15 / 38
閑話 二人の王子
しおりを挟むブリジットが馬車に乗り込み帰宅する所までを見送った後、城に入ったランドールは、とある部屋の扉の前で小さなため息をつく。
「……はぁ」
(今はいつも以上に顔を合わせたくないな……)
先程まで、この腕の中にあった大切な人の温もりをもっと堪能していたかったのに。
(ブリジット……顔が赤くなっていて可愛かったな)
彼女にそんな顔をさせたのがランドルフではなく、自分だと言うことに仄かな喜びを覚える。
彼女の中で今、自分は“ランドール”だから、何の話か分からず混乱させてしまったことは申し訳なく思う。
だが、言わずにはいられなかった。
初めから叶う事のない恋だった。
だから、彼女が幸せならそれでいい……そう思おうとしていたのに───
「ただの身代わりのくせに欲が出てしまったな……」
そう呟きながら部屋の扉をノックした。
────
ランドールが部屋に入ると、ランドルフは偉そうに椅子にふんぞり返っていた。
「遅かったな。どこで道草を食っていたんだ?」
「……時間には遅れていないはずですが?」
「うるさい! 口答えするな!」
「……申し訳ございません」
ランドルフは怒り出すと色々と面倒な為、それ以上の反論は止めておくに限る。
だからランドールは素直に頭を下げた。
「ふんっ! 今日の俺は一日、公務をしていることになっているんだぞ!」
「存じていますが?」
「なら、分かるだろう! 見ての通り、お前が遅いから全く進んでない。早くやっておけ! 今日中だぞ! 今日中にその紙の山を全て終わらせておくんだ! いいな!」
俺は寝る……そう言って椅子から立ち上がると隣の仮眠室へと移動しようとするランドルフ。
ランドールは、机の上にどんっと積み上がっている紙の山を見た。
(少しも手をつけていないじゃないか……)
こんなことは慣れているし、いつものこと。
とはいえ、全てを押し付ける気満々のランドルフのその姿勢に、またまた盛大なため息を吐きたくなった。
「──あぁ、そうだ。今日は“ラディオン侯爵家のブリジット”をわざわざ呼び出して、忙しくて会えないと突っ返してやった」
「……!」
その発言に思わず声が出そうになったが、慌てて耐えた。
「こっそり隠れて追い返される姿を見ていたが、トボトボと肩を落として城の外に出ていく様子はなかなかの見ものだったぞ! ククッ」
(こいつ……!)
ランドルフに見えないように、拳を握りしめ唇を噛む。
許されるなら、今すぐランドルフをボコボコに殴ってやりたい。
「ブリジット嬢は何故か俺との婚約を避けたがっているようだが、あれは、きっと照れ隠しなのだろうな!」
「……」
「なんと言っても、王子に、求婚されて喜ばない女などこの世にいるわけがないからな! ははは」
「さすがに……自意識過剰では?」
「は? なんだと? うるさい! 黙れ! ランドールの分際で俺に口答えをする気か!?」
ジロリとランドルフが睨んでくる。
「お前は何も考えず、俺の言う事だけを聞いて俺の為だけに一生動いていればいいんだ! それだけがお前の唯一の存在意──」
「───無駄口……はその辺にしてそろそろ、休まなくて大丈夫なんですか? また倒れても知りませんよ?」
「……ぐっ」
ランドルフは悔しそうな表情を浮かべる。
そして、最後と言わんばかりにランドールを睨みながら声を張り上げた。
「……お前がどんなに優秀な力を周りに見せつけようとも……誰に何を言ってどうかしようとしても……王子は俺だ!」
「……知っていますが?」
「っっ! 王子は俺一人なんだ! お前は……」
「……だから、知っていますが?」
「……っ」
ランドールに睨み返されたランドルフは、怒りで顔を真っ赤にして、
「永遠にお前は俺のスペアだ! 影に生きる宿命なんだ!」
と、怒鳴りつけて部屋を出て行った。
(相変わらず、毎日毎日飽きもせず同じことばかり言っている……)
───ランドルフのスペア。
影に生きる宿命。
そんなことは昔から知っている。
いや、生まれた時から……か。
ランドルフとランドールは王家に双子として生まれた。
しかし、昔から王家で双子は不吉と言われていて、忌み嫌われる存在だった。
理由は、何代か前に生まれた双子の王子が王位継承を巡って血みどろの醜い争いを繰り広げたからだと言われている。
双子が生まれた王家は大混乱に陥った。
王妃は半狂乱となって泣き叫び、心を病んだ。困った王は先に生まれた方のみを生かして後に生まれた方を人知れず処分するように……と命令を出した。
その理由は、かつての双子の王子達の争いの発端は、後から生まれた王子が引き起こしたと伝えられていたから。
先に生まれたのが、ランドルフ。
後に生まれたのが、ランドール。
よって、ランドールは人知れず処分されるはずだった。
しかし、ここで誤算が起きる。
「……陛下、先に生まれた……跡取りとなる王子殿下なのですが……」
「何だ?」
「…………あ、あちらの(処分命令を出した)お子と比べると、身体も小さくて……その脈も弱く……このままでは……」
「なっ!」
そう。
先に生まれた子供は弱々しく……とても病弱だった。
そんな王が出した結論は……後から生まれた子供の処分は一旦見送る。
それは万が一の時のことを考えてだった。
ただし、世間には“生まれた王子は一人”だと発表させ、事情を知るものも最低限とする。
心を病んだ王妃にも「もう一人は処分したから大丈夫」と言い聞かせた。
それぞれランドルフ、ランドールと名付けられたものの、世間に存在を消されたランドールは、庭園の奥にある塔へと追いやられそこで事情を知る者達の手でこっそりと育てられた。
しかしその後、成長してもランドルフはなかなか丈夫に育たず病弱なまま。
そんな王子の姿を人前には出せない王と事情を知る者達は、必要時は仕方なくランドールを二人の愛称でもある“ランディ”と呼ばせて表に出して王子は健在だとアピールを繰り返した。
幸い、二人の容姿は双子なだけあって本当にそっくり。
髪色だけでなく、王家特有の特殊な目の色まできちんと引き継いでいたので、不思議に思う人はいなかった。
こうして世間には王子の姿をほとんど見せることなく日々は過ぎたものの、年月が経つにつれてようやく身体の弱かったランドルフの体調が落ち着いて来た。
たまに発作は起こすものの、日常生活もきちんと送れるようになり、とうとう表舞台に出られるようになり───……
「───本来ならそれで自分は“お払い箱”となる予定だったのにな……」
ランドルフがだいぶ元気になったとはいえ、やはり万が一の時の事を考え、ランドールは一生、陰で生きさせると王は決断した。
塔の中から死ぬまで出られない幽閉生活をさせてもよかったが、そんな生活環境によからぬことを考えられたら困る。
なので、髪色を真逆の印象の黒に染めさせ特徴的な目も片方は隠させて、本名でランドルフに仕えるようにと命じた。
「……で、公務なんてやってられるか! と、ろくにやりたがらないランドルフの代わりにこうして仕事をさせる……と」
───どいつもこいつも勝手なことばかり言いやがって。
(ブリジットがこの国にいなかったら滅ぼしてやりたい気分だ)
幼少期、偶然出会ったブリジット。
ランドールが住むようになってから、立ち入り禁止区域と指定した場所にうっかり迷い込んで来た女の子。
決められた人以外とは会うなと言われていたのに破ってしまったが、幸いブリジットとの逢瀬は人に見つからず続いた。
暗く孤独な日々の中、あの時間だけが……幸せだった。
彼女は、いつだって元気いっぱいで笑顔が眩しく、一緒に過ごすのが楽しかった。
『ランディ様!』
そう呼ばれる度に“ランドール”だと言いたくて言いたくて。
何一つ本当の事を言えないまま、いつしか疎遠になってしまった。
(ここまで大人しく生きて来たのは、もう一度ブリジットに会いたかったからだ……)
国の為でもランドルフの為でもない。
ランドルフが彼女を望んだ事で姿を変えた形で再会はしたけれど、彼女はもちろん何も知らない。
気付かれてもいけない。
本当は全て明かして自分の手で幸せにしたいのに……
「ブリジット…………僕はいつだって君の幸せを願っている…………君の幸せはどこにある?」
彼女が望んだ未来を手にする為なら、どんなことだってするつもりだ。
それはこれからも変わらない───
84
あなたにおすすめの小説
断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。
【完結】亡くなった婚約者の弟と婚約させられたけど⋯⋯【正しい婚約破棄計画】
との
恋愛
「彼が亡くなった?」
突然の悲報に青褪めたライラは婚約者の葬儀の直後、彼の弟と婚約させられてしまった。
「あり得ないわ⋯⋯あんな粗野で自分勝手な奴と婚約だなんて!
家の為だからと言われても、優しかった婚約者の面影が消えないうちに決めるなんて耐えられない」
次々に変わる恋人を腕に抱いて暴言を吐く新婚約者に苛立ちが募っていく。
家と会社の不正、生徒会での横領事件。
「わたくしは⋯⋯完全なる婚約破棄を準備致します!」
『彼』がいるから、そして『彼』がいたから⋯⋯ずっと前を向いていられる。
人が亡くなるシーンの描写がちょっとあります。グロくはないと思います⋯⋯。
ーーーーーー
ゆるふわの中世ヨーロッパ、幻の国の設定です。
完結迄予約投稿済。
R15は念の為・・
侯爵令嬢リリアンは(自称)悪役令嬢である事に気付いていないw
さこの
恋愛
「喜べリリアン! 第一王子の婚約者候補におまえが挙がったぞ!」
ある日お兄様とサロンでお茶をしていたらお父様が突撃して来た。
「良かったな! お前はフレデリック殿下のことを慕っていただろう?」
いえ! 慕っていません!
このままでは父親と意見の相違があるまま婚約者にされてしまう。
どうしようと考えて出した答えが【悪役令嬢に私はなる!】だった。
しかしリリアンは【悪役令嬢】と言う存在の解釈の仕方が……
*設定は緩いです
悪役令嬢が行方不明!?
mimiaizu
恋愛
乙女ゲームの設定では悪役令嬢だった公爵令嬢サエナリア・ヴァン・ソノーザ。そんな彼女が行方不明になるというゲームになかった事件(イベント)が起こる。彼女を見つけ出そうと捜索が始まる。そして、次々と明かされることになる真実に、妹が両親が、婚約者の王太子が、ヒロインの男爵令嬢が、皆が驚愕することになる。全てのカギを握るのは、一体誰なのだろう。
※初めての悪役令嬢物です。
婚約破棄を突き付けてきた貴方なんか助けたくないのですが
夢呼
恋愛
エリーゼ・ミレー侯爵令嬢はこの国の第三王子レオナルドと婚約関係にあったが、当の二人は犬猿の仲。
ある日、とうとうエリーゼはレオナルドから婚約破棄を突き付けられる。
「婚約破棄上等!」
エリーゼは喜んで受け入れるが、その翌日、レオナルドは行方をくらました!
殿下は一体どこに?!
・・・どういうわけか、レオナルドはエリーゼのもとにいた。なぜか二歳児の姿で。
王宮の権力争いに巻き込まれ、謎の薬を飲まされてしまい、幼児になってしまったレオナルドを、既に他人になったはずのエリーゼが保護する羽目になってしまった。
殿下、どうして私があなたなんか助けなきゃいけないんですか?
本当に迷惑なんですけど。
拗らせ王子と毒舌令嬢のお話です。
※世界観は非常×2にゆるいです。
文字数が多くなりましたので、短編から長編へ変更しました。申し訳ありません。
カクヨム様にも投稿しております。
レオナルド目線の回は*を付けました。
【完結】愛され令嬢は、死に戻りに気付かない
かまり
恋愛
公爵令嬢エレナは、婚約者の王子と聖女に嵌められて処刑され、死に戻るが、
それを夢だと思い込んだエレナは考えなしに2度目を始めてしまう。
しかし、なぜかループ前とは違うことが起きるため、エレナはやはり夢だったと確信していたが、
結局2度目も王子と聖女に嵌められる最後を迎えてしまった。
3度目の死に戻りでエレナは聖女に勝てるのか?
聖女と婚約しようとした王子の目に、涙が見えた気がしたのはなぜなのか?
そもそも、なぜ死に戻ることになったのか?
そして、エレナを助けたいと思っているのは誰なのか…
色んな謎に包まれながらも、王子と幸せになるために諦めない、
そんなエレナの逆転勝利物語。
お子ちゃま王子様と婚約破棄をしたらその後出会いに恵まれました
さこの
恋愛
私の婚約者は一つ歳下の王子様。私は伯爵家の娘で資産家の娘です。
学園卒業後は私の家に婿入りすると決まっている。第三王子殿下と言うこともあり甘やかされて育って来て、子供の様に我儘。
婚約者というより歳の離れた弟(出来の悪い)みたい……
この国は実力主義社会なので、我儘王子様は婿入りが一番楽なはずなんだけど……
私は口うるさい?
好きな人ができた?
……婚約破棄承りました。
全二十四話の、五万字ちょっとの執筆済みになります。完結まで毎日更新します( .ˬ.)"
お前との婚約は、ここで破棄する!
ねむたん
恋愛
「公爵令嬢レティシア・フォン・エーデルシュタイン! お前との婚約は、ここで破棄する!」
華やかな舞踏会の中心で、第三王子アレクシス・ローゼンベルクがそう高らかに宣言した。
一瞬の静寂の後、会場がどよめく。
私は心の中でため息をついた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる