【完結】やり直しの人生、今度は王子様の婚約者にはならない……はずでした

Rohdea

文字の大きさ
13 / 38

13. 会いたかった人

しおりを挟む

───


「ねぇ、お姉様?  お姉様はいったいランドルフ殿下に何をしたの?」
「ちょっと、フリージア、離して……痛っ……」

 帰りの馬車の中、行きはあんなにはしゃいでいたフリージアが私を射殺しそうな目で睨んでいた。
 そして掴まれているところがかなり痛い。
 あまりの痛さに私は顔をしかめた。

お姉様が何かしたのでしょう?」
「え?」
「そうよね……そうとしか思えない……だってお姉様はそういう人だもの!」
「いっ!  痛い!  フリージア、お願いだから手を離して!」

 フリージアのいつも綺麗に伸ばしている自慢の長い爪が、掴まれている腕にギリギリとくい込んできていて、ものすごく痛い。
 痛みに気を取られてしまって、フリージアが何を言っているのかも全然頭に入って来ない。
 必死に手を離してと懇願するとフリージアは「チッ」と舌打ちをしながら、ようやく腕の力を緩めてくれた。

「どうして?  …………どうして、お姉様は私の邪魔ばかりするの?」
「じゃ……ま?」

 いったい何の話?  
 腕を擦りながら私は聞き返す。
 ランドルフ殿下が私への婚約の申込みを撤回してくれなかったこと?
 それにしてはフリージアの様子の何かが違う……気がした。

 フリージアは鋭い目で私を睨むと声を荒げた。

「……お姉様のせいなのよ、全部、全部、全部!  あれもこれも全部お姉様のせいで!  どうして!  どうして私があんな目に合わなくてはならなかったのよ!!」
「フリー……ジア……?  何を言っているの……?  あんな目……?」

 フリージアの様子はかなりおかしいし、何の話かさっぱり分からない。
 もしかして、殿下に散々に言われたことを怒っているの?

「……今度こそ…………の…………に」
「……フリージア?」

 よく聞こえなかった。
 下を向いてギリッと唇を噛むフリージア。
 フリージアはしばらくの間、何かをブツブツ口にしていたと思ったら、突然顔を上げる。

「お姉様、勘違いしないことね!」
「……勘違い?」
「殿下に愛されているなんて思わないで!  殿下が、お姉様なんかを選ぶなんておかしいもの。絶対になにか裏があるに決まっているわ!」
「……裏」

(そこは激しく同意するわね)

 ────だって、ランドルフ殿下あの人……求婚については全く引き下がらなかったけれど、その中で一言もだって“私のことが好き”だとは口にしていないもの。
 それって嘘でも“好き”だなんて言いたくない、ということでしょう?

「……」

 だからこそ、私には何か別の目的があるようにしか思えない。
 それがあの時、答えてくれなかった理由なのでしょうけどね。

(───婚約、断れるかな?  私はこのまま逃げられる──?)

 やり直しの人生なのに、未来が全く見えなくなってしまって怖くなった。



❋❋❋❋❋



「ああ、もう!」

(───何を考えているのよ!  あの王子は!)

 私は完全怒っていた。
 その日、ランドルフ殿下は“無言の圧力”をちらつかせて、私を王宮に呼び出した。

 目的は“婚約者候補との交流”
 つまり、お茶のお誘いだった。

(絶対にあの人とお茶を飲んでも美味しいはずがないのに!)

 きっと、その不味さはあの時、牢屋で出された固いパンと冷たいスープに匹敵すると思う。
 なので、本音としては行きたくない。
 けれど、断った場合あの人がどんな手段に出るか分からなかったので従うしかなかった。
 また吐きそうになる気持ちをどうにか堪えながら王宮へとやって来たのに!

「殿下は公務中です」
「……」

 側近に冷たくあしらわれた。

 ───仕事をするのはいい。
 この国の未来のためにも大変、喜ばしいことだと思うわ。

「本日の殿下はゆっくりお茶をする時間はありませんし、そもそもそのような予定は聞いておりませんが?」
「……」

 やっぱり冷たくあしらわれた。

「……」

 ───喜ばしくてもね?  それなら王子様は何故、わざわざ私を呼び出したのかしらね!?

(もしかして!)

 ちゃんと私が招待に応じるか否かを試したのかもしれない。

「本当に何を考えているのよ────あ!」

 かなり怒っていた私は何も考えずにズカズカ歩いていた。
 そのせいで、帰るつもりがうっかり庭園に足を踏み入れてしまっていたことにも気付かず、更にそのまま怒り任せに前も見ずに突き進んでいたせいでかなり奥に入ってしまっていた。

「ここは……」

 キョロキョロと辺りを見回すと、あの日、立ち入り禁止と言われた塔が見える。
 ランドルフ殿下……いえ、ランディ様と初めて会った場所だった。
 あの腹立つ顔を思うと、思い出のこの場所さえも憎く感じてしま───……

「───ブリジット様?」
「!!」 

 後ろからかけられた声にビクッっと身体が跳ねた。
 一瞬、ランドルフ殿下の声かと思ったけれど、あの人は私の事を“ブリジット様”とは呼ばない。
 だから、この声は……

 私は慌てて振り返る。
 ちょっと胸がドキドキする。
   
「──ランドールさん!」
「ブリジット様、王宮にいらしていたのですね?」

(やっぱり!  ……ランドールさんだった!)

 会えた事が嬉しくて、さっきまで怒っていた私はすっかりとどこかへ消えていた。

「お久しぶりです!」
「はい、ブリジット様も。お元気そうで良かったです。あれからはもう、倒れたりはしていませんか?」
「ええ、大丈夫です」

(さっきまでは、倒れてしまいたい気分だったけれど……)

 そんな鬱々した気持ちは、ランドールさんの顔を見たら全部吹き飛んでしまった。

「ところでブリジット様、今日は……」
「……殿下に呼び出されたのですが公務があるそうで会えません、と」
「え?」
「だから、もう帰ろうと思っていたのですが、つい庭園に足を踏み入れてしまったみたいです」
「ブリジット様……」

 私が苦笑いして答えると、ランドールさんが切なそうな顔になった。

「無理やり呼んでおいて何様──って、王子様なんですけれど。でも、無性に腹が立つと言いますか」
「……それは……」
「って、殿下に仕えている方を前に口にしていい言葉ではありませんでしたわ、すみません。出来れば内緒にしていてくださると助かります」

 私は慌てて謝罪する。

(でも、どうしてなのかは、よく分からないけど、ランドールさんの前なら言っても許される気がしたのよね……)

 ……ポンッ
 下げていた頭に謎の感触。
 ぽんっ?
 何かしら?  と思い顔を上げると、ランドールさんが私の頭をポンポンしていた。

「……えっと?」

 もしかして、これ励ましてくれている!?

「……ブリジット様が謝る事ではないですよ」
「でも……」
「腹が立つでしょう。だって殿下は……ランドルフ殿下はそういう事をする方……ですから」

 ランドールさんが遠い目をしながらそう語る。
 おそらくだけど、(多分)従者である彼は、普段から殿下に振り回されているのかもしれない。

「大変なんですね」

 私はそう口にしながら、無意識に手を伸ばしてランドールさんの頭を撫でていた。

「……!?  ブリジット、様」
「え?  っあ!」

 撫でられて動揺したランドールさんの声を聞いてハッとした。

(わ、私ったら……!  また、なんて事を!)

 この間の抱きつく……よりはマシかもしれないけれど、またしてもはしたない事を……
 だけど、何故か分からないけれど、この人には“触れたい”そんな気持ちが湧き上がってしまった。
    
(どうして?  優しくしてくれたから?)
  
 ───こんな胸で良ければいつでもどうぞ?  使ってくれて構わないですよ

 あの時に言われた言葉が頭の中に甦る。
 いつでも?  本当に?

「……ランドールさん」
「は、はい?」
「お、お願いが……あります」
「え?  お、お願い?」
  
 まだ、少し動揺している様子のランドールさんに向かって私は言った。

「……っ、ギ、ギュッってしてください!」

しおりを挟む
感想 243

あなたにおすすめの小説

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

【完結】亡くなった婚約者の弟と婚約させられたけど⋯⋯【正しい婚約破棄計画】

との
恋愛
「彼が亡くなった?」 突然の悲報に青褪めたライラは婚約者の葬儀の直後、彼の弟と婚約させられてしまった。 「あり得ないわ⋯⋯あんな粗野で自分勝手な奴と婚約だなんて! 家の為だからと言われても、優しかった婚約者の面影が消えないうちに決めるなんて耐えられない」 次々に変わる恋人を腕に抱いて暴言を吐く新婚約者に苛立ちが募っていく。 家と会社の不正、生徒会での横領事件。 「わたくしは⋯⋯完全なる婚約破棄を準備致します!」 『彼』がいるから、そして『彼』がいたから⋯⋯ずっと前を向いていられる。 人が亡くなるシーンの描写がちょっとあります。グロくはないと思います⋯⋯。 ーーーーーー ゆるふわの中世ヨーロッパ、幻の国の設定です。 完結迄予約投稿済。 R15は念の為・・

婚約破棄を突き付けてきた貴方なんか助けたくないのですが

夢呼
恋愛
エリーゼ・ミレー侯爵令嬢はこの国の第三王子レオナルドと婚約関係にあったが、当の二人は犬猿の仲。 ある日、とうとうエリーゼはレオナルドから婚約破棄を突き付けられる。 「婚約破棄上等!」 エリーゼは喜んで受け入れるが、その翌日、レオナルドは行方をくらました! 殿下は一体どこに?! ・・・どういうわけか、レオナルドはエリーゼのもとにいた。なぜか二歳児の姿で。 王宮の権力争いに巻き込まれ、謎の薬を飲まされてしまい、幼児になってしまったレオナルドを、既に他人になったはずのエリーゼが保護する羽目になってしまった。 殿下、どうして私があなたなんか助けなきゃいけないんですか? 本当に迷惑なんですけど。 拗らせ王子と毒舌令嬢のお話です。 ※世界観は非常×2にゆるいです。     文字数が多くなりましたので、短編から長編へ変更しました。申し訳ありません。  カクヨム様にも投稿しております。 レオナルド目線の回は*を付けました。

侯爵令嬢リリアンは(自称)悪役令嬢である事に気付いていないw

さこの
恋愛
「喜べリリアン! 第一王子の婚約者候補におまえが挙がったぞ!」  ある日お兄様とサロンでお茶をしていたらお父様が突撃して来た。 「良かったな! お前はフレデリック殿下のことを慕っていただろう?」  いえ! 慕っていません!  このままでは父親と意見の相違があるまま婚約者にされてしまう。  どうしようと考えて出した答えが【悪役令嬢に私はなる!】だった。  しかしリリアンは【悪役令嬢】と言う存在の解釈の仕方が……  *設定は緩いです  

悪役令嬢が行方不明!?

mimiaizu
恋愛
乙女ゲームの設定では悪役令嬢だった公爵令嬢サエナリア・ヴァン・ソノーザ。そんな彼女が行方不明になるというゲームになかった事件(イベント)が起こる。彼女を見つけ出そうと捜索が始まる。そして、次々と明かされることになる真実に、妹が両親が、婚約者の王太子が、ヒロインの男爵令嬢が、皆が驚愕することになる。全てのカギを握るのは、一体誰なのだろう。 ※初めての悪役令嬢物です。

お子ちゃま王子様と婚約破棄をしたらその後出会いに恵まれました

さこの
恋愛
   私の婚約者は一つ歳下の王子様。私は伯爵家の娘で資産家の娘です。  学園卒業後は私の家に婿入りすると決まっている。第三王子殿下と言うこともあり甘やかされて育って来て、子供の様に我儘。 婚約者というより歳の離れた弟(出来の悪い)みたい……  この国は実力主義社会なので、我儘王子様は婿入りが一番楽なはずなんだけど……    私は口うるさい?   好きな人ができた?  ……婚約破棄承りました。  全二十四話の、五万字ちょっとの執筆済みになります。完結まで毎日更新します( .ˬ.)"

悪役令嬢に仕立て上げたいのならば、悪役令嬢になってあげましょう。ただし。

三谷朱花
恋愛
私、クリスティアーヌは、ゼビア王国の皇太子の婚約者だ。だけど、学院の卒業を祝うべきパーティーで、婚約者であるファビアンに悪事を突き付けられることになった。その横にはおびえた様子でファビアンに縋り付き私を見る男爵令嬢ノエリアがいる。うつむきわなわな震える私は、顔を二人に向けた。悪役令嬢になるために。

お前との婚約は、ここで破棄する!

ねむたん
恋愛
「公爵令嬢レティシア・フォン・エーデルシュタイン! お前との婚約は、ここで破棄する!」  華やかな舞踏会の中心で、第三王子アレクシス・ローゼンベルクがそう高らかに宣言した。  一瞬の静寂の後、会場がどよめく。  私は心の中でため息をついた。

処理中です...