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3. 変わった私
しおりを挟む朝食の準備が出来たと聞いて、部屋を出ると、
「あ……」
「お姉様?」
「っ!」
同じく部屋から出て来たと思われるフリージアとばったり会ってしまった。
よくよく顔を見ると最後に会ったあの日のフリージアよりもまだ、幼さを感じる出で立ちだった。
だからこそ実感する。
(やっぱり時間が巻き戻っているんだわ……)
困った事にフリージアの顔が何だか上手く見れない。
なので、私はそっと視線を逸らそうとした。
だけど、私の気持ちなど知る由もないフリージアは普通に話しかけてくる。
「まあ! すごく珍しいわ! お姉様にしては早起きなのね?」
「そ、そうね……何だか早くに目が覚めてしまったの」
私はちゃんと笑えてる?
不自然じゃない?
声が上擦っていたりしていない?
色んな事を気にしすぎたせいか、何だか変な汗まで出て来たわ。
「ふぅん……本当珍しい……それなら、今日は珍しすぎて雨が降るかもしれないわ! 気をつけないといけないわね、お姉様!」
「そ、そう、かしら? そうね、雨……雨ね……うん、降るかもね……」
「えっ……お、お姉様?」
(……ん?)
フリージアが変な顔をしているわ。何かあったのかしら?
今の私はフリージアの顔を見た瞬間にふと新たな疑問が浮かんでしまっていたので、完全に心ここに在らずだった。
その疑問とは……フリージアには私と同じように前の記憶があったりはしないのかしら?
やり直しているのは私だけ?
ということだった。
(それに、ランドルフ殿下のことも気になるわ……)
残念ながらフリージアの顔を見ただけではその判断は出来そうになかった。
「お……お姉様? あのね、それで……」
「……え、ええ、そうね……」
「……お姉様……! 私の話、聞いてない!」
それからもフリージアはあれやこれや私に向かって何やら喋っていたようだけれど、完全に上の空だったせいで殆ど会話の内容は私の耳には入って来ていなかった。
────
お父様とお義母様に挨拶をして朝食の席に座る。
そして、テーブルに並んだ食事を見て私は感動して泣きそうになった。
(ゆ、湯気が! 料理からホクホクの湯気が出ているじゃないの!!)
牢屋で過ごした数日間。
温かい食べ物とは無縁だった。
……知らなかったわ。
温かい料理が食べられるって決して当たり前の事なんかじゃなくて、幸せな事だったんだ……
料理を前にして(感動により)固まる私を見たお父様が眉を潜める。
「……ブリジット? どうかしたのか? まさかお前……またこんな物は食えん! などという我儘を……」
「いいえ、お父様! 全て美味しそうです! なので大変美味しく頂きますわ!」
「は?」
殴られた事を思い出してしまい、どこか顔を見るのが怖かったお父様の事よりも、今の私は目の前に並んだ食事に夢中になっていた。
「頂きます! ふふ、美味しい……」
こんなに美味しい食事は久しぶりだわ、と私がひと口ふた口とどんどん食事を口に運び、その美味しさに顔をほころばせていると、目の前に座っていたフリージアがまん丸の目を更に大きく見開いて固まっていた。
「……どうしたの? フリージア」
「お……お姉様が……食事を美味しい……と言うなんて……」
「え?」
ついでにお父様の様子までおかしい。
「……ブリジットが“頂きます”と、口にしただと!?」
「ん?」
お義母様に至っては無言のまま固まっていて、やっぱり目を大きく見開いて私を凝視している。
(あ……)
三人の反応を見て、しまった……と思った。
あまりの嬉しさに、食事を前にしてこれまでとは全然、違う反応をしてしまっている。
これまでの私は好き嫌いが多くて我儘ばかり言っては料理人を困らせていた。
更に、食事はいつだって当たり前に出てくるものだと思っていたから、誰かに感謝する事なんて……当然なかった。
(やってしまった……)
これは今からでも、前みたいに激しく好き嫌いを主張して、“いただきます”という感謝の言葉も述べずに食べ……
「……」
ううん、それはダメ。
そんな事はしたくない。
だって今の私は、心の底からこの食事を美味しいと思っているんだもの。
苦手……嫌いだと思っていた食材ですら美味しいと感じている。
だから私はそっと微笑んだ。
「…………っ! お姉様……何で笑…………」
「フリージア? 今、何か言ったかしら?」
「い、いいえ……何でも、ないです……」
「そう?」
フリージアが何か呟いた気がしたけれど気のせいだった?
少し気にはなったけど、私は残りの食事を堪能する事にした。
───
あの夢の様で夢ではなかった私の巻き戻り前の過去は、食事以外にも様々な変化をもたらした。
「……」
クローゼットの中のドレスを眺めながら今日の服を選ぼうと手に取った所で、何故か横からリーファが慌てて飛んでくる。
「はっ! いけません! ブリジットお嬢様、こちらのお召し物は既に先日、お嬢様が一度着ていたドレスになります!」
「え?」
「ほ、本来なら廃棄処分をするドレスでして……その、撤去が漏れていました……申し訳ございません……!」
……廃棄処分ですって!?
「待って? 廃棄処分って……リーファ、何を言っているの? まだ、全然着られるでしょう? それになぜあなたが謝罪しているの?」
「え?」
私とリーファとの間に変な沈黙が流れた。
「なぜって……お、お嬢様がいつも……一度来たドレスはもう要らない……と仰っておりました……から」
「……はっ!」
そうだったわ!
これまでの私ったらなんて事を口にしていたの!?
自分で自分の行動に衝撃を受けた。
このドレス達は、あの囚人服を思えば何度だって着たくなる服だと言うのに!
なんてバカだったの、過去の私!
「えっと……リーファ。ごめんなさい。もう廃棄処分なんてしなくていいわ」
「は、い?」
「だからね、もう、一度着たからといって処分はしなくてもいいの。大事に上手く着ていけばいいじゃない?」
「ブ…………ブリジット……お嬢様……?」
「なぁに?」
何故かリーファの声が震えている。よく見ると身体も。
どうしたの? 大丈夫かしら?
「お嬢様、ね、熱でもあるのでしょうか……?」
「ええ? 嫌だわ、何を言っているの? ほら見て! 私は元気よ?」
私は笑う。
だって生きてるんだもの! 元気いっぱいに決まっているわ!
「そうです、か……」
「あ! そうそう、それからね、リーファ。クローゼットがいっぱいだから暫く新しいドレスは不要だと思うのよ」
「は……い!?」
「あ、もしかして、今日も仕立て屋を呼んでしまっている?」
私は毎日、仕立て屋を呼んでは新しいドレスを作らせていた。
彼らの生活もあるので、今後、全く呼ばないと言うのはダメだけど、流石に毎日はどうかと思う。
それにどう考えても入り切らないじゃない?
「ドレスはいいから、今日は小物をお願いしたいと連絡してもらえるかしら?」
「は、は、はい……!」
リーファは慌てた様子で仕立て屋に連絡を取るため部屋を出ていった。
(不思議ね、今まで見ていた物が全然違って見える)
なんだか今の私なら何でも出来そう……!
一度、死んで巻き戻った……という不思議体験をしたせいなのか、私の心持ちも何もかも以前とはすっかり変わっていた。
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