5 / 38
5. 様子のおかしい異母妹
しおりを挟む(……あ!)
護衛と私が人を呼んで戻ってくると、フリージアが殿下に寄り添って彼を励ましていた。
「……くっ」
「大丈夫ですよ、今、人が来ますから」
「うっ……」
「私がいますよ、安心してくださいね」
苦痛の表情を浮かべて苦しそうに唸る殿下に、フリージアが優しく声をかけている。
これはかつて見た光景と全く同じだった。
(……殿下はこの時、頭が朦朧としていたから、自分を励まし続けてくれた令嬢の顔をはっきり覚えていなかったのよね……?)
だからこそ、狡い私は“顔を覚えていない”そこにつけ込んだわけだけど。
「…………ぐっ……う」
「もう少しですから! 頑張ってくだ…………あ!」
私と護衛の戻って来た気配に気付いたのか、フリージアが顔を上げる。
「……あ、あら、お姉様? …………随分とお早いお戻りなのね」
フリージアのその言い方に違和感を覚え、私は眉をひそめた。
「……? フリージア。何でそんな言い方をするの? 早くお医者様の元に運んで診せた方がいいでしょう?」
自業自得だけど、殿下にはパーティーではとても冷たい目で見られて罵られた。
死んでもいいと思われるほど私は憎まれていた。
けれど、だからと言って今の彼にずっとこの場で苦しんでいろ、とは思わない。
早く楽にしてあげたいとすら思う。
「……っ、ぐっ……」
チラッと苦しんでいる彼に目を向ける。
記憶にあるよりも少し幼い姿のランドルフ様が苦しそうに魘されていた。
「……それは、そうなのですけどーー……でも、それにしたって……ちょっと」
フリージアの表情が曇る。
もしかしたら、私の戻りが早すぎて驚いている?
ちなみに、早く戻って来れた理由は一つ。過去の記憶があるから、よ!
前の時は、どこに人がいるのか分からなくて闇雲に走り回ってしまい、戻って来るまですごくモタモタしてしまった。
でも、今の私なら記憶があるから。
その記憶を頼りに私は、殿下を助けて運んでくれそうな男の人達の元に真っ直ぐ向かう事が出来た。
「……」
なのに、なんでフリージアはこんなにも変な態度なの?
(やっぱりフリージア、少しおかしいわ)
過去のフリージアはもっと純粋に人助けをしようとしていた……はずなのに。
何だか今のフリージアはそうは見えない。
「……ぐっ……」
───って!
殿下の更なる苦しそうな唸り声で私はハッとする。
とりあえず、今はそれどころではないわ。
苦しそうな殿下をこのまま放っておくわけにはいかない!
様子のおかしいフリージアの事は後で考える事にする。
とにかく今は早く殿下を運んでしまおう、と思った。
「皆さん、彼を医師の元にまで運ぶのを手伝って貰えますか?」
私は後ろを振り返り、連れて来た人達に向かって声をかける。
「え……ちょっと、お姉様……! 待って、まだ私……」
ここで何故かフリージアが慌て出した。
私たちに向かって来ないで! と通せんぼまでしようとする。
(なんで?)
「ダメよ。そんなもたもたしている時間は無いのよ。どきなさい! フリージア!」
「……お、姉様」
私は強引にフリージアと殿下を引き離す。
「え! あ……」
続けて、私は彼らに馬車は私達が乗ってきたものを貸すので、これで医師の元まで殿下を運ぶようにと指示を出した。
過去の通りなら医師の元にさえ連れて行ければ後は大丈夫のはず。
診察する事になった医師が殿下の正体に気付き、大事にはしないて内々に処理をしたと後に聞いている。
(それで、その後、医師の元まで運んでくれた馬車がどこの家の者だったのか、という話を聞いて、ラディオン侯爵家の者が助けてくれたのだと殿下は知る事になるのよね……)
過去の私は、苦しんでいる殿下をフリージアに任せた後、とりあえず人を呼んで来たはいいものの、その後は何をしたらいいのか分からず、ひたすらオロオロするばかりだった。
フリージアみたいに殿下に声をかけて、手を握り励ます……なんて事も出来ず、連れて来た人達がアレコレするのを黙ってその場で見ていただけ。
その場にはいたけど何にも出来なかった……それが前の私だった。
私は運ばれていく殿下を見ながらホッとする。
フリージアの様子は少し気になったけれど、これでだいたい過去の通りになったわ。
だけど、気になるのは……
「フリージア? どうかしたの?」
フリージアは下を向いて何かをブツブツ呟いている。
見るからに様子のおかしいフリージアの顔を覗き込んだ。
「…………何でもないです」
「そう? あ、馬車が戻ってきたら買い物の続き……」
「…………もうそんな気分じゃないので帰りたい」
フリージアはそれだけ口にしてプイッと横を向いてしまった。
「フリージア……?」
「…………のに」
小声で何かを呟くフリージアは明らかに機嫌を損ねている。
その後のフリージアはムッツリとした顔で終始無言のままで、馬車が戻って来るなりさっさと乗り込んでしまい、私たちは帰る事になった。
無言の車内はとにかく気まずかった。
(ちょっとモヤモヤは残るけれど……これでいいはず)
後は、王宮……殿下から手紙が来た時に今度こそ嘘をつかなければ、未来は変わる!
と、まだこの時の私はそう信じていた。
❋❋❋❋❋
様子が変かもと思ったフリージアも、その後は特別おかしな様子を見せることもなく、それからの日々は平穏に過ごしていた。
以前より使用人達は私に優しくなった気がするし、何よりご飯も美味しい!
ぬくぬくのベッドで寝られる幸せ! を私は満喫していた。
巻戻り前の日々を忘れる事はないけれど、そんな新たなやり直し生活にも慣れ始めた頃……
遂に“その日”がやって来る。
(そろそろのはず……!)
意識してしまってから、ここ数日の私は落ち着かなかった。
過去の通りなら最初に手紙での打診が来るのはこの頃だった……
「お嬢様、そろそろ新しいドレスの購入などは……」
その日、リーファがおそるおそるお伺いを立てるような顔で私に訊ねてくる。
「え? 特に考えていないけれど?」
「そ、そうですか……」
「……」
パッタリと散財するのをやめたせいか不審がられている気がする。
でも、要らないものは要らない。
「なんで?」
「あ、いえ。フリージアお嬢様が最近新しいドレスを購入されたのでブリジットお嬢様もどうかしら? と思いまして」
「え? フリージアが?」
これは過去にはなかったことなので、私は純粋に驚いた。
「はい。フリージア様には珍しくフルオーダーで作られたとか」
「まあ!」
(珍しい。本当に驚きだわ……)
今までのフリージアはそういった贅沢は好まないような気がしていたけれど。
もしかしたら、私の思い込みだったのかもしれない。
「リーファ、ありがとう。でも、フリージアはフリージアで私は私だから。今は特に新しいドレスの購入は考えていないわ。まだ、腕を通していないドレスは沢山あるもの」
「そうですか……」
そんな話をしている時だった。
「───ブリジット、いるか?」
部屋の扉がノックされ、お父様の声がした。
「ちょっと聞きたい事があるのだが……」
(……あ!)
お父様のその困惑する声を聞いた私は悟った。
───王宮、殿下からの手紙が届いた……のだと。
87
あなたにおすすめの小説
断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。
【完結】亡くなった婚約者の弟と婚約させられたけど⋯⋯【正しい婚約破棄計画】
との
恋愛
「彼が亡くなった?」
突然の悲報に青褪めたライラは婚約者の葬儀の直後、彼の弟と婚約させられてしまった。
「あり得ないわ⋯⋯あんな粗野で自分勝手な奴と婚約だなんて!
家の為だからと言われても、優しかった婚約者の面影が消えないうちに決めるなんて耐えられない」
次々に変わる恋人を腕に抱いて暴言を吐く新婚約者に苛立ちが募っていく。
家と会社の不正、生徒会での横領事件。
「わたくしは⋯⋯完全なる婚約破棄を準備致します!」
『彼』がいるから、そして『彼』がいたから⋯⋯ずっと前を向いていられる。
人が亡くなるシーンの描写がちょっとあります。グロくはないと思います⋯⋯。
ーーーーーー
ゆるふわの中世ヨーロッパ、幻の国の設定です。
完結迄予約投稿済。
R15は念の為・・
婚約破棄を突き付けてきた貴方なんか助けたくないのですが
夢呼
恋愛
エリーゼ・ミレー侯爵令嬢はこの国の第三王子レオナルドと婚約関係にあったが、当の二人は犬猿の仲。
ある日、とうとうエリーゼはレオナルドから婚約破棄を突き付けられる。
「婚約破棄上等!」
エリーゼは喜んで受け入れるが、その翌日、レオナルドは行方をくらました!
殿下は一体どこに?!
・・・どういうわけか、レオナルドはエリーゼのもとにいた。なぜか二歳児の姿で。
王宮の権力争いに巻き込まれ、謎の薬を飲まされてしまい、幼児になってしまったレオナルドを、既に他人になったはずのエリーゼが保護する羽目になってしまった。
殿下、どうして私があなたなんか助けなきゃいけないんですか?
本当に迷惑なんですけど。
拗らせ王子と毒舌令嬢のお話です。
※世界観は非常×2にゆるいです。
文字数が多くなりましたので、短編から長編へ変更しました。申し訳ありません。
カクヨム様にも投稿しております。
レオナルド目線の回は*を付けました。
悪役令嬢が行方不明!?
mimiaizu
恋愛
乙女ゲームの設定では悪役令嬢だった公爵令嬢サエナリア・ヴァン・ソノーザ。そんな彼女が行方不明になるというゲームになかった事件(イベント)が起こる。彼女を見つけ出そうと捜索が始まる。そして、次々と明かされることになる真実に、妹が両親が、婚約者の王太子が、ヒロインの男爵令嬢が、皆が驚愕することになる。全てのカギを握るのは、一体誰なのだろう。
※初めての悪役令嬢物です。
ドレスが似合わないと言われて婚約解消したら、いつの間にか殿下に囲われていた件
ぽぽよ
恋愛
似合わないドレスばかりを送りつけてくる婚約者に嫌気がさした令嬢シンシアは、婚約を解消し、ドレスを捨てて男装の道を選んだ。
スラックス姿で生きる彼女は、以前よりも自然体で、王宮でも次第に評価を上げていく。
しかしその裏で、爽やかな笑顔を張り付けた王太子が、密かにシンシアへの執着を深めていた。
一方のシンシアは極度の鈍感で、王太子の好意をすべて「親切」「仕事」と受け取ってしまう。
「一生お仕えします」という言葉の意味を、まったく違う方向で受け取った二人。
これは、男装令嬢と爽やか策士王太子による、勘違いから始まる婚約(包囲)物語。
【完結】愛され令嬢は、死に戻りに気付かない
かまり
恋愛
公爵令嬢エレナは、婚約者の王子と聖女に嵌められて処刑され、死に戻るが、
それを夢だと思い込んだエレナは考えなしに2度目を始めてしまう。
しかし、なぜかループ前とは違うことが起きるため、エレナはやはり夢だったと確信していたが、
結局2度目も王子と聖女に嵌められる最後を迎えてしまった。
3度目の死に戻りでエレナは聖女に勝てるのか?
聖女と婚約しようとした王子の目に、涙が見えた気がしたのはなぜなのか?
そもそも、なぜ死に戻ることになったのか?
そして、エレナを助けたいと思っているのは誰なのか…
色んな謎に包まれながらも、王子と幸せになるために諦めない、
そんなエレナの逆転勝利物語。
王子の転落 ~僕が婚約破棄した公爵令嬢は優秀で人望もあった~
今川幸乃
恋愛
ベルガルド王国の王子カールにはアシュリーという婚約者がいた。
しかしカールは自分より有能で周囲の評判もよく、常に自分の先回りをして世話をしてくるアシュリーのことを嫉妬していた。
そんな時、カールはカミラという伯爵令嬢と出会う。
彼女と過ごす時間はアシュリーと一緒の時間と違って楽しく、気楽だった。
こんな日々が続けばいいのに、と思ったカールはアシュリーとの婚約破棄を宣言する。
しかしアシュリーはカールが思っていた以上に優秀で、家臣や貴族たちの人望も高かった。
そのため、婚約破棄後にカールは思った以上の非難にさらされることになる。
※王子視点多めの予定
侯爵令嬢リリアンは(自称)悪役令嬢である事に気付いていないw
さこの
恋愛
「喜べリリアン! 第一王子の婚約者候補におまえが挙がったぞ!」
ある日お兄様とサロンでお茶をしていたらお父様が突撃して来た。
「良かったな! お前はフレデリック殿下のことを慕っていただろう?」
いえ! 慕っていません!
このままでは父親と意見の相違があるまま婚約者にされてしまう。
どうしようと考えて出した答えが【悪役令嬢に私はなる!】だった。
しかしリリアンは【悪役令嬢】と言う存在の解釈の仕方が……
*設定は緩いです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる