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第12話 怪しいのは元・王太子妃候補の令嬢
しおりを挟むそれから。
王宮に部屋を貰い、日中はフィリオの仕事の補佐、夕方からはマリアンナ様と過ごす日常にもだいぶ慣れてきた私は、始めこそ、元・公爵令嬢という肩書きは王宮で働く人達の注目の的だった。
『勘当されたらしい』
この話も広まっているのだけど、どうも両親……だったあの2人が「王太子妃になれなかった娘は不要だ」と言いふらしているせいらしい。
そのせいか、どうも心なしか同情的に見られている気がする。
そんな事を吹聴すれば自分達がどんな目で見られるか分かりそうなものなのに……あの人達のしたい事は相変わらずよく分からない。
マリアンナ様との関係や冤罪の件は、あの時、マリアンナ様が間に入った事が大きかったせいか、どちらかと言うと殿下やフィリオが悪者に見られている傾向にあった。
殿下もフィリオもこの件に関して自分達の弁解を一切しないので、もはや言われたい放題だった。
(だけど、何か気になるのよね……)
でも、自分の中で何が気になっているのかうまく纏まらないので2人に問いただせずにいる。
もちろん、変な目で見てくる人がいないわけでは無いけれど、思っていたよりも非難の目が少なく、王宮での生活は思ってた以上に平和な毎日だった。
とは言え、もちろん例外はいる。
「あーら、エリーシャ様ではありませんか?」
「?」
フィリオに頼まれて仕事関係の書類を届けた後、執務室に戻ろうとしていたら声をかけられた。
「……クレア様」
「ご無沙汰していますわね、エリーシャ様……ってあら、ごめんなさい、もうあなたは公爵令嬢ではありませんでしたわね、失礼しましたわ」
そんなクレア様の言葉に取り巻きのようにまとわりついている令嬢達もクスクスと笑う。その目は明らかに私を蔑んでいる。
───クレア・カーライル侯爵令嬢
この今、明らかに中心となって私に嫌味を振り撒いてるクレア・カーライル侯爵令嬢は、私と同じ初期からの王太子妃候補となっていた美しい美貌を持つ令嬢だ。
身分からいっても、私の次に有力候補だった。
世間では王太子妃の座を射止めるのは、私かクレア嬢と言われていた。
だけど、彼女は私と同じで選ばれなかった人。
選ばれたくなかった私とは違って彼女は今、相当悔しい思いをしているはず。
(──私には、マリアンナ様の嫌がらせの犯人は、彼女としか思えないのよね……)
でも、証拠が無い。
あの後、密告書とその後の調査書を殿下に見せてもらった。
密告書には、私の仕業だという証拠まで付ける徹底ぶりで、その後の調査も結局それを裏付けるかのような結果にしかなっていなかった。
つまり、正当な方法で調べる限りは、どう足掻いても私が犯人だと物語っている。
これで、証人までいるとか……犯人はとことん私を蹴落としたかったらしい。
(あそこまで徹底した捏造が出来るのは、実家の力もあるうえ、取り巻きや熱狂的なファンが多い彼女の仕業としか思えない。動機だって充分だし)
「いえ、お気になさらず。私は気にしておりませんので」
「は? 平民になったのに、ですの?」
「はい。全く気にしておりません」
クレア様とその取り巻き令嬢の顔が引き攣る。
きっと平民となり絶望している私を嘲笑いに来たのでしょうけど、当てが外れて困惑しているのだと思われる。
「ねぇ、エリーシャさん」
わざわざ、“さん”を強調する所に悪意を感じるわ。
「何でしょうか?」
「あなた、気にしていないと仰ってますけど、王太子妃になれなかったあげく、やっぱりこんな事になってさぞ悔しい思いはあるでしょう?」
「いえ、全く?」
「……!?」
私の返答にクレア様の顔は更に引き攣る。
「あなたを選ばなかった殿下や選ばれたマリアンナ様に対して思う事はないんですの!?」
「思う事ですか? おめでとうございます、お幸せに! ですかね?」
「なっ! だってあなたあんな必死になって王太子妃の座を……」
「私には私の目的がありましたので。それは、クレア様には一切関係ございません」
だから、そのまま引っ込んでてください、という思いを込めて私が微笑むとクレア様は悔しそうな顔をした。
「~~~! あなた、おかしいわよ!」
「……」
何とでも好きに言えばいい。
私がどんな思いで3年間過ごして来たかはクレア様には分からないのだから。
「ところでエリーシャさん、あなたマリアンナ様付きになったのでしょう?」
「……そうですが」
気を取り直したクレア様が今度は怪しい笑みを浮かべて私に歩み寄って来た。
その顔にゾクッとした。嫌な予感しかしない。
「ならお願いがあるの」
「聞けません」
「……は?」
「ですから、クレア様の“お願い”は聞けません」
「まだ、何も言ってないわよ?」
「それでもです」
クレア様はプルプルと震えている。
怒らせたかな?
「……公爵令嬢だった頃から思っていたけれど、あなた本当に生意気ねっ!」
「それはどうも」
そう思われていたのね。
怒りに震えるクレア様を見ていると、そろそろ一発くらい叩かれそうだわ……
そう思った時、
「──そこで、何してる?」
その一際、冷たい声にビクっと私とクレア様の肩が跳ねた。
私の後方から聞こえたので顔は見えないけど声と冷気で分かる。
「ローラン公爵子息……様」
クレア様とその一味が真っ青な顔で震えている。
あ、これは間違いなくフィリオの冷気にやられてる。
そして現れたのはやっぱりフィリオだった。
「な、何でもありませんわ。エリーシャさんをお見かけしたから声をかけただけで」
「……そうか。なら邪魔するのはやめてもらおうか。彼女はこれでも仕事中なんだ」
「し、仕事……そ、そうでしたの……」
これでも……って言い方!!
私の中でちょっとフィリオに対して文句が生まれたけど、面倒臭い人から助けてもらってるので黙っておく。
「し、失礼しましたわ」
ご機嫌よう~……と去っていくクレア様達。
だけど、私はすれ違う際に彼女がフィリオに対して「……何よ、ローラン公爵家の異端児が偉そうに!」と呟いていたのが聞こえてしまった。
「……」
フィリオはいまだ周囲にそんな目で見られてるんだ……
そう思うと私の胸が痛んだ。
そんなフィリオはジロっと私を睨むと「仕事をサボるなよ」とだけ言って執務室に戻って行く。
(フィリオはいったい何しに来たの?)
そんな疑問が浮かんだけれど、とりあえず今は私も大人しく戻る事にした。
****
「それって……」
「それって?」
夕方、登城したマリアンナ様に昼間の話をすると、呆れた顔をされた。
「フィリオ様がエリーシャを心配したからに決まってるじゃないですか!」
「心配? あぁ、私がちゃんと仕事をこなしているかの心配ですか?」
「そっちじゃありません!! エリーシャ自身の心配です!!」
マリアンナ様がすごい勢いで否定してきた。
正式にマリアンナ様付きになり、私とマリアンナ様の立場は逆転した。
マリアンナ様は「エリーシャ様をエリーシャなんて呼べません!」って言ったけれど周りに示しがつかないので、何とか慣れてもらった。
そんなマリアンナ様の言葉と私の脳内のフィリオが一致せず首を傾げる。
「いやいや、有り得ませんって」
仕事を手伝うようになってから知った。
フィリオはとても忙しい。いつ寝てるのかしら? と思うくらい。
そんな忙しい人が、わざわざ時間を割いて私の心配なんてするはずがない。
(あれだけ忙しいんだもの。憎いと思ってる私でも構わないから手伝ってくれる人間を欲するわけだわ)
「……」
マリアンナ様は静かにため息をつきながら「ダメかぁ……」と首を横に振った。
何がダメなのかしら??
「それよりも、問題なのはクレア様ですよ」
「!」
マリアンナ様の表情がピシッと引き締まった。
「何か言われました?」
「いえ、私を嘲笑いに来ていただけのようでしたけど……でも」
「でも?」
「私に“お願い”があると言っていました」
「お願い……?」
あの怪しい笑顔が気になってしかたなかった。
聞かなくても分かる。絶対、ろくなお願いでは無い。
「ところで今は嫌がらせは起きていないのですか?」
「そうですね。うーん、私自身に警護が増えてるし、警戒しているのかもしれません」
「それか、マリアンナ様はただの被害者でエリーシャ公爵令嬢を蹴落とせれば満足だったか……ですかね?」
「まだ、分からないですよ?」
マリアンナ様もそこまで楽観視は出来ないようだった。
どんなにクレア様が怪しくても結局は証拠が無いのだから。
「とりあえず、クレア様には厳しい監視がついていますけど……」
「今はそこまでが限界……ですからね。エリーシャも気を付けて下さいね?」
……つまるところ犯人探しは難航していた。
それだけが、この日々の不安な種だった。
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