【完結】初恋の彼が忘れられないまま王太子妃の最有力候補になっていた私は、今日もその彼に憎まれ嫌われています

Rohdea

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第13話 特別な人がいるらしい

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「……ちょっと、フィリオ! 離してってば!!」
「嫌だ。離したらエリーシャは逃げる気だろう?」
「逃げないっ!」
「いや、絶対に逃げる」

  うぅ……掴まれた腕を振りほどけない。
  いつのまにこんなに力の差が出来たのだろう?
  いや、フィリオはもう15歳の少年ではないから当たり前なのだけど……


  今、私はフィリオの右腕に自分の左腕を掴まれ、反対の手で壁に押しやられている。
  要するに、囲まれてしまい逃げられない状態。


  どうしてこんなに怒ってるのよ……




  そして、本当に本当にどうしてこんな事になったのか────……
 





 



「エリーシャさん!」

  今日もフィリオに頼まれて別の部署に書類を届けに向かう最中、後ろから声をかけられた。
  勤め出した頃は、元・令嬢の肩書きのせいで気軽に名前を呼ばれる事もなかなか無かったけれど、今は皆、“エリーシャさん”と呼んでくれるようになった。

「エドワード様?  お疲れ様です」
「うん、お疲れ様」

  私に声をかけてくれたのは、騎士のエドワード・パスカール様。
  パスカール伯爵家の次男で、歳は私の2つ上。学院に通っていた頃から一応面識があったので、彼も最初は私の扱いに困っていた1人だった。

「お使い?」
「えぇ、財務部に書類を届ける所です」
「そっか。すっかり仕事に慣れたみたいだね」
「まだまだですよ」

  私が苦笑しながら答えると、エドワード様は感慨深そうに笑った。

「今でも不思議でしょうがないんだよね」
「何がですか?」
「“エリーシャ様”がこうして働いてる事」
「そうですか?」

  この発言は、エドワード様に限らず最近よく言われる事の1つだったりする。

「そうなんだよ。だって、“エリーシャ様”は高嶺の花だったのだから」
「高嶺の花……」
「おいそれと近付けない高貴な花だった」
「……今はどこにでも咲いている野草ですよ?」
「こんな高貴な香りのする野草とは素晴らしいね。そうだ、エリーシャさん。もし時間があればこの後ー……」

「エリーシャ!」

  エドワード様が何か言いかけたけど、その言葉は後ろから声をかけられた事で遮られた。
そして、その遮った声の持ち主はー……

「あ、フィリオ様……」

  エドワード様が気まずそうに呟く。

「……パスカール家の騎士が何でこんな所で油を売ってる?  休憩中か?」
「いえ、違います……も、申し訳ございません」
「俺に謝る事じゃないだろう?  仕事中ならさっさと仕事に戻れ」
「は、はい」

  フィリオの睨みに、エドワード様はうろたえ出してあっという間にこの場から去って行く。
  何か言いかけてたようだけど、結局、何を言いたかったのだろう?
  そんな事をぼんやり考えていたら、頭の上から物凄い冷気が発せられているのを感じた。

「……?」
「エリーシャもだ。仕事中だろ?  何を呑気に立ち話なんてしてるんだ」
「あ、ご、ごめんなさい……」

  これはフィリオの言う通りなので私が悪い。

「……俺はアランの所に行ってくる。エリーシャもそれを届けた後は、真っ直ぐ執務室に戻って来いよ」
「わ、分かったわ……」

  そうして、頼まれていた書類を届けた後、急いで執務室に戻ったら、何故か未だに機嫌を損ねているフィリオに壁に押しやられている今の状態が出来上がったわけでー……


「ほ、本当に何なの!?」


  確かに仕事中に立ち話などしていた私にも非があるけど、この扱いはなんなの!?



「……は…………に」
「え?」
「何でもない!  エリーシャ。パスカール伯爵家のアイツとは親しいのか?」
「親しい?  そんな事は無いわよ。顔見知り程度……」
「その割には楽しそうに笑い合っていたように見えたが」
「気のせいよ!」

  いったいフィリオの目には私がどんな風に見えてるのよ!!

「なら!」

  私の返事にフィリオの語尾が強くなった。

「アイツはダメだ!  近付くな!」
「何でフィリオにそんな事を言われなくちゃならないの!?」

  意味が分からないわ。

「エリーシャが絶対に傷付くからだ!」
「は?」

  何で私が傷付くの?  フィリオの言いたい事がよく分からない。

「何を言っているの……?」
「……とにかく!  アイツには気を付けろ。必要以上に近付かないでくれ」

  そう言ってフィリオはようやく掴んでた腕を解放する。

「そんな勝手なことを言われても……」

  私には、フィリオが何を考えているのかさっぱり分からなかった。





****




  そんなモヤモヤを抱えながら過ごした数日後、


「……どこか具合でも悪いのか?」
「え?」

  書類整理の仕事をしていたら、フィリオにそう声をかけられた。
  その顔と声はどこか心配そうで、フィリオのこんな顔は久しぶりに見る気がした。

「ここ数日、顔色が悪い。それに時々ぼんやりしているだろ?」
「……」

  まさかの悩みの元凶に心配されるなんて複雑な気持ちだ。

「仕事を振りすぎたか?」

  どうやらフィリオには、自分の発した言葉のせいで私が悩んでるという思いは浮かばないらしい。鈍感なの!?
  

「違うわ。…………でも、あなたのせいだと言う事は否定しないわ」
「え?」
「休憩とらせてもらいます」

  心底分からないといった顔をするフィリオを見ていたら、腹が立ってきたのでちょっと早いけれど休憩を貰うことにした。

  ──今はフィリオの顔を見たくないし、見られたくない。

  部屋を出ていく時にチラリとフィリオを横目で見ると、彼はどこか呆然とした表情をしていたように見えた。






  (あぁぁ、もう!  本当に本当に馬鹿みたい!)

  休憩室までの道を歩きながら、私の頭の中はフィリオの事でいっぱいだった。
  何を考えてるのか全く分からない!
  何が気に入らないのか分からないけど、交友関係にまで口を出してくるなんて!


「わけが分からないし、腹も立つのにどうして嫌いになれないの……」


  いっそ嫌いになれたならこの心も楽になるのに。


  ──出会った頃から好きだった。
  そう気付いたのは、8歳でフィリオと疎遠になった時。
  自分の中でアラン殿下に感じる想いと違うものがフィリオに対してだけは存在している事に、会えなくなってから気付いた。
  だから、再会して交際を申し込まれた時は夢かと思った。フィリオも同じ気持ちでいてくれた──幸せだったのに。
  交際も順調だった。婚約の申し込みも目の前まで迫っていたのに──


  そんな考え事をしながら、しかも俯いて歩いていたせいか、私は目の前から人が歩いて来ている事に気づかず、思いっきりぶつかってしまった。

  ドンッ!

「きゃっ……!」
「うわっ!」
「ごめんなさい!  私、ボンヤリしていて!」

  しまった!  と思い慌てて顔を上げる。

「いや、大丈夫、こちらこそーーって、あれ?  エリーシャさん?」
「……エドワード様!」

  まさかのこの悩みの始まりとなった相手だった!

「申し訳ございません……私、しっかり前を見ていなくて」
「いや、本当に大丈夫だから。それよりエリーシャさんの方が……」
「私ですか?」

  エドワード様の言葉の意味が分からず私は首を傾げる。

「うん。顔色が良くないよ?  それに……」
「それに?」
「…………泣いた跡がある」
「!!」

  その指摘に私は、思わず肩を震わす。 

「……あ、これは何でもないのです」 
「何でもない人は涙なんて流さないと思うけど?」
「……そ、れは、そう……ですが……」
「……」

  それでもエドワード様は、私のこれ以上触れないで欲しいという思いを汲み取ってくれたのかそれ以上の追究はされなかった。

「今は仕事中?」
「いえ、休憩中です」
「そうか……なら、エリーシャさん」
「はい?」

  周囲をキョロキョロ見回した後に、仕事中かどうか尋ねてきたのは、先日の事があるからかしら。

「この間も言いたかったのだけど、もし良かったら一緒にご飯とか行きませんか?」
「えっ?  ご飯ですか?」

  思いも寄らなかったお誘いの言葉に私は驚いてキョトンとしてしまう。

「そう。どうかな?  もちろん時間があれば……だけど」
「……」
「俺はエリーシャさんともっと仲良くなりたいと思ってるんだ。迷惑だろうか?」
「エドワード様……」

  年頃になってから私の隣にはフィリオが居たし、そのフィリオと別れた後は王太子妃候補だったから、こんな風にフィリオ以外の男性にお誘いを受けるのは初めての事だ。

「あ、そんな真剣に受け取らないでさ!  ほら、最初は軽い気持ちで!  ね?」

  私の戸惑いを感じたのか、エドワード様は慌ててそう付け加えた。

「それとも、フィリオ様が許さないかな?」
「え?」

  フィリオの名前が出たのでドキリとした。

「エリーシャさんって今、フィリオ様の元で働いているんだよね?」
「そうですが……」
「いや……あの人、色々厳しそうだからさ。自分は狡いよね」

  (……え?)

  エドワード様の言葉に私は驚き固まってしまう。
  フィリオが女性と……?

「あれ、知らない?  フィリオ様ってこれまで全然、女性との噂が無かったのにさ、ここ最近頻繁に宝飾店に出入りしてるのが目撃されてるんだよ」
「ほうしょくてん……」
「大臣の娘の令嬢とお見合いしたって噂だったからその令嬢との話が纏まったんだろうね~。婚約発表も近いかもね」
「!!」

  エドワード様のその言葉に泣きそうになった。
  お見合い?  宝飾店に通ってる?
  確かに、忙しい合間にどうにか時間を見つけて外に出てるのは知ってるけどそれは仕事だとばかり……

  違ったの?

  (まだ、大丈夫……そう思ってたのに……フィリオにはすでにいたんだ、特別な人)

  頭の中がガンガンする。
  心臓も嫌な音を立てていて、目の前が真っ暗になったみたい。
  もはや、自分がどこに立っているのかすら分からない気持ちになった。


「だからさエリーシャさん、俺達も……ってエリーシャさん?」
「……」

  (嫌だ、嫌だ、聞きたくない!  フィリオのそんな姿はやっぱり見たくない!!)

  
  心配するエドワード様の存在も忘れて私はしばらくの間、呆然とその場に立ち尽くした。

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