12 / 38
12. 話の通じない王子様
しおりを挟むランドルフ殿下のその言葉に私とフリージアの表情が同時に凍りついた。
“未来の義妹”
その言葉が指す意味は一つしかない。
「ん? 何をそんなに二人揃って驚いている?」
ランドルフ殿下が不思議そうな顔をして私とフリージアを交互に見ながら首を傾げている。
それは完全に私のセリフよ……
(まさかランドルフ殿下はまだ私のことを望んでいる!?)
「え? ……ランドルフ殿下? わ、私は……い、義妹なの、ですか?」
先に口を開いたのはフリージアだった。
驚きいっぱいの表情で、しかも声が震えている。
フリージア自身、ここまで過ごした時間で自分の方を選んで貰える! という期待を抱いたのかもしれない。
だからこそ殿下今の発言に相当ショックを受けているように見えた。
(フリージア……)
そんなフリージアに殿下は首を捻り、さも当然のことのように頷いた。
「そうだが……他に何か理由があるだろうか?」
「───っ! な、何で、ですか! 殿下は、さ、さっき、私に……」
私に?
殿下はフリージアに何かしたのかしら?
(まさか、手を出したんじゃ……)
フリージアが叫ぶ。
「───“フリージア嬢はいい花嫁になりそうだな”と言ってくださったではありませんか!」
(え?)
「ああ。君は元気で明るくて積極的だからな。きっといい伴侶が見つかるだろうと思ったから口にした。まぁ、一般論だな」
「いっぱんろん!? ……そ、そんなっ!!」
(お、思っていたのとは違ったわ……でも……)
手を出したわけではないことにホッと胸を撫で下ろす。
しかし、どうやら殿下の言葉を真に受けて、フリージアは自分が見初められたと更に期待を強めてしまっていたらしい。
「ブリジット嬢」
殿下は私の名前を呼びながらフリージアから私に視線を変える。
「は、い……」
「私の気持ちは手紙にも書いた通りだ。君を妃にと望んでいる」
「……!」
その言葉に私は息を呑む。
そしてギリッと見えないように唇を噛んだ。
(なんでなのよ! あんなにフリージアと仲良くしていたじゃないの!)
「どうして……ですか……?」
「うん?」
どうしても聞かずにはいられなかった。
だって、倒れていたあなたを“助けた”だけが理由ならフリージアだっていいじゃない。
フリージアはあなたを励ましていたのよ?
あれは助けた部類には入らないの?
過去のあなたは、それでフリージアのことを妃にと望んだじゃないの!
「……どうして私なのですか?」
「ははは、何を今更? 手紙にも書いたが、君は倒れている私を助けてくれただろう?」
私は首を横に振る。
「その場にはフリージアだっていました。殿下に声をかけて元気づけていたはずです!」
ランドルフ殿下の顔がうーんと困り顔になる。
何でそんな顔をするの!?
「……それは、さっきフリージア嬢からも少し聞いたんだが……実はあまり覚えていない」
その言葉にガンッと大きな衝撃を受けた。
「覚えて……いない?」
「ああ。唯一はっきり聞いた、と記憶にあるのは、“ダメよ。そんなもたもたしている時間はないのよ。どきなさい! フリージア!“と怒鳴っていた女性の声……だった」
「……!」
「あれは、あの声は君だろう? ブリジット嬢」
「!」
その問いかけに冷たい汗が背中をつたう。
何でそんな所だけ記憶しているのかと悔しく思った。
ランドルフ殿下は、私から視線を変えてフリージアの方に視線を向けると首を傾げながら言う。
「……それに、実はずっと気になっていたが、“どきなさい、フリージア”ってどういう意味なのだろう? そういう言葉が出るということは──」
「…………ひっ!? そっ!それは……」
ランドルフ殿下のその言葉にフリージアが小さな悲鳴を上げる。
それを見た殿下が再び私に視線を向ける。
そして笑顔を浮かべた。
「だから私は“君”がいいと言っているんだよ? ブリジット嬢」
「……っ!」
「ははは………………まぁ、理由はそれだけじゃないけどね?」
殿下が意味深に笑う。
それだけじゃない?
「ど、どういう意味ですか?」
「ん? あぁ……まあ、こっちの話だよ」
(……?)
何やら意味深な言葉が聞こえて来たので聞き返したけれど、ランドルフ殿下は笑みを浮かべているだけで、答えてはくれなかった。
「そうだなぁ……王家の力を使って今すぐ君を無理やり“婚約者”にすることも出来るよ?」
「い、嫌! 絶対に嫌です!」
反射的にそう答えてしまい、しまった! と思う。
私は慌てて手で口を押さえた……けれど、すでにばっちり聞かれてしまっていた。
(激昂する……かしら?)
おそるおそるランドルフ殿下の顔を見ると、何故か彼は涼しい顔をしていた。
それはそれで怖い!
私の顔が恐怖で引き攣る。
「…………あははは! 好かれていないだろうなという気はしていたけど、まさか即答されるとはね」
「……っ」
「あぁ、君のその絶望の顔はいいね」
また笑顔。
何だか怖い!
「うん、そうだなぁ……とりあえず今はまだ、無理やりな手段は使わないでおこうかな。そうそう正式な返事も待ってあげよう」
「え?」
ここで何故か猶予をくれようとする殿下。
もしかして少しは話を分かってくれる人……? と期待をしたけれど……私の耳にはすぐに氷のように冷たい声が聞こえた。
「だけど、よーーく考えるといいよ? ブリジット嬢」
「……っ!」
───その、笑っているのかいないのかよく分からない目に背筋がゾッとする。
「君はまだ私の正式な“婚約者”ではないけれど、一応“婚約者候補”だからね。もし、王宮から呼び出しがあった際は……分かっているよね?」
「───っ!」
ランドルフ殿下は、王家の力……無理やりな手は使わないと言っておきながら、明らかに矛盾したことを口にしていた。
この時、私は大きく後悔した。
(……あの時、苦しんでいるこの人のことなんて、放っておけばよかったんだわ……)
過去と同じ行動をしておいて、フリージアから婚約者の座を奪うことだけをしなければ大丈夫だ……と甘くみていた。
それがこの結果。
(もう、やだ。逃げたい……)
───一緒に逃げますか?
(ランドールさん……)
また、私の頭の中に彼の顔が頭に浮かんだ。
ランドルフ殿下のことは殴ってやりたい!
けれど、なんとなくだけど今、彼を殴ったら───
牢屋行き、ではなく……
「この私を殴るとはいい度胸の女だ! ますます君が欲しい」
くらいのことを言い出してますます執着される気がする。
そんなのはもっと嫌だ。
「ふっ、今日はもう、帰るといい。ブリジット嬢は倒れてしまったわけだし、家で休みたいだろう?」
「……はい」
とにかく今はもう帰リたい。
この場から今すぐ去りたい!
こんな奴の顔をこれ以上見ていたくない!
そう思って私は頷く。
「ああ、そうそうフリージア嬢。今回は同行を認めたけれど、次から君は呼ばないから」
「えっ!?」
急に話を振られたフリージアが驚きの声を上げる。
しかもその内容が次から君は呼ばない?
「もう、君に用事はないからね。あぁ、あまりお姉さんを困らせるのは良くないと思うよ? フリージア嬢」
「そ、そんな……!!」
フリージアが殿下には分からないような角度で私を睨んで来た。
そんな目で見られても、困惑しているのも寒気がしているのも私の方なのに。
───過去と違って、私が殿下に望まれてしまった。
それなのに、嬉しさなんか欠片もなくてあるのはただただ恐怖のみ。
私は自分の両手を見つめる。
(手が震えている……)
───ランドールさんの手の温もりが欲しいな。
そうしたら、この手の震えは直ぐに止まる気がするのに……
絶望の気持ちしかない中、この時の私はランドールさんのくれた温かさだけを心の支えにしてなんとかその場に立っていた。
77
あなたにおすすめの小説
断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。
【完結】亡くなった婚約者の弟と婚約させられたけど⋯⋯【正しい婚約破棄計画】
との
恋愛
「彼が亡くなった?」
突然の悲報に青褪めたライラは婚約者の葬儀の直後、彼の弟と婚約させられてしまった。
「あり得ないわ⋯⋯あんな粗野で自分勝手な奴と婚約だなんて!
家の為だからと言われても、優しかった婚約者の面影が消えないうちに決めるなんて耐えられない」
次々に変わる恋人を腕に抱いて暴言を吐く新婚約者に苛立ちが募っていく。
家と会社の不正、生徒会での横領事件。
「わたくしは⋯⋯完全なる婚約破棄を準備致します!」
『彼』がいるから、そして『彼』がいたから⋯⋯ずっと前を向いていられる。
人が亡くなるシーンの描写がちょっとあります。グロくはないと思います⋯⋯。
ーーーーーー
ゆるふわの中世ヨーロッパ、幻の国の設定です。
完結迄予約投稿済。
R15は念の為・・
婚約破棄を突き付けてきた貴方なんか助けたくないのですが
夢呼
恋愛
エリーゼ・ミレー侯爵令嬢はこの国の第三王子レオナルドと婚約関係にあったが、当の二人は犬猿の仲。
ある日、とうとうエリーゼはレオナルドから婚約破棄を突き付けられる。
「婚約破棄上等!」
エリーゼは喜んで受け入れるが、その翌日、レオナルドは行方をくらました!
殿下は一体どこに?!
・・・どういうわけか、レオナルドはエリーゼのもとにいた。なぜか二歳児の姿で。
王宮の権力争いに巻き込まれ、謎の薬を飲まされてしまい、幼児になってしまったレオナルドを、既に他人になったはずのエリーゼが保護する羽目になってしまった。
殿下、どうして私があなたなんか助けなきゃいけないんですか?
本当に迷惑なんですけど。
拗らせ王子と毒舌令嬢のお話です。
※世界観は非常×2にゆるいです。
文字数が多くなりましたので、短編から長編へ変更しました。申し訳ありません。
カクヨム様にも投稿しております。
レオナルド目線の回は*を付けました。
悪役令嬢が行方不明!?
mimiaizu
恋愛
乙女ゲームの設定では悪役令嬢だった公爵令嬢サエナリア・ヴァン・ソノーザ。そんな彼女が行方不明になるというゲームになかった事件(イベント)が起こる。彼女を見つけ出そうと捜索が始まる。そして、次々と明かされることになる真実に、妹が両親が、婚約者の王太子が、ヒロインの男爵令嬢が、皆が驚愕することになる。全てのカギを握るのは、一体誰なのだろう。
※初めての悪役令嬢物です。
ドレスが似合わないと言われて婚約解消したら、いつの間にか殿下に囲われていた件
ぽぽよ
恋愛
似合わないドレスばかりを送りつけてくる婚約者に嫌気がさした令嬢シンシアは、婚約を解消し、ドレスを捨てて男装の道を選んだ。
スラックス姿で生きる彼女は、以前よりも自然体で、王宮でも次第に評価を上げていく。
しかしその裏で、爽やかな笑顔を張り付けた王太子が、密かにシンシアへの執着を深めていた。
一方のシンシアは極度の鈍感で、王太子の好意をすべて「親切」「仕事」と受け取ってしまう。
「一生お仕えします」という言葉の意味を、まったく違う方向で受け取った二人。
これは、男装令嬢と爽やか策士王太子による、勘違いから始まる婚約(包囲)物語。
侯爵令嬢リリアンは(自称)悪役令嬢である事に気付いていないw
さこの
恋愛
「喜べリリアン! 第一王子の婚約者候補におまえが挙がったぞ!」
ある日お兄様とサロンでお茶をしていたらお父様が突撃して来た。
「良かったな! お前はフレデリック殿下のことを慕っていただろう?」
いえ! 慕っていません!
このままでは父親と意見の相違があるまま婚約者にされてしまう。
どうしようと考えて出した答えが【悪役令嬢に私はなる!】だった。
しかしリリアンは【悪役令嬢】と言う存在の解釈の仕方が……
*設定は緩いです
【完結】愛され令嬢は、死に戻りに気付かない
かまり
恋愛
公爵令嬢エレナは、婚約者の王子と聖女に嵌められて処刑され、死に戻るが、
それを夢だと思い込んだエレナは考えなしに2度目を始めてしまう。
しかし、なぜかループ前とは違うことが起きるため、エレナはやはり夢だったと確信していたが、
結局2度目も王子と聖女に嵌められる最後を迎えてしまった。
3度目の死に戻りでエレナは聖女に勝てるのか?
聖女と婚約しようとした王子の目に、涙が見えた気がしたのはなぜなのか?
そもそも、なぜ死に戻ることになったのか?
そして、エレナを助けたいと思っているのは誰なのか…
色んな謎に包まれながらも、王子と幸せになるために諦めない、
そんなエレナの逆転勝利物語。
お子ちゃま王子様と婚約破棄をしたらその後出会いに恵まれました
さこの
恋愛
私の婚約者は一つ歳下の王子様。私は伯爵家の娘で資産家の娘です。
学園卒業後は私の家に婿入りすると決まっている。第三王子殿下と言うこともあり甘やかされて育って来て、子供の様に我儘。
婚約者というより歳の離れた弟(出来の悪い)みたい……
この国は実力主義社会なので、我儘王子様は婿入りが一番楽なはずなんだけど……
私は口うるさい?
好きな人ができた?
……婚約破棄承りました。
全二十四話の、五万字ちょっとの執筆済みになります。完結まで毎日更新します( .ˬ.)"
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる