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11. 心地よい人
しおりを挟む「本当に大丈夫ですか?」
「ええ。ずっとこうしているわけにはいかないもの」
「……ブリジット様」
目が覚めたのならいつまでもベッドに寝ているわけにはいかない。
(嫌だけどランドルフ殿下とも顔を合わせなくては目的達成とはならないもの……)
覚悟を決めた私はベッドから出て部屋に戻ろうとする。
だけど、気持ちばかりが先行していたせいなのか、身体がまだ追い付いておらず足が躓いてしまいよろけてしまう。
「きゃっ!?」
「あ、危ない!」
前のめりに倒れこみそうになった私をランドールさんが体を張って止めてくれた。
そのおかげで私は思いっきり彼の胸へと飛び込んでしまう。
「す、すみません!」
「……気を付けてくれ……じゃない、気を付けてください!」
「うぅっ……あ、ありがとう、ございます……」
「……全く。本当に………………君は変わらない」
「?」
何を言われたのかはよく分からないけれど、とりあえず恥ずかしい!
転びそうになった事もこの体勢も。
(でも、不思議。ランドールさんの温もり……嫌いじゃない。安心する……)
そう思ったら自然と腕を彼の背中に回していた。
「ブ、ブリジット!…………様!?」
「……はっ!」
ランドールさんの困惑気味の声で我に返る。
……思わず抱きついてしまっていた!
(私ったらなんてことを……!! はしたないわ……!)
恥ずかしさで顔が赤くなり、私は慌てて彼から離れた。
「ご、ご、ごめんなさいっ!」
「い、いや……」
「……つ、つい」
「つい……?」
ランドールさんが目を丸くして驚いている。
私は私で何も言えなくなる。
(はしたないと思われたわよね? こんなの令嬢として失格よ……!)
お互いにそれ以上の言葉が出て来なくなり、熱くなった頬を冷まそうとしていたら、ランドールさんから名前を呼ばれた。
「ブリジット……様」
「は、はい!」
「こんな胸で良ければいつでもどうぞ? 使ってくれて構わないですよ」
その言葉に私は耳を疑った。
「………………え?」
「あれ? てっきりブリジット、様は人の温もりが恋しかったのかと思ったのですが。違いましたか?」
そう言われて考える。
私は温もりを欲していた?
だから、手も離せなかった?
「……ち、違わな……い、かもしれないです」
「そうですか」
ランドールさんは笑いながらそう言うと、今度はそっと手を伸ばして私の頭を撫でた。
“歳はそう変わらないはずなのに、子供扱いして!”
と、本来なら怒るべき所のはずなのに、何故かそれすらも心地よくてそのまま大人しく撫でられる事を選んでしまった。
「え! 怒らない? 大人しく撫でられるとか……予想外……過ぎる」
「…………聞こえていますよ、ランドールさん! 私を何だと思っているのですか!」
「あ……」
「…………ふっ」
狼狽えるランドールさんの顔が少し間抜けで笑いが込み上げて来た。
こんな風に表情を崩す事もあるのね、と思い、それが見られた事が何だか嬉しくなった。
「ふふ……ふっ」
「何でそんなに笑われているのか分からない……」
「ふ……」
今度はその不貞腐れた表情が何だか可愛くて、また笑いが止まらなくなった。
「ブリジット様!?」
「ふふ」
(不思議……私も何でこんなに笑っているのかしら?)
…………ランドールさんは過去も含めて今日、初めて会ったはずの人なのに。
「…………」
ひとしきり笑い転げた後は、とっても嫌だし気分が重いけれど最初に倒れた部屋へと出戻った。
扉の前で一つ大きな深呼吸をする。
そして、自分で自分の手をギュッと握り込む。
(大丈夫。ランドールさんが勇気をくれたから)
ランドールさんは、私が殿下に会いたくないと思っていることに薄々気付いていたのだと思う。
だから部屋を出た直後に冗談を言ってきた。
─────……
『ブリジット様……一緒に逃げますか?』
その言葉に面食らってポカンとした表情を浮かべたら優しく笑われた。
そして、ランドールさんは再び私の頭を軽く撫でながら言った。
『……なんて、冗談ですよ? ははは! もしかして本気にしてしまいましたか?』
『なっ! ~~もうっ! 戻りますっっ!』
照れて恥ずかしくなってしまった私はプイッとそっぽ向く。
『……っ』
ランドールさんとは部屋を出た時に別れることになっていた。
ずっと、私に寄り添ってくれていたからどうやら仕事が溜まっているようだった。
なので、これ以上の我儘は言えない。
『付き添えず、すみません』
『ランドールさん……』
申し訳なさそうに語るその顔がとても印象的でうっかり見惚れていたら、ランドールさんは私の手を取り、“大丈夫ですから”とだけ言った。
その言葉に戸惑う私に更に追い打ちをかけるように……
『もし、そんなに嫌だったら一発くらい殴ってしまってもいいと思いますよ?』
『え!? そ……』
『うん?』
『な、なんでもありません……』
────そんなことしたら、不敬罪でまた牢屋行きになるじゃないの!
と思わず口から出そうになった。
でも、口にしなくても伝わっていたのだと思う。
ランドール様は口ごもった私を見て苦笑しながら“その心意気ですよ”とだけ言って去って行った。
────……
────そうして、からかわれた事実にプンスカしていたらあっという間に最初の部屋の前まで来ていた。
(大丈夫、大丈夫……)
私は今にもドキドキバクバクと破裂しそうな心臓を抑えながら部屋の扉をノックした。
扉が開けられた時、中からフリージアのはしゃいだ声が聞こえて来た。
「まあ! そうなんですか? 殿下ってさすがです!」
「はは、そうだろうか?」
「ええ、私は知らなかったですもの! 凄いわ!」
「いや、そんな事はないが……だが、ありがとう」
(…………これが、姉が倒れて酷く動揺したはずの妹の声?)
どう聞いても楽しそう。
「……」
そうよ、そうだった。
フリージアはそんな子よね。
そして、どうやら二人はこの短時間ですっかり仲が深まった様子……
もちろん、私は意図して倒れたわけではなかったけれど、これはこれで私の望んだ方向に向かっているのでは?
そんな私の期待が高まった時、中の二人がこちらに気付いた。
「まあ! お姉様。もう大丈夫なんですか!?」
「え、ええ」
……気のせいかしら?
もっと倒れて眠ってくれてれば良かったのに……と言われているような気持ちにさせられた。
「……大丈夫か? そろそろ様子を見に行こうかと思っていた所だったんだが」
「は、はい。もう大丈夫ですわ。ご心配をおかけしました。申し訳ございません」
次にランドルフ殿下が私に目を向ける。
ここまでの間、散々、頭の中で想像して覚悟を決めたからか今度は大丈夫。
そんなことより……この王子様、
(今、様子を見に行こうかと思っていた所だった、と言った?)
フリージアと仲良く談笑していたくせにどの口が言っているのよ……
なんて思ってしまった。
───一緒に逃げますか?
───そんなに嫌だったら一発くらい殴ってしまってもいいと思いますよ?
ふと、ランドールさんの言葉が頭に浮かんだ。
(……ねぇ、ランドールさん)
私が今、ランドルフ殿下を殴ったら……
それでもあなたは私と一緒に逃げてくれる?
……なんてね。
さすがにそれは有り得ないし無茶だと分かっている。
なので、とりあえず私は脳内でランドルフ殿下をボコボコにする事にした。
「そうか……確かに顔色も悪くないようだ。安心した」
「お気遣いありがとうございます」
私は静かに頭を下げる。
すると、そこへフリージアがはしゃいだ声を出す。
「お姉様! 殿下って凄いのよ~とっても格好良いの! お姉様には勿体無いくらい!」
「そ、そう……」
「それにとーーってもお優しいの。本当はお姉様の側に付き添っていたかったけど、私が心配だからってこの部屋に残ってくれたのよ!」
「そ、そう……」
とにかくはしゃぐフリージアに対して他に返せる言葉が見つからない。
ただ、これは希望を持ってもいいのでは?
二人の仲が深まった事で、私との婚約の話は無───
「…………そんなの当然じゃないか」
「!」
「え?」
ランドルフ殿下のどこか弾んだ様子の声。
───当然?
今、そう言ったわよね!?
(これ……もしかしてもしかする?)
フリージアもその言葉に期待の表情を見せた。
瞳が輝いている。
これはつまり、ランドルフ殿下はこの数時間でフリージアのことを見初……
「ははは、だってフリージア嬢は、私の未来の義妹となる女性なのだからな!」
「……!」
しかし、淡く抱いた私のそんな希望は、殿下のその言葉で絶望へと落とされた。
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