切にされていたコレだけは……と。申し訳ございません……」
あの命令をした時、いったい私はどんな顔をしていたのだろう?
ユリアにそこまで思い詰めた顔をさせるほど、私は辛い顔をしていたのかな。
あの頃の気持ちを思い出して私も泣きそうになってしまった。
「本当は今朝渡した荷物の中に紛れ込まそうとも思ったのですが……万が一、取り上げられてしまったらと思うと入れる事が出来ず……」
「……ユリア、ありがとう。コレは……持っていくわ」
「お嬢様!!」
ユリアが泣きながら笑った。
そんなユリアを見ながら私も微笑み返した。
そして、懐にそっと髪飾りを仕舞い込む。
──彼の気持ちも、思い出も何もかも失ってしまったと思っていたけど……たった1つだけ返ってきたこの髪飾り。
コレがあればこの先、どんな事があっても生きていけるような気がした。
ユリアにお礼とさようならを告げ、今度こそ私は馬車に乗り込む。
迎えに来た使者は、何故か急かすことも無く黙ってユリアと私のやり取りを見守ってくれていた。
こうして、私は18年間住んでいたマクロイド公爵家を後にした。
きっと二度とここに戻る事は無いだろうと思いながら。
****
「こちらでお待ちいただくように、との事です」
「分かりました」
王宮に着いて、案内されたのは応接室のような部屋だった。
話を聞くと言われたけれど、尋問みたいな感じになるのかしら?
マリアンナ様が否定してくれたと言っても、私はやっぱり“犯人”のままだと思うし。
そんな事を考えていたら、扉がノックされた。
「マクロイド公爵令嬢、いや、エリーシャ嬢。失礼する」
そう言いながら入室して来たのはアラン殿下とフィリオの2人だった。
私は慌てて頭を下げる。
「挨拶はいい。顔を上げてくれ」
「……はい」
私がおそるおそる顔を上げると、2人がギョッと驚いた顔を見せる。
そんな2人の様子に私は戸惑う。
「……どうかしましたか?」
「いや、あの……その顔は……」
アラン殿下の声が震えている。
「顔ですか?」
人の顔みてそんなに驚くなんて失礼な人達ね! ……と怪訝に思ったのも束の間。
私は昨夜、お父様に叩かれていた事を今更ながら思い出した。
(しまった……! 私ったら顔が腫れたままなんじゃないの!?)
痛みに慣れ過ぎてしまっていてすっかり忘れていたわ……
ろくな手当てもしていないから、私の顔はさぞかし酷い事になっているはず……
もしかしなくても私は今、とんでもない顔で2人の前に立っているのではないだろうか。
今更ながらすごい失礼を働いている事に気付いた。
「あの、私……こんな顔で申し……」
「謝らないでいい! エリーシャ嬢が謝る事では無いだろう!?」
────こんな顔で申し訳ございません。
そう言おうと思ったのに、アラン殿下に凄い勢いで遮られた。
そんなアラン殿下の顔は真っ青だった。
(もしかして、責任感じてしまっている……?)
「……手当、はしたのか?」
「いえ……」
「……だろうな。では、まず先に手当だ!」
「は、はい」
そのままアラン殿下が大急ぎで医師を呼んでくれた。
こうして私は一旦他の部屋に移り、まずは医師の手当を受ける事になった。
退出する際に、チラリと盗み見たフィリオの顔色はアラン殿下よりも酷く見えた。
手当を終えて先程の部屋に戻り、扉をノックしようと思ったら、扉が開いており殿下とフィリオの会話が聞こえて来た。
「……だから! 昨日俺は言ったじゃないか!!」
「フィリオ。すまない……」
「謝るのは俺にじゃない!」
───?? 2人は何の話をしているのかしら?
「アラン!」
「分かってる! 分かってるよ、フィリオ。俺はあの時のお前の姿を見ている」
「あの時の俺の事はどうでもいい! だったら何で昨日の俺の頼みを聞いてくれなかったんだ!! 俺には無理でもお前ならどうにか出来ただろう!? だから俺は……」
「……すまない」
これは……内容はよく分からないけど、フィリオがアラン殿下を責めてるの?
フィリオはかなり怒っているけれど……
いったいこの短時間に2人の間に何があったのだろう?
こんな空気の部屋に入りたくないのが本音だけど、そうも言ってられない。
2人の言い合いは続いていたけれど、私は一度深呼吸をしてから扉をノックした。
その音で二人はハッとしたように言い合いを止めてしまったので、結局、何の話をしていたのかはよく分からなかった。
(……怖いわ)
手当を終え部屋に戻った私は、今、2人と向かい合っている。
今度こそ話をする事になったのだけど、肝心のフィリオのオーラが怖い。怖すぎる。
さっきまでアラン殿下を責めていた時の怒りのオーラが全く収まっていない。
なんと言えばいいのかしら……放っておいたら暴れ出しそうな雰囲気だ。
そんなフィリオの様子を無視してアラン殿下が口を開く。
「エリーシャ嬢。昨夜の謝罪をしたいのだが……その前に、頬の怪我は大丈夫だったのだろうか?」
アラン殿下が心配そうに聞いてくる。
「えぇ、ちょっと放置したせいで酷くなっていますが、時間が経てば腫れも引いて大丈夫だと先生も仰ってくれました」
「そうか……」
殿下はその言葉に少し安心した様子を見せたけどその顔からは後悔している事が伝わって来る。
「…………公爵か?」
「え?」
怒りのオーラ全開だったフィリオが口を開いた。
その顔も声も全てが怒ってるようだった。
「マクロイド卿にやられたんだろ!?」
フィリオが声を荒らげた。やはり怒ってる。
「そ、そうですが……」
私の返答にフィリオの顔が苦しそうに歪んだ。
(え? なんでそんな顔をするの?)
「フィリオ、落ち着け! それとお前はさっきから、どす黒いオーラを撒き散らしてる。私が悪かったし、気持ちは分かるが頼むから今は鎮まってくれ!」
「…………」
殿下の言葉にフィリオも少し落ち着く事にしたらしい。
とりあえず怒りのオーラは少しだけ鎮まり大人しくなってくれた。
「まずは、その怪我の事も含めて……もう一度昨夜の謝罪をさせてくれ。本当にすまなかった」
「本当に申し訳なかった……」
アラン殿下とフィリオそれぞれにもう一度謝られた。
「密告書だけでなく、調査結果は私が犯人だと断定出来る証拠ばかりだったんですよね?」
「……あぁ」
アラン殿下が辛そうに目を伏せる。
「マリアンナは、嫌がらせを受けている事を私に話してくれていなかった。密告を受けて私は初めてその事を知った」
「え?」
「全部、自分で対処していたらしい……」
「まぁ!」
何と言うか……殿下、頼られていないのね? そんな感想が思わず浮かんでしまった。
「本当に本当にすまなかった……調査にどんな結果が出ていてもエリーシャ嬢、確かに君はそんな事をする人じゃない……マリアンナみたいに君の事を信じなきゃいけなかったのは私達だったのに」
「……」
私は幼い頃から殿下の事を知っている。
だからこそ、殿下があの場で断罪劇を繰り広げたのは何かしらの理由があったのかもしれない。そんな風にも思えるけれど……
(もちろん、どんな理由があったとしても褒められた行為では無い。でも……)
「改めて君の口から聞きたい。あの場で、君は肯定とも取れるような返事を返した……が、エリーシャ嬢。君はマリアンナへの嫌がらせや虐めの件に本当に関わっていたのか?」
「……」
そう真っ直ぐ私の目を見つめながら聞いてくる殿下は昨日の様子とは全然違っていた。
(そもそも、あの場で否定しなかった私も私なのよね……否定しようと思えば出来たのだから)
チラッとフィリオの様子を窺う。
アラン殿下の隣に座るフィリオは完全に無表情で、何を考えてるのかはよく分からない。
ただ、静かに私の答えを待っているようだった。
フィリオからすれば憎い私が犯人となり、
その結果、責められて何らかの処罰を受けて懲らしめられる方が満足なのかもしれないけど。
でも……
(……フィリオ、ごめんなさい。私、この件であなたからの罰は受けられないわ)
だって、私を庇ってくれたマリアンナ様の今後の為にも、殿下にはちゃんと犯人を見つけて欲しいから。
だから、私は2人を真っ直ぐ見つめてハッキリと答えた。
「いいえ。私は、何一つ関わっていません」
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