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第14話 嫌いになれない
しおりを挟むとぼとぼと執務室へと戻る。
気持ちを切り替える為に、無理やり休憩をもらって部屋の外に行ったはずだったのにこんな事になるなんて。
「……エドワード様」
私は、油断すると今にも泣き出してしまいそうな頭で先程の事を思い出した。
─────……
エドワード様は急に反応が無くなった私に対して慌て出した。
「だ、大丈夫? 何かおかしな事を言ったかな?」
「……」
私が答えられずに俯いていると、エドワード様は更に言った。
「エリーシャさん、俺はずっと君が“エリーシャ様”だった時から君の事が気になってたんだ」
「え?」
衝撃の上に更に衝撃を受けた。
その場に固まったまま呆然としている私にエドワード様は続ける。
「でも、君は王太子妃候補だったから。でも今の君は誰のものでもないはずだ。なら、俺にもチャンスがあると思いたい」
「エドワード様……」
告白された、のだろうと言う事は理解した。
だけど、感じた気持ちは嬉しいよりも戸惑いだった。
(だいたい、勘当された私はもう貴族じゃない。フィリオだろうとエドワード様だろうと隣に立つことは出来ない……)
ここでフィリオの顔が浮かんでしまうあたりが、未練タラタラな証拠。
どうやら、彼にはもう特別な女性がいるらしいのに。
なんて情けないの……
「エドワード様、私は……」
結局、私がエドワード様に出した答えは「ごめんなさい」だった。
エドワード様の想いに応える事が出来ない私は、ご飯のお誘いも受ける事が出来なかった。
私の言葉にエドワード様は一瞬、傷付いた表情を見せた後、
「いつか君の気持ちが変わる事を願っているよ」
そう言って寂しそうに去って行った。
(そんな事を言われても……困る)
「随分、遅かったな」
「えっと……」
執務室に戻ると、フィリオが仁王立ちして待っていた。
その背後から感じるのは怒りのオーラ。
「まさか、またあの男と会っていたわけではないだろうな?」
「えっ?」
図星をさされた私はフィリオの言葉に思いっ切り反応を返してしまった。
これでは、“はい、そうです”と言っているようなもの。
案の定、そんな様子の私を見てフィリオは眉を顰めた。
「……会ってたんだな?」
「ぐ、偶然よ! 別に示し合わせたわけではなくて……!」
「偶然がそう何回もあってたまるか」
「そう言われても……」
本当に偶然なのに。フィリオは、追求の手を緩める気は無いらしい。
「……デートにでも誘われたか?」
「え?」
「その様子だと誘われたんだな?」
「……」
沈黙は肯定と受け止められるらしい。
「あの男は確かにエリーシャに気があった」
「え?」
フィリオの言葉に思わず驚きの声をあげてしまう。
「エリーシャが婚約者候補として王宮に来る度に邪な視線を寄越していたからな。ずっと気に入らなかったんだ」
「……!?」
何でそんな事をあなたが知ってるの? という言葉が思わず口から出そうになった。
──もしかして、フィリオは私の事を気にして……?
と、思わず胸が高鳴りそうになったけれど、冷静になって考えれば理由は明白だった。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、追い討ちをかけるようにフィリオが言葉を続けた。
「王太子妃候補に横恋慕するなんて騎士として有り得ないからな! だが、そうじゃない! それよりも今のアイツがお前に寄せる気持ちは……」
──だよね。
フィリオは、殿下の側近として“王太子妃候補”の私を気にしていただけ。
そこに深い意味など無い。
(それに、フィリオはフィリオでもう特別な人が……!)
その事を思うと悔しさが湧き上がってくる。
気付くと私は拳を力強く握りしめて叫んでいた。
「なら、今の私は王太子妃候補でも何でもないのだからエドワード様と懇意にしても問題は無いはずよ」
「……っ!」
完全に売り言葉に買い言葉だった。
エドワード様には、すでにお断りしているのに私は一体何を口走っているのだろう。
バンッ
私は壁際に追い込まれ、フィリオの手に囲まれて逃げられなくなっていた。
「っとに、エリーシャは俺を苛立たせる天才だな」
「お褒めいただきありがとう?」
「……褒めてないっ!」
そんな事は分かってるわよ。わざと言っただけだもの。
「俺を怒らせて何になる」
「フィリオが勝手に怒ってるだけでしょう?」
「それは、お前がっ!」
フィリオはそこまで言いかけて、口を噤んだ。
何を言いかけたのだろう?
だけど、この様子では絶対に口を割らないのも分かっている。
何だか悔しくて私の勢いは止まらない。
「そもそも、フィリオには特別に想う女性がいるんでしょう!?」
「は?」
「お見合いしたって聞いた! 最近は宝飾店にも出入りしてるって!」
私のその言葉にフィリオが分かりやすく固まった。
「待て…………それ、どこで……」
フィリオが困惑した様子で小さな声で聞いてきた。
「何処だっていいでしょ!?」
「……」
フィリオはそのまま黙り込む。
「仕事を開始したいからもう離して」
「……」
フィリオは、無言で私の前からどいてくれた。
顔は俯いていたからどんな顔をしているのかは分からなかった。
──お願いだから、これ以上私の気持ちを掻き乱すような真似はしないで欲しい。
その日は、もうフィリオと口を聞くことは無かった。
****
「揃いも揃って何してるんですか……」
マリアンナ様が呆れた顔で言った。
今日あった事を包み隠さず話したら呆れられてしまった。
「どうしてでしょう……」
頭を抱える私にマリアンナ様は、ため息を吐きながら続ける。
「3年前の誤解は解けたんですよね?」
「それは……大丈夫だと思います」
私は項垂れながら続ける。
「……3年前の事以外にも、二人はちゃんとゆっくり話し合う必要があったように思いますよ?」
マリアンナ様の言う事は最もだ。
私には今のフィリオが何を考え思っているのか分からない。
同様にフィリオも私に対してそうなのだと思う。
「これ以上拗れる前にちゃんと話をしたらどうですか?」
その通りだと分かってる。でも……
「……フィリオの口から……私以外の女性の名前を聞くのが怖いの……」
「エリーシャ。それは……」
マリアンナ様はすごく小さな声で何か呟いたけどよく聞こえない。
だけど、私だって分かってる。このままじゃいけないって事は。
……フィリオは私がまだあなたを好きだと言ったらどんな顔をするだろう。
拒否……されるのは分かっているけど。
すでにフィリオには特別な人がいるのだから。
だけど、もうしっかり振られるべきなのかもしれない。
「それと、その騎士の事なのですが……」
「どうかしましたか?」
マリアンナ様が躊躇いがちに口を開く。
何かしら?
「エリーシャはお断りしたみたいだから問題はないし、そもそも私の聞いた話が勘違いだと思いたいのですけど……」
「??」
「実は──」
そうして語られたマリアンナ様の言葉に私は大きく驚いた。
(まさか……でも)
私は今しがたマリアンナ様から聞いた話が信じられずにいた。
そんなぐるぐるした思いを抱えながら部屋まで歩いていると、数名の騎士が集まって談笑しているのが見えた。
「えー、マジで? 振られたの??」
「……あぁ」
「うっわ、情けねぇ、絶対大丈夫だって自信満々だったくせにな!」
その輪の中にいる人物の声に心当たりがあった。
──エドワード様だった。
「うるせーな。平民なんかになったから、簡単に堕ちると思ったのにまさかのゴメンだとよ。本当に信じらんねぇ」
「どうせ、結婚するまでの遊びのつもりだったくせによく言うな」
「だってよ、あの高嶺の花だった、“エリーシャ様”だぜ? 一度くらい相手してもらいたいじゃん」
「よく言うよな。令嬢の頃は純粋に憧れてたくせに」
「あの頃はあの頃だよ。あーあ、賭けは俺の負けか」
「だなー」
そんな会話がバカにしたような笑い声と共に聞こえて来た。
今の会話はどう聞いても私の事だ。
───あぁ、マリアンナ様が言ってた事は本当だった。
“実は──私、たまたまね聞いてしまったの。騎士達の間でエリーシャを口説き落とせるかどうか賭けをしてる人達がいるって”
そっか。私、賭けの対象にされていたのね。
エドワード様には既にお断りしてるし、こんな輩が現れてもおかしくないし、ショックも無いけれど……でも。
「バカは私ね……」
“王太子妃候補に横恋慕するなんて騎士として有り得ないからな! だが、そうじゃない! それよりも今のアイツがお前に寄せる気持ちは……”
フィリオは今のアイツと……何か言いかけてた。
もしかしてこの事を知ってた?
エドワード様が私に近付くのを警戒していたのも??
王宮内で会う事が偶然じゃないって決めつけてたのも……?
だとしたら……
「分かりづらいのよ!」
思わず声に出していた。
だけど、出さずにはいられない。何であんな言い方しか出来ないのよ!
「あなたがそんなだから……」
私はフィリオの事が忘れられない。嫌いになれない。
そして、それから数日後、
数名の騎士達が突然、左遷された。
その中にはエドワード様や、あの日私を賭けの対象だったと笑ってた人達が含まれていて。
突然の辞令に首を傾げる人ばかりだったけど、私には誰が手を回したのか分かってしまった。
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