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14. 秘密の逢瀬
しおりを挟む正直、自分でも何を言っているのだろう? とは思ったわ。
それでも……
───こんな胸で良ければいつでもどうぞ? 使ってくれて構わないですよ
ランドールさんのこの言葉があった。
何よりここは立ち入り禁止区域のすぐ側。
滅多に人が来る所じゃない事は私自身がよく知っている。
「い、いつでもどうぞ……と言ってくれたじゃないですか!」
「あ、それは……」
ランドールさんの顔に困惑の色が浮かぶ。
そんな顔をするという事は……
“まさか本当に頼むなんて”“あんな軽い慰めの言葉を本気にしたのか?”
と言いたいのかもしれない。
「ご、ごめんなさい! つい、調子に乗って言ってしまいました、め、迷惑……ですよね?」
「……」
「ですから……い、今の話はなかった事に───」
慌てて発言を取り消そうとして胸の前でぶんぶんと強く手を振っていたら……
(──え?)
何故かその手を取られた。
胸がキュッとなる。
あぁ、今日もこの人の手は優しい。
やっぱり心地よくて安心する。
別にギュッとなんてされなくても、これだけでも充分だわ──
「ランドール……さ」
「ブリジット! …………さま」
(───え?)
名前を呼ばれて、そのままギュッと抱きしめられた。
ランドールさんの少し遅れてのこの行動に今度は私の方が戸惑う。
「そんな顔でそんな事を言われて、聞かなかった事になんて出来ません」
「え……そんな顔?」
「あなたには笑顔が似合うんです」
「……え!?」
過去と今の人生合わせても言われた事のない言葉にびっくりした。
笑顔が……似合う?
「ブリジット……様には光の当たる場所で、いつも笑顔で憂いなく過ごしていって欲しい。私はそう願っています……だから……」
「だから?」
「あ、いえ…………その為に私がブリジット様に出来る事は何でもしたい、そう思っています」
ギュッ……
私を抱きしめてくれている力が強くなった。
(嬉しい……温かい……ホッとする……)
そして胸の奥が擽ったい気持ちになる。
どうしてかしら?
「……」
───過去にランドルフ殿下を好きだと思っていた時とは違う。
もっと、穏やかな……そんなほんわかしたあたたかい気持ちが私の中に生まれていく。
「……ランドールさんは、どうしてそこまで思ってくれるのですか?」
「え?」
「私達は先日会ったばかりですよ? なのにそこまで」
「ブリジット様」
「……ん」
また、ランドールさんの腕の力が強くなった。
「……あなたは知らないと思いますが、私とあなたが初めて会ったのは先日のことではありません」
「え!?」
「───もっともっと昔……以前に会っているのです」
(えぇえ!?)
嘘でしょう!?
こんな特徴的な髪をしていたらさすがの私でも忘れないわよ!?
「私は、その頃からあなたの屈託のない笑顔が……可愛くて好きでした」
「すっ!?」
好きですって!?
まるで、告白のような言葉に胸が大きく跳ねて、今すぐ飛び出すんじゃないかっていうくらいドキドキした。
(やだ、私……絶対に今……顔が赤いと思う、わ)
「ええ、好きです。あなたは、ずっと私の太陽だった」
「た、太陽!?」
またしても言われたことのない言葉が飛び出す。
「そうですよ、強くて真っ直ぐで眩しいあなたに憧れました」
「あ……」
憧れ?
ああ! 好きって“笑顔”のことなのね?
びっくりした……一瞬、違う意味で捉えてしまったわ。
恥ずかしい。
でも……
───それ、本当に私のことかしら?
昔がいつなのかは知らないけれど、あんなに我儘放題で威張り散らしていた私よ?
巻き戻り前の過去の話とはいえ、フリージアの婚約を卑怯にも奪い取った性格の女よ?
(……あ!)
私はハッと気付く。
もしかしたら、フリージアと勘違いしているのかもしれない!
あの子は昔から明るくて笑顔も可愛い。太陽に例えられるのも分かるわ。
だからもし、ランドールさんが勘違いをしているなら正さなくちゃ!
だって私はもう、同じ過ちは犯さないと決めたのだから。
───そうよ。
たとえ、この胸がチクリと痛んでも。
「……っ」
私は小さく深呼吸をしてからランドールさんの顔を見る。
半分しか顔が見えないのに美形だと分かる。
そんな顔が目の前にあって少しドキドキする。
「ランドールさん、それ……私ではなく妹の話だったりしませんか?」
「……妹? それは、フリージア嬢のことですか?」
私は大き頷く。
「そうです、ランドールさんの言う人は私ではなくて、きっと」
「いいえ、あなたです! ブリジット! ………………さま」
「!?」
ランドールさんの剣幕が凄くてびっくりした。
「で、ですけど……」
「“あんなの”とあなたを間違えるはずがないでしょう!?」
「あ……あんなの!?」
まさかのフリージアの扱いに驚く。
そんな呼び方する人初めて出会ったわ。
「ええ、“あんなの”で充分でしょう? だってあれは! っっ…………いえ、何でもありません」
何故かは分からないけれど、ランドールさんはフリージアが苦手みたい。
とても苦々しい、まるで仇を見るような顔だった。
不思議ね……私、あの子は誰からも好かれるのだとばかり思っていたのに。
「では、本当に……私なのですか?」
「そうですよ、それにあなたは、ちゃんと“ブリジット”と名乗っていましたよ?」
「そ、そうなの、ね? そ、そう……よね、うん」
動揺して自分でも何を口走っているのかよく分からなくなった。
「ブリジット…………さま」
「は、はははい!」
ギュッ……
「ずっとまた、あなたとこうして話せる日が来ることを願っていました」
「ランドール……さん」
「昔の出会いは偶然でしたが、あの頃、あなただけが“私”を見てくれた」
「私……だけ?」
どういう意味だろうと思うけれども、何だかそこには触れてはいけない気がする。
「はい。あなたは暗闇の中にいた私の光となってくれました」
その言葉に胸がキュンとした。
ずるいわ……私は何も覚えていないのに。
「わ、私達はいつ会ったの? 何歳の時、どこでどんな風に? 何を話したの?」
「……ブリジット様」
(あ……)
私達の目が合った。
その綺麗な瞳に吸い込まれそうになる。
そうよ、私、この瞳を知っているわ。
あれは───……
────バチンッ
その時、頭の中で変な音がして思い浮かんだ物が掻き消える。
「……っ!?」
(……今、せっかく何かを思い出しそうになったのに……何で?)
「……ブリジット様、申し訳ございません。今の私にはそれを語る許可が降りていません」
「え?」
許可制? どういうこと?
ランドールさんは何者なの? 誰が彼におかしな命令をしているの?
───はっ!
まさか……ランドルフ殿下!?
あの王子め……という怒りの思いがフツフツと湧き上がってくる。
「ですが、私があなたの事を忘れられず、あなたの幸せだけをずっと祈って生きてきた事は本当です」
「ランドールさん……」
そう言った彼がもう一度、ギュッと抱きしめてくれたので、今度は私もギュッと抱きしめ返す。王子の事なんかよりも、目の前の彼を感じていたかった。
「……」
───このまま時が止まってしまえばいいのに。
ランドルフ殿下のこともフリージアのことも……巻き戻っている過去があることも全部全部忘れて、ここにいられたらきっと幸せなのに。
私は、今の自分の立場も忘れて、そう思ってしまった。
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