【完結】やり直しの人生、今度は王子様の婚約者にはならない……はずでした

Rohdea

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閑話 二人の王子

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 ブリジットが馬車に乗り込み帰宅する所までを見送った後、城に入ったランドールは、とある部屋の扉の前で小さなため息をつく。

「……はぁ」

(今はいつも以上に顔を合わせたくないな……)

 先程まで、この腕の中にあった大切な人ブリジットの温もりをもっと堪能していたかったのに。

(ブリジット……顔が赤くなっていて可愛かったな)

 彼女にそんな顔をさせたのがランドルフあいつではなく、自分だと言うことに仄かな喜びを覚える。
 彼女の中で今、自分は“ランドール”だから、何の話か分からず混乱させてしまったことは申し訳なく思う。
 だが、言わずにはいられなかった。
 初めから叶う事のない恋だった。
 だから、彼女が幸せならそれでいい……そう思おうとしていたのに───

のくせに欲が出てしまったな……」

 そう呟きながら部屋の扉をノックした。


────


 ランドールが部屋に入ると、ランドルフは偉そうに椅子にふんぞり返っていた。

「遅かったな。どこで道草を食っていたんだ?」
「……時間には遅れていないはずですが?」
「うるさい!  口答えするな!」
「……申し訳ございません」

 ランドルフは怒り出すと色々と面倒な為、それ以上の反論は止めておくに限る。
 だからランドールは素直に頭を下げた。

「ふんっ!  今日の俺は一日、公務をしていることになっているんだぞ!」
「存じていますが?」
「なら、分かるだろう!  見ての通り、お前が遅いから全く進んでない。早くやっておけ!  今日中だぞ!  今日中にその紙の山を全て終わらせておくんだ!  いいな!」

 俺は寝る……そう言って椅子から立ち上がると隣の仮眠室へと移動しようとするランドルフ。
 ランドールは、机の上にどんっと積み上がっている紙の山を見た。

(少しも手をつけていないじゃないか……)

 こんなことは慣れているし、いつものこと。
 とはいえ、全てを押し付ける気満々のランドルフのその姿勢に、またまた盛大なため息を吐きたくなった。

「──あぁ、そうだ。今日は“ラディオン侯爵家のブリジット”をわざわざ呼び出して、忙しくて会えないと突っ返してやった」
「……!」

 その発言に思わず声が出そうになったが、慌てて耐えた。

「こっそり隠れて追い返される姿を見ていたが、トボトボと肩を落として城の外に出ていく様子はなかなかの見ものだったぞ!  ククッ」

(こいつ……!)

 ランドルフに見えないように、拳を握りしめ唇を噛む。
 許されるなら、今すぐランドルフこいつをボコボコに殴ってやりたい。

「ブリジット嬢は何故か俺との婚約を避けたがっているようだが、あれは、きっと照れ隠しなのだろうな!」
「……」
「なんと言っても、王子に、求婚されて喜ばない女などこの世にいるわけがないからな!  ははは」
「さすがに……自意識過剰では?」
「は?  なんだと?  うるさい!  黙れ!  ランドールの分際で俺に口答えをする気か!?」

 ジロリとランドルフが睨んでくる。

「お前は何も考えず、俺の言う事だけを聞いて俺の為だけに一生動いていればいいんだ!  それだけがお前の唯一の存在意──」
「───無駄口……はその辺にしてそろそろ、休まなくて大丈夫なんですか?  倒れても知りませんよ?」
「……ぐっ」

 ランドルフは悔しそうな表情を浮かべる。
 そして、最後と言わんばかりにランドールを睨みながら声を張り上げた。

「……お前がどんなに優秀な力を周りに見せつけようとも……誰に何を言ってどうかしようとしても……王子は俺だ!」
「……知っていますが?」
「っっ!  王子は俺一人なんだ!  お前は……」
「……だから、知っていますが?」
「……っ」

 ランドールに睨み返されたランドルフは、怒りで顔を真っ赤にして、
「永遠にお前は俺のスペアだ!  影に生きる宿命なんだ!」
 と、怒鳴りつけて部屋を出て行った。

(相変わらず、毎日毎日飽きもせず同じことばかり言っている……)

  ───ランドルフのスペア。
 影に生きる宿命。
 そんなことは昔から知っている。
 いや、生まれた時から……か。


 ランドルフとランドールは王家に双子として生まれた。
 しかし、昔から王家で双子は不吉と言われていて、忌み嫌われる存在だった。
 理由は、何代か前に生まれた双子の王子が王位継承を巡って血みどろの醜い争いを繰り広げたからだと言われている。

 双子が生まれた王家は大混乱に陥った。
 王妃は半狂乱となって泣き叫び、心を病んだ。困った王は先に生まれた方のみを生かして後に生まれた方を人知れず処分するように……と命令を出した。
 その理由は、かつての双子の王子達の争いの発端は、後から生まれた王子が引き起こしたと伝えられていたから。

 先に生まれたのが、ランドルフ。
 後に生まれたのが、ランドール。

 よって、ランドールは人知れず処分されるはず
 しかし、ここで誤算が起きる。

「……陛下、先に生まれた……跡取りとなる王子殿下なのですが……」
「何だ?」
「…………あ、あちらの(処分命令を出した)お子と比べると、身体も小さくて……その脈も弱く……このままでは……」
「なっ!」

 そう。
 先に生まれた子供は弱々しく……とても病弱だった。


 そんな王が出した結論は……後から生まれた子供の処分は一旦見送る。
 それはの時のことを考えてだった。
 ただし、世間には“生まれた王子は一人”だと発表させ、事情を知るものも最低限とする。
 心を病んだ王妃にも「もう一人は処分したから大丈夫」と言い聞かせた。

 それぞれランドルフ、ランドールと名付けられたものの、世間に存在を消されたランドールは、庭園の奥にある塔へと追いやられそこで事情を知る者達の手でこっそりと育てられた。
 しかしその後、成長してもランドルフはなかなか丈夫に育たず病弱なまま。
 そんな王子の姿を人前には出せない王と事情を知る者達は、必要時は仕方なくランドールを二人の愛称でもある“ランディ”と呼ばせて表に出して王子は健在だとアピールを繰り返した。
 幸い、二人の容姿は双子なだけあって本当にそっくり。
 髪色だけでなく、王家特有の特殊な目の色まできちんと引き継いでいたので、不思議に思う人はいなかった。

 こうして世間には王子の姿をほとんど見せることなく日々は過ぎたものの、年月が経つにつれてようやく身体の弱かったランドルフの体調が落ち着いて来た。
 たまに発作は起こすものの、日常生活もきちんと送れるようになり、とうとう表舞台に出られるようになり───……
   
「───本来ならそれで自分ランドールは“お払い箱”となる予定だったのにな……」

 ランドルフがだいぶ元気になったとはいえ、やはり万が一の時の事を考え、ランドールは一生、陰で生きさせると王は決断した。
 塔の中から死ぬまで出られない幽閉生活をさせてもよかったが、そんな生活環境によからぬことを考えられたら困る。
 なので、髪色を真逆の印象の黒に染めさせ特徴的な目も片方は隠させて、本名でランドルフに仕えるようにと命じた。

「……で、公務なんてやってられるか!  と、ろくにやりたがらないランドルフの代わりにこうして仕事をさせる……と」
   
 ───どいつもこいつも勝手なことばかり言いやがって。

(ブリジットがこの国にいなかったら滅ぼしてやりたい気分だ)

 幼少期、偶然出会ったブリジット。
 ランドールが住むようになってから、立ち入り禁止区域と指定した場所にうっかり迷い込んで来た女の子。
 決められた人以外とは会うなと言われていたのに破ってしまったが、幸いブリジットとの逢瀬は人に見つからず続いた。
 暗く孤独な日々の中、あの時間だけが……幸せだった。
 彼女は、いつだって元気いっぱいで笑顔が眩しく、一緒に過ごすのが楽しかった。

『ランディ様!』

 そう呼ばれる度に“ランドール”だと言いたくて言いたくて。
 何一つ本当の事を言えないまま、いつしか疎遠になってしまった。

(ここまで大人しく生きて来たのは、もう一度ブリジットに会いたかったからだ……)

 国の為でもランドルフの為でもない。

 ランドルフが彼女を望んだ事で姿を変えた形で再会はしたけれど、彼女はもちろん何も知らない。
 気付かれてもいけない。
 本当は全て明かして自分の手で幸せにしたいのに……


「ブリジット…………僕はいつだって君の幸せを願っている…………君の幸せはどこにある?」

 彼女が望んだ未来を手にする為なら、どんなことだってするつもりだ。
 それはこれからも変わらない───
   
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