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10. 顔のよく分からない彼
しおりを挟む「えっと……あなたはどうして……?」
なぜ彼がここに?
私の頭の中は完全に混乱していた。
「ブリジット様が急にお倒れになったと殿下に呼ばれまして。医者の手配などをさせて頂きました」
「あ……」
そうだった。
その言葉を受けてようやく色々思い出して来た。
ランドルフ殿下の顔を見たら気持ち悪さが込み上げて来て、私はそのまま意識を……
「……医師の診断によると、極度の緊張状態になっていたようだと、後は寝不足の様子が見受けられるとの事でしたが」
「……っ! そう、ですか……」
王宮に行く日が決まってから、殿下に会うのが不安で不安で寝不足になっていた事は事実。
(あんなに殿下のことを好きだったのに……身体は正直なのね)
ここまで身体に拒否反応が出るなんて。
……正直、自分でも驚いている。
やっぱり今世で私が殿下と婚約する事は無理。
改めてそう思った。
倒れた私の事を殿下がどう思っているかは知らないけれど、家に帰ったらお断りの話をお父様からしてもら──……
(……って! 今はそれよりも)
ここで私は何故か彼と繋がれている自分の手の事を思い出した。
温もりを感じる場所……手を見ると今もしっかりと繋がれていた。
すると、急に意識してしまい恥ずかしくなる。
「え、え、えっと、そ、それでですね……!」
「?」
───どうして、私達は手を繋いでいるのですか?
という言葉が恥ずかしさのせいか上手く言えなかった。
そのせいで、もう一度彼が不思議そうに私の顔を覗き込む。
「ち、近っ……! で、ですから……」
「……ああ! もしかして殿下のご様子ですか?」
「えっ?」
私が吃っている理由を勝手に勘違いした彼は、私と繋いでいる手は離さずに今、ランドルフ殿下がどうしているのかを説明してくれた。
聞きたかったのはそれではなかったけれど、確かにそれも気にならないわけではないので、とにかく今は大人しく話を聞く事にする。
「今、ランドルフ殿下はあの部屋で、フリージア様とお過ごしです」
「え?」
「ブリジット様が突然倒れられたことにフリージア様が酷く動揺されているご様子でしたから、お側についているようです」
「……」
(フリージア……)
それは、まぁ……驚くでしょうね。
フリージアにも余計な心配をかけてしまったわ、と申し訳なく思う。
「殿下も具合が悪い所を無理して呼んでしまったのか……と落ち込んでおられるご様子でした」
「落ち込む……?」
───嘘でしょう? あの(薄情な)人が?
なんて言葉が思わず口から出そうになった。
殿下の側近(だと思われる人)の前なのに……危なかった!
(ダメだわ。過去の出来事のせいで完全に私の心が荒んでいる……)
私は繋がれていない方の手で顔半分を覆うと、小さくため息を吐いた。
──ギュッ
(……え?)
何故かそこで彼と繋がっている方の手が優しく握られる。
私の胸がドキッと大きく跳ねた。
さっきまで“ランディ様”との出会いの日の懐かしい夢を見ていて手の温もりの事を思い出していたせいか、余計にドキドキしてしまう。
「あ、あの……!」
「あっ……許可なく勝手に触れてすみません。ただ、あまりにもブリジット様が……」
「私が?」
聞き返すと何故か握られている手の力はますます強くなり、彼は目を伏せた。
片目しか見えなくても、何かを言いにくそうにしている事は伝わってくる。
「……時折、苦しそうにうなされていて……それに……その、必死に助けを求めるように手を伸ばしていましたので……つ、掴まずにはいられませんでした」
「えっ!!」
「……すみません」
「……」
苦しそうな私の様子を見てこの方は放っておけずに、手を握りしめて寄り添ってくれていた?
(昔の私なら“それでも許可もなく勝手にこの私に触れるなんて!”と怒っていたかも)
でも、今はその気持ちが嬉しい。
気持ちが落ちている時に寄り添ってもらえる、という事がどれだけ嬉しい事なのかを思い出したから。
「本当に申し訳ございません……」
そう言って彼が私から手を離そうとしてしまう。
だけど、何だか離れて欲しくなくて、今度は私の方から手をギュッと握りしめる。
そんな私の行動に彼は驚いたのかビクッと身体を震わせた。
「……!? ブ、ブリジット様?」
「あ、ご、ごめんなさい……もう少し……こうしていて欲しくて」
「え?」
「…………ダメ、ですか?」
(だって、この手……とても温かいんだもの───)
「……っ! ダ、ダメではない……です……」
「本当に?」
「はい、こんな手で宜しければ……」
そう言って彼はもう一度、手をギュッと握りなおしてくれた。
嬉しくて私の頬が緩む。
「ありがとう!」
私が笑顔でお礼を伝えたら、彼の目が大きく見開き、そのままカチンッと固まった。
「あの?」
「…………ハッ! し、失礼……」
そう言ってもう片方の手で口元を抑える彼。
気の所為でなければ、少し頬が赤い気も……
その様子に何だかこっちまで釣られてしまい私まで赤くなってしまう。
「……」
「……」
そんなこんなで互いに手を繋ぎ、頬を染めたまま見つめ合ってしまった。
「……ふっ」
「ふふ……」
そして段々と笑いが込み上げてきて今度はお互い吹き出してしまう。
「はは……我々は何をやっているんでしょうか」
「ふふ、ですね……」
他人から見れば何が面白いのか分からないから、どうして私達が笑い合っているのかは伝わらないと思う。だけど、この瞬間の私達は確実に通じ合っていた。
(不思議な人───って、名前も知らないわ!)
「……あの、あなたのお名前は?」
「え?」
「ランドルフ殿下の側近? の方とお見受けしますけれど、申し訳ございません……私、あなたの事を存じ上げず……」
「ブリジット様……」
再び、私達はまた見つめ合う。
(やっぱり、すごく美形だわ)
前髪のせいで半分しか顔が分からないのにそう思えるのだから相当美形よ。
…………この彼の漆黒の闇のような色の黒い髪が、もしもキラキラの金の髪だったら、ランドルフ殿下と少し似ているかも……
そう思わせる顔立ちなのに何故か彼の事はずっと見ていられるのが不思議。
(親戚と言われても納得してしまいそう!)
でも、ランドルフ殿下に兄弟はいない。
それに記憶が確かなら、歳の近い親戚もいなかった……だからこそ彼、ランドルフ殿下は唯一の王位継承者なのだから。
「……名前、ですか」
「ええ……もしかして聞いてはいけなかったですか?」
私が聞き返すと彼は「そんな事はありません」と首を横に振る。
「ぼ……コホッ……私の名前は、ラン…………」
「ラン?」
変な所で切るものだから、思わず聞き返してしまった。
「……あ、いえ。ランドールと申します。ブリジット様」
「ランドール様?」
「……はい。ですが、私に“様”などは要りませんよ、ブリジット様」
家名を名乗らないという事は、貴族の令息ではないのかも。
側近ではなく従者だった?
(でも、殿下が貴族の令息以外を側に置くなんて珍しい気もするけれど……)
過去を思い出しても、彼の周りには貴族しかいなかったはず。
それに、過去の私はこの彼……ランドール様の事を知らない。それもまた不思議だった。
もしかしたら何らかの事情でこの後、殿下のお側を離れてしまう人なのかしら?
「……」
でも、きっとこれ以上は詮索する事じゃない。
「えっと、ランドール……さん? ありがとうございました」
私は彼からそっと手を離して身体を起こすと、深々と頭を下げる。
「! ブリジット様!? か、顔を上げて下さい! わ、私のような者に頭なんて下げては駄目です!」
ランドールさんが困った様子で慌て出す。
私は下げていた頭を上げると、そんなオロオロしている彼の片目を見ながら真っ直ぐ答えた。
「どうして? お医者様を手配してくれて、その後なんて放置していても構わなかったのに、私が目が覚めるまで手を握ってくれて、ずっと寄り添ってくれていた人にお礼を言うのはおかしな事ではないでしょう?」
「っ!」
「お礼の言葉を告げるのに、貴族だとか平民だとかそんな事は関係ない! と私は思うわ」
「ブリジット様……」
「ですから、本当にありがとうございました、ランドールさん」
私はそう言ってもう一度頭を下げる。
彼……ランドールさんのおかげで、荒んだ心が落ち着いたのは事実。
それにずっと握ってくれていた手の温もりは……優しかった。離してしまうのが寂しいと思ってしまうくらい。
だから、この人は絶対にいい人よ。
「……ブリジット……様……あなたという人は…………」
「?」
私という人は?
その言葉の後にも彼は何かを呟いていたようだったけれど、その先は何を言ったのかは分からなかった。
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