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13. 会いたかった人
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「ねぇ、お姉様? お姉様はいったいランドルフ殿下に何をしたの?」
「ちょっと、フリージア、離して……痛っ……」
帰りの馬車の中、行きはあんなにはしゃいでいたフリージアが私を射殺しそうな目で睨んでいた。
そして掴まれている腕がかなり痛い。
あまりの痛さに私は顔をしかめた。
「やっぱりお姉様が私を妬んで何かしたのでしょう?」
「え?」
「そうよね……そうとしか思えない……だってお姉様は昔からそういう人だもの!」
「いっ! 痛い! フリージア、お願いだから手を離して!」
フリージアのいつも綺麗に伸ばしている自慢の長い爪が、掴まれている腕にギリギリとくい込んできていて、ものすごく痛い。
痛みに気を取られてしまって、フリージアが何を言っているのかも全然頭に入って来ない。
必死に手を離してと懇願するとフリージアは「チッ」と舌打ちをしながら、ようやく腕の力を緩めてくれた。
「どうして? …………どうして、お姉様は私の邪魔ばかりするの?」
「じゃ……ま?」
いったい何の話?
腕を擦りながら私は聞き返す。
ランドルフ殿下が私への婚約の申込みを撤回してくれなかったこと?
それにしてはフリージアの様子の何かが違う……気がした。
フリージアは鋭い目で私を睨むと声を荒げた。
「……お姉様のせいなのよ、全部、全部、全部! あれもこれも全部お姉様のせいで! どうして! どうして私があんな目に合わなくてはならなかったのよ!!」
「フリー……ジア……? 何を言っているの……? あんな目……?」
フリージアの様子はかなりおかしいし、何の話かさっぱり分からない。
もしかして、殿下に散々に言われたことを怒っているの?
「……今度こそ…………の…………に」
「……フリージア?」
よく聞こえなかった。
下を向いてギリッと唇を噛むフリージア。
フリージアはしばらくの間、何かをブツブツ口にしていたと思ったら、突然顔を上げる。
「お姉様、勘違いしないことね!」
「……勘違い?」
「殿下に愛されているなんて思わないで! 殿下が、お姉様なんかを選ぶなんておかしいもの。絶対になにか裏があるに決まっているわ!」
「……裏」
(そこは激しく同意するわね)
────だって、ランドルフ殿下……求婚については全く引き下がらなかったけれど、その中で一言もだって“私のことが好き”だとは口にしていないもの。
それって嘘でも“好き”だなんて言いたくない、ということでしょう?
「……」
だからこそ、私には何か別の目的があるようにしか思えない。
それがあの時、答えてくれなかった理由なのでしょうけどね。
(───婚約、断れるかな? 私はこのまま逃げられる──?)
やり直しの人生なのに、未来が全く見えなくなってしまって怖くなった。
❋❋❋❋❋
「ああ、もう!」
(───何を考えているのよ! あの王子は!)
私は完全怒っていた。
その日、ランドルフ殿下は“無言の圧力”をちらつかせて、私を王宮に呼び出した。
目的は“婚約者候補との交流”
つまり、お茶のお誘いだった。
(絶対にあの人とお茶を飲んでも美味しいはずがないのに!)
きっと、その不味さはあの時、牢屋で出された固いパンと冷たいスープに匹敵すると思う。
なので、本音としては行きたくない。
けれど、断った場合あの人がどんな手段に出るか分からなかったので従うしかなかった。
また吐きそうになる気持ちをどうにか堪えながら王宮へとやって来たのに!
「殿下は公務中です」
「……」
側近に冷たくあしらわれた。
───仕事をするのはいい。
この国の未来のためにも大変、喜ばしいことだと思うわ。
「本日の殿下はゆっくりお茶をする時間はありませんし、そもそもそのような予定は聞いておりませんが?」
「……」
やっぱり冷たくあしらわれた。
「……」
───喜ばしくてもね? それなら王子様は何故、わざわざ私を呼び出したのかしらね!?
(もしかして!)
ちゃんと私が招待に応じるか否かを試したのかもしれない。
「本当に何を考えているのよ────あ!」
かなり怒っていた私は何も考えずにズカズカ歩いていた。
そのせいで、帰るつもりがうっかり庭園に足を踏み入れてしまっていたことにも気付かず、更にそのまま怒り任せに前も見ずに突き進んでいたせいでかなり奥に入ってしまっていた。
「ここは……」
キョロキョロと辺りを見回すと、あの日、立ち入り禁止と言われた塔が見える。
ランドルフ殿下……いえ、ランディ様と初めて会った場所だった。
あの腹立つ顔を思うと、思い出のこの場所さえも憎く感じてしま───……
「───ブリジット様?」
「!!」
後ろからかけられた声にビクッっと身体が跳ねた。
一瞬、ランドルフ殿下の声かと思ったけれど、あの人は私の事を“ブリジット様”とは呼ばない。
だから、この声は……
私は慌てて振り返る。
ちょっと胸がドキドキする。
「──ランドールさん!」
「ブリジット様、王宮にいらしていたのですね?」
(やっぱり! ……ランドールさんだった!)
会えた事が嬉しくて、さっきまで怒っていた私はすっかりとどこかへ消えていた。
「お久しぶりです!」
「はい、ブリジット様も。お元気そうで良かったです。あれからはもう、倒れたりはしていませんか?」
「ええ、大丈夫です」
(さっきまでは、倒れてしまいたい気分だったけれど……)
そんな鬱々した気持ちは、ランドールさんの顔を見たら全部吹き飛んでしまった。
「ところでブリジット様、今日は……」
「……殿下に呼び出されたのですが公務があるそうで会えません、と」
「え?」
「だから、もう帰ろうと思っていたのですが、つい庭園に足を踏み入れてしまったみたいです」
「ブリジット様……」
私が苦笑いして答えると、ランドールさんが切なそうな顔になった。
「無理やり呼んでおいて何様──って、王子様なんですけれど。でも、無性に腹が立つと言いますか」
「……それは……」
「って、殿下に仕えている方を前に口にしていい言葉ではありませんでしたわ、すみません。出来れば内緒にしていてくださると助かります」
私は慌てて謝罪する。
(でも、どうしてなのかは、よく分からないけど、ランドールさんの前なら言っても許される気がしたのよね……)
……ポンッ
下げていた頭に謎の感触。
ぽんっ?
何かしら? と思い顔を上げると、ランドールさんが私の頭をポンポンしていた。
「……えっと?」
もしかして、これ励ましてくれている!?
「……ブリジット様が謝る事ではないですよ」
「でも……」
「腹が立つでしょう。だって殿下は……ランドルフ殿下はそういう事をする方……ですから」
ランドールさんが遠い目をしながらそう語る。
おそらくだけど、(多分)従者である彼は、普段から殿下に振り回されているのかもしれない。
「大変なんですね」
私はそう口にしながら、無意識に手を伸ばしてランドールさんの頭を撫でていた。
「……!? ブリジット、様」
「え? っあ!」
撫でられて動揺したランドールさんの声を聞いてハッとした。
(わ、私ったら……! また、なんて事を!)
この間の抱きつく……よりはマシかもしれないけれど、またしてもはしたない事を……
だけど、何故か分からないけれど、この人には“触れたい”そんな気持ちが湧き上がってしまった。
(どうして? 優しくしてくれたから?)
───こんな胸で良ければいつでもどうぞ? 使ってくれて構わないですよ
あの時に言われた言葉が頭の中に甦る。
いつでも? 本当に?
「……ランドールさん」
「は、はい?」
「お、お願いが……あります」
「え? お、お願い?」
まだ、少し動揺している様子のランドールさんに向かって私は言った。
「……っ、ギ、ギュッってしてください!」
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