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16. 愛する妻の危険 (ヒューズ視点)
しおりを挟む「……えっとぉ、ヒューズ・カルランブル侯爵令息様ですかぁ?」
店を出た所で正確に俺の名前を呼んで声をかけるとは。
明らかに怪しい。
(それに、何だか不快になる声だ)
「誰だ?」
「ふっふふ~、初めましてぇ! 私、シシリー・アルメントルと申しますぅ」
「……」
シシリー?
(その名前は確かヨーゼフのが執心しているという噂の男爵令嬢……)
俺は一瞬で敵認定する。
「何の用だ」
「えっとぉ、用っていうかぁ……ご挨拶?」
「挨拶だと? 何を言っている?」
俺の怪訝そうな顔を見た女はニッコリとした笑みを浮かべた。
「ヨーゼフ様の命令でぇ、私、あなたの妻になるんですって! だからご挨拶です~」
「…………は?」
意味が分からない。
(何を馬鹿な事を言っているんだ? 喋り方だけでなく中身もバカなのか?)
「妻? 生憎、俺には既に妻がいる」
誰よりも愛しい愛しいオリヴィアという可愛い妻が!
俺がそう即答すると女は不満そうな顔をして言った。
「もーう! ヒューズ・カルランブル侯爵令息様ってぇ、案外、察しが悪いんですねぇ……つまんないです」
「は? ……何が言いたい?」
この女の言動はわざとなのだろうか。
聞いてるだけでイライラする。
「あなたに妻がいる事なんてもちろん知ってますぅ。私は知ってて言ってるんですよぉ」
「何?」
女はふふんと笑う。
「あ、でも、その奥様の事は愛してないんでしたっけ? そう聞きましたぁ」
「は? ふざけた事を言うな! 俺はオリヴィアの事をあ…………っ!」
その続きは言葉にならない。
こんな時でさえ「愛してる」と、口に出せないこの呪いは本当に忌々しい。
本人に向けてだけでなく他人にも言えないとかどんだけ強力な呪いなのか……
「ふーん、やっぱり“愛してる”って言えないんですね~、大変そう~」
「……」
「女性としてはやっぱり夫からも“愛の言葉”は欲しいですからねぇ。これはオリヴィア様に愛想尽かされても仕方ないですよね!」
「……」
この女、喧嘩を売っているようにしか思えないんだが。
「あ、でもぉ、安心してくださいねぇ? 今日から私があなたの妻になるそうなので~。私は愛の言葉は無くても良いですよ~理解のある妻になれますよ!」
「……」
女を殴りたいと思ったのは初めてだった。
「あ、もしかして怒っちゃいました?」
「……」
「ふふふ」
冷ややかな目線を送っているよに女は、ただひたすら笑っている。
気持ち悪い女だという印象しか生まれない。
「ヨーゼフの差し金か?」
「ふふふ」
「俺がお前の様な女に誘惑されるとでも?」
「ふふふ」
例え愛の言葉を口に出来なくても、俺の心は昔からオリヴィア一筋だ。
他の女なんて要らない。
「えー、やーだー、本当に誘惑されてくれない。これまでの男性達は想い人がいても簡単だったのに! 信じられなーい」
「……ふざけるなよ」
「話が違うじゃないの。ヨーゼフ様ったら酷いわぁ。これは後で抗議しなくちゃ!」
「……」
(ヨーゼフは俺がこの女に靡くと思った、だと?)
俺のオリヴィアへの想いを分かっているヨーゼフが?
そんな疑問が生まれた。
ヨーゼフは俺に女を差し向けた所で無駄な事は分かっているはず。
なのに、こんなバカっぽい女を寄越した? 理由は何だ?
(待て。この女はさっき……)
──今日から私があなたの妻になるそうなので~
この女はそう言った。
それは、つまり俺に妻という存在がいなくなる。そういう意味──
「まさか! お前……いや、お前達はっ!」
「ふふふ、そうでーす! あなたの奥様の所へは今、ヨーゼフ様が向かってまーす」
「!!」
「今から向かっても遅いでしょうね~残念でしたぁ!」
「っ!」
こいつは誘惑するフリをした足止めか!!
俺がようやく事態に気付いた事を悟ったのか、女は笑みを深めながら言う。
「ヨーゼフ様はあなたに奥様を返して欲しいんですってぇ」
「返すだと? ふざけるな! オリヴィアは物じゃない!!」
「でもぉ、ヨーゼフ様は婚約破棄だってぇ、オリヴィア様の反応を見たくて、ひと芝居打っただけなんですよぉ? 私はオリヴィア様を嫉妬させる役の女として雇われただけなんですけどね~」
「なっ!? ヨーゼフ……」
(オリヴィアの反応が見たくて……だと!?)
ヨーゼフの野郎はそんな理由でオリヴィアを公衆の面前で扱き下ろしたのか!?
「オリヴィア様が泣いて“婚約破棄したくない”って、縋って来たら撤回しようと待ってたのに、本当に婚約破棄になってしまって慌ててるの可笑しかったわぁ! その後も、撤回と言えずに愛しのオリヴィア様には別の人と結婚までされちゃって! こうなるかもって考えなかったヨーゼフ様って本当にバカですよねぇ、バカすぎて滑稽! ふふふ」
「……お前は何なんだ!」
ヨーゼフの共犯者のくせにヨーゼフまでもを馬鹿にした物言いが気になる。
「私? 私は楽しい事が好きなだけですよ~」
「!?」
(ダメだ! こんな意味不明な女に関わってはいられない!)
今はオリヴィアが……! オリヴィアが危険だ!
俺は気持ち悪い女を置き去りにして待機させていた馬車へと急いで向かい乗り込む。
女が追ってくる様子は無かった。
(足止めでは無かったのか?)
いや、だがヨーゼフがオリヴィアの元に向かっているのは事実だろう。
今日のオリヴィアは実家にいる。
イドバイド侯爵家は何故元婚約者の王子が? と疑問には思うだろうが警戒まではしないで招き入れる可能性が高い。いや、ヨーゼフの事だ。無理にでも押し入るだろう。
「───急いで、イドバイド侯爵家へ向かってくれ!!」
オリヴィア……!
どうか無事でいてくれ!!
───イドバイド侯爵家に着いた。
そして、真っ先に飛び込んで来た先に止まっている馬車。
(ヨーゼフ!)
この馬車は王家のもの。やはり、ヨーゼフはここに来ている!
俺は慌てて玄関に向かった。
「……! ヒューズ殿……!?」
「お邪魔します、イドバイド侯爵……いえ、義父上」
何やら俺の登場に目を丸くして驚いている侯爵。
正直、あまり義父上とは呼びたくない。
しかし、何をそんなに驚く必要があるのか……
「な、なぜ……?」
「何故って実家に戻っていた妻を迎えに来たからですよ。他に理由が必要ですか?」
「オ、オリヴィアを……」
(何だこの反応?)
まるで、俺には来て欲しくなかったような───……
そこで俺はハッとする。
「……まさか、ヨーゼフ殿下をこの家に呼んだのは」
「……」
「あなた、なのか?」
「!!」
侯爵は否定も肯定もしなかったけれど、明らかに態度がおかしい。
これは……
「で、殿下がもう一度……オリヴィアを……と、仰った……から」
「!」
(侯爵も俺と離縁させてヨーゼフの元に返そうとしたのか!?)
ふざけるな!
オリヴィアは俺の妻だ!!
(実家に返すのでは無かった……)
「侯爵……あなたは……!」
さらなる追求をしようとしたその時だった。
昔、何度か訪ねた事のあるオリヴィアの部屋の方向が騒がしくなった。
(───オリヴィア!?)
こうしてはいられない! 侯爵への追求は後だ!
「オリヴィア!」
「……あ! ヒューズ殿……待っ」
俺を止めようとする侯爵を振り切って俺は勝手知ったるオリヴィアの部屋へと向かって走った。
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