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20. 私の幸せ
しおりを挟む「ヒューズ、バカ王……ヨーゼフ殿下はこのままでいいの?」
私の肩を抱いて部屋を出るヒューズ。
つい、私の中の恋心が爆発してうっとりと彼を見つめてしまっていたけれど、よくよく考えるとあのバカ王子を放置するのはどうなのかと思う。
「ヨーゼフは必ず追い詰めるよ。次の機会には必ず」
「次?」
私がそう聞き返すとヒューズは手を伸ばしてそっと私の頬に触れる。
「ヨーゼフはオリヴィアの事をまだ諦めていないだろうからね。放っておいても向こうから絡んでくるさ」
「そんな!」
迷惑である事も、私がヒューズを想っている事もはっきり告げたのに?
「どこまで馬鹿なの……?」
「馬鹿だからここまでの事態になったんだと思う」
「……」
ヒューズの言う通りで、本当に気持ち悪い人だと思った。
「大丈夫だ。俺も何も考えていないわけでは無いから」
「……分かったわ」
ヒューズのその言葉を信じようと思った。
「オリヴィア……」
「ヒューズ?」
チュッ!
熱っぽい声で名前を呼ばれたので顔を上げると、ヒューズが軽く私に口付けた。
ハッと我に返り恥ずかしくなる。
「も、もう! さっきから何回するの?」
「そんな事を言わないでくれよ。やっとこうしてオリヴィアに触れられる。触れる事を許されたんだから」
「ヒューズ……」
5年越しのヒューズの想い。
そして、子供の頃からの想い。それらが全て伝わって来る。
「ヒューズ、大好き……」
「オリヴィア……」
そうして再び私達の顔が近付き、唇が重なろうとした時……
その声が邪魔をして来た。
「お、お前達! 廊下で、何をしているんだ!?」
「……」
「……お父様」
その声の主は、どこか怒った様子のお父様。
聞こえていたはずなのに、あれだけの騒ぎにこれまで一切顔を出さず、今になってようやくノコノコ現れた。
「ヒューズ殿も……止めるのをを聞かずにオリヴィアの部屋に行ってしまったと思えば二人揃ってこんな所で何を…………ん? そうだ、そんな事よりもお前達、ヨーゼフ殿下はどうしたんだ!」
「どうって……」
(呆然としている様子の所を私の部屋に置いて来たけれど……)
「まさかとは思うが怒らせたわけでは無いだろうな!? そんな事は許さんぞ!」
(そのまさかですけど……)
そんな私の心の声も知らずにお父様はどんどん捲し立てて来る。
「オリヴィア、殿下から話があっただろう? なんと殿下はやはりお前がいいらしい。今日はその話をする為にお前に会いにわざわざ来てくれたそうだぞ!」
「……」
「ヒューズ殿も部屋に押しかけたならその話を聞いただろう? 一度は殿下に捨てられ、令嬢としての価値も嫁ぎ先も無くなった残念な娘なのだが、なんと幸運な事に殿下はもう一度と望んでくれている……」
──殿下に捨てられて、令嬢としての価値も嫁ぎ先も無くなった娘。
(分かってはいたけれど……お父様がそういう人だって事は分かっていたけれど……!)
その言い方は酷い。
「ヒューズ殿。行き場の無かったオリヴィアに手を差し伸べてくれた事には感謝しているが、オリヴィアは王子に嫁いだ方が幸せになれるんだ。君もそう思うだろう? だから、すまないがオリヴィアとは離縁を……あぁ、慰謝料はもちろん……」
(なっ!)
お父様は遂に離縁の話までヒューズに持ち出した。
その事が許せなくて私の身体が怒りでプルプル震える。そして……
「わ、私の幸せを勝手に決めないで!!」
「黙って聞いていれば……ふざけるな!!」
私とヒューズはお父様に向かって同時に叫んでいた。
「な、何なんだ? 二人共……」
お父様は怒鳴られた事に驚いたのか唖然としている。
私は我慢出来ずに更に声を張り上げる。
「王子に嫁いだ方が幸せ? そんなはずないでしょう!?」
「だ、だが、オリヴィア……」
「私の幸せは私が決める! お父様が決める事じゃないわ! 私はバカ王……じゃない、ヨーゼフ殿下ではなく、ヒューズの事が好きなの! ずっとずっと好きだったの!」
「オ、オリヴィア……」
お父様はとても驚いた顔をしていた。
「オリヴィア……もう、行こう? 話しても無駄だ」
「ヒューズ……」
興奮しすぎて肩でハァハァと息をする私をヒューズが優しく抱き寄せてくれる。
私はヒューズに、身体を預けながら小さく頷いた。
「……それでは、お邪魔しました。我々はこれで。ヨーゼフ殿下はオリヴィアの部屋にいるのでどうぞ後はよろしく」
ヒューズがお父様に冷たい視線を向けながら言った。
お父様の目がオロオロと泳いでいる。
「オ、オリヴィア……ヒューズ殿……」
「……イドバイド侯爵」
「?」
ヒューズはにっこり笑って言う。
「もう、この先オリヴィアがこの家に……あなたに会いに来る事は無いと思って下さい」
「え? どういう意味だ……? おい、待っ……」
驚いているお父様の声を無視して、ヒューズは「それでは失礼します」とばっさり会話を打ち切って歩き出した。
──
「オリヴィア……大丈夫か?」
「……うん」
馬車に乗り込むとようやく緊張が解れたのか、大きな疲労感に襲われた。
そんな私をヒューズは優しく抱きとめてくれている。
「……ヒューズの温もり……好き、大好き……」
「!」
私がヘニャッとした笑顔でそう言うとヒューズの顔が真っ赤になった。
「……っ! そ、そんな、か…………顔でそんな事を言うなよ」
「何で?」
「…………っ、止まらなくなる」
「ヒュ……」
その先は言葉にならない。
ヒューズがギュッと私を抱きしめたまま、本日何度目かも分からない口付けが始まったから。
チュッ
「ん……」
「オリヴィア……」
(こ、声が甘い! デロンデロンに甘いわ)
私の頭の中も蕩けそうだった。
チュッ、チュッ……
「オリヴィア……オリヴィア」
ヒューズからの甘い囁きと口付けは止まる気配が無い。
「ヒューズ……」
「……オリヴィア」
カルランブル侯爵家の屋敷に着くまでの時間、私達は、二人きりでたくさんの口付けを交わしながら過ごした。
◇◇◇◇◇
その日の夜───……
「……とっても濃い1日だったわ」
目が冴えてしまって全然眠れない。
それと言うのも、屋敷に戻って来てから、一気に疲れがやって来て少し眠ってしまったせいだろう。
「ヒューズは眠れているかしら?」
ヒューズも凄く疲れているはず。ちゃんと身体を休めてると良いのだけど。
「……ふふ」
(私が考えるのはいつでもヒューズの事ばかりだわ)
なんて思いながら一人で笑っていたら扉がノックされる。
まさかヒューズ? と思ってドキドキしながら扉を開けると、やはりそこには大好きなヒューズの姿。
「ヒューズ? どうしたの?」
「ごめん……夜遅くに。ね、眠れなくて……そうしたら……その、オ、オリヴィアの顔が見たくなった」
「まぁ!」
こんな時、私達の気持ちは一緒なのだなと思う。そんな事すら嬉しい。
私は微笑んでヒューズを招き入れた。
(───って!)
招き入れてからふと気付く。
もう夜も遅い時間。こんな時間に夫が妻の部屋を訪ねるって───……
ボンッ!!
私の顔が真っ赤になった。
「オリヴィア!?」
「……」
ヒューズの慌てた声が聞こえる。
そんなヒューズの顔も赤い。彼も意識してると思うと私の胸がますます高鳴った。
「ヒューズ……」
「オリヴィア……」
ヒューズの瞳の中に私が映っている。
この瞳は私だけを見てくれている……
そんな気持ちでうっとりした顔をしている私に向かって、ヒューズもほんのり頬を染めながら言った。
「オリヴィア……俺はお前を愛してなどいない!」
───と。
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