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15. 疑惑と決意
しおりを挟む「駄目だ! 許さん!」
「お父様!」
ランドールさんとの逢瀬を終えて帰宅した私は、もう何度目になるかも分からない直談判をお父様にしていた。
直談判の内容はもちろん、ランドルフ様からの求婚を断ること。
「何が不満なんだ! 王太子妃、ゆくゆくは王妃になれるのだぞ!?」
「そんなものなりたいと思いません!」
王太子妃? 王妃? そんなもの私は望んでない。
過去の私がフリージアから婚約を奪ったのもそれが目的じゃない。
(“ランディ様”の妃として側で支えになりたかっただけよ!)
今の私は、ランドルフ殿下の支えになりたいなんて思わない。
だから、何としても断りたい。
その為にはまず、お父様を説得しなくてはならなかった。
「お前は馬鹿か? まさか、愛とか恋とか言い出すのではあるまいな?」
「愛……?」
そう言われて私の頭の中に浮かぶのは……ランドルフ殿下じゃない。
私を優しく抱きしめてくれたランドールさんの顔───……
「いいか? 婚姻と言うのはだな……」
「──お父様と亡くなったお母様のように、愛のない結婚をする事が当然……とでも言うつもりですか?」
「何?」
得意そうに結婚というものについて話そうとしていたお父様の眉がピクリと反応した、
すると、見る見るうちに怪訝そうな表情へと変わっていく。
(あぁ、この顔……)
はっきりといつから……と言われると分からない。
けれど、気がつけば“お母様”のことをこの家で口にするのは何故かタブーになっていた。
「お父様はお母様のことなど全く愛していなかったわ!」
「何だと!?」
「私、知っているのよ! お父様はお母様の持参金目当てで近付いて結婚を持ちかけたってね!」
「なっ!」
お父様の顔がギョッとする。
「そして当時、お父様の婚約者だった今のお義母様との関係も解消せずに続けたままだった!」
図星だったのだろう。
お父様は顔を赤くして私に向かって怒鳴った。
「……ブリジット! 黙るんだ! お前に何が分かる!」
「好きでもない人の元に道具のように嫁いで、愛のない結婚生活を送ることが当然、だなんて気持ち……分かりたくもありません!」
だいぶ、人が入れ替わったけれど、子供の頃の使用人たちは、本当にお喋りで言いたい放題だった。
お父様が爵位を継いだ後、資金繰りに失敗して我が家が深刻な財政難に陥ったこと。
それをどうにかする為に無駄にお金だけはあった成り上がりの男爵令嬢だったお母様と強引に結婚したこと。
でも、お父様にはずっと愛する婚約者の伯爵令嬢(お義母様)がいたこと……
何でもかんでも全て私に聞こえる所で楽しそうに喋ってくれたわ。
───母君の身分だけで言えば、フリージア様の方が上なんですよ?
フリージアに向かって、わざわざそう進言している人もいたっけ。
よっぽど、お母様と私が憎かったのでしょうね。
「ならば、お前が殿下のことを好きになればいいだけの話だろう!」
お父様がとんでもないことを言い出す。
私があの人を好きになる?
「はい?」
「殿下は見た目もあんなに麗しく、仕事も的確で素早くて優秀じゃないか。性格も穏やかと聞く。陛下も我が息子ながら優秀で……といつもべた褒めしているんだぞ。そんな殿下の何が不満なんだ!?」
「……」
性格も穏やかですって?
────不満か? 私としては、是非とも貴様には死を持って償って貰いたいと思っていたが、フリージアがどうしても殺さないで! とお願いしてきたからな。愛しのフリージアに免じて仕方なく生かしてやることにした───
(悪いのは私だ……でも、あんな風に人に死んでくれと願う人が? 穏やか?)
────とりあえず今はまだ、無理やりな手段は使わないでおこうかな。そうそう正式な返事も待ってあげよう」
(人の絶望した表情を楽しんでいたような人が?)
求婚相手のはずの私が倒れて寝込んでいるのに、従者に任せ口先だけの心配だけで、ずっとフリージアとキャッキャウフフしていた人なのよ?
上手く本性を隠したものよね。
今のランドルフ殿下はまるで、私がかつて恋した人とは別人のよう───……
(───ん? 別人……?)
この時、何故か突然私の頭の中に“別人”という言葉が浮かんだ。
ランドルフ殿下のあの変わり様が本性を現した……のではなく、そもそも別人だったら?
(……って、そんなの非現実的よね?)
きっと考え過ぎ…………でも何だか胸に引っかかる。
───思い出すのよ、私。
過去の巻き戻り前のランドルフ殿下を。
彼はどんな人だった?
あの日のように激昂する事はなかったものの普段は、昔、一緒に過ごした時と変わらずとても優しかったのに、何度か機嫌が悪いのかしら? と話しかけづらかった時があったわ。
今更だけど、人ってあそこまで機嫌だけで態度が変わるもの?
(まさか……)
でも駄目だわ。
残念ながら過去と違って、今現在では違いを確認する方法が無いわ。比べる事が出来ない。
だけど、気になる。
「────おい、ブリジット! 人の話を聞いているのか!?」
「……っ!」
いけない!
考えこどに没頭していてお父様のことを完全に無視してしまっていた。
そろっと視線を向けると、お父様の顔は……完全に怒っていた。
「いいか! お前は愛があろうとなかろうと殿下に嫁ぐんだ! 我が家門から王妃の誕生なんだぞ! これはもう絶対だ!」
「嫌です!」
私は迷うことなく拒否をする。
「いいや! ならば次に殿下から打診があったその時は、私は承諾の返事を返す! いいな!」
「なっ! ……そんなの横暴です」
「うるさい! 反論は認めん!」
「~~っ」
(駄目だわ。現時点でお父様の説得は、ほぼ不可能といっていい……)
こうなると、殿下が何故かくれた“猶予”の間にどうにかしなくてはいけない。
(……いっそのこと、逃げてしまう?)
いいえ、相手はランドルフ殿下よ。
そんなことをしたら、どう出るか分かったものじゃない。
それに、私は無力だ。
何の計画もなく行き当たりばったりで逃げても逃げ切れる気がしない。
苦しい未来しか想像できない。
───でも、それなら私は、何の為に巻き戻ったの?
今度こそ、幸せに生きる未来を掴む為でしょう?
私はそう信じてる。
(それならば……)
私は考え込んだ。
❋❋❋❋❋
それから一週間後。
私はまた、ランドルフ殿下に呼び出しを受けた。
「ははは、ブリジット嬢。どうやら、君はなかなかいい性格をしているようだな」
「あら、そうですか? お褒め下さりありがとうございます。とっても嬉しいですわ」
私は棒読みのセリフと心にも無い笑顔を浮かべてランドルフ殿下に向かってそう答える。
「……っ、貴様……!」
「……」
ランドルフ殿下は苦々しい表情を私に向ける。
どうやら嫌味が伝わったみたい。
それにしても“貴様”ね。
やっぱりこの人は私のことをそう呼ぶのね?
(もしかすると、苛立つと無意識に口から出てしまうのかも)
「だって、殿下はとってもお忙しいのでしょう?」
「……だからなんだ」
殿下は仏頂面でそう答える。
不機嫌なのを隠そうともしない。
「なので先週のように……お茶会と聞いていたのに、突然の公務で中止……になるかもしれないではありませんか」
「ああ、そうだな」
ランドルフ殿下はムスッとした顔で答える。
「ですから、そんなことになっても寂しくないようにと“お願い”しただけですわ。他に共に時間を過ごしてくれる人がいれば寂しくなんてありませんもの」
「はんっ! ───今度のお茶会には妹も連れて行きます……許可をくれないのであればお茶会には行きません……これがその“お願い”だと言うのか?」
バンッ!
ランドルフ殿下は強く机を叩く。
そんな音を立てられても私は怯んだりしないわよ!
「ええ、もちろん!」
「貴様っ!」
私が心のこもってない笑顔を浮かべて頷く。
すると、私の横に座っていたフリージアが、おずおずと言った様子で殿下に向かって話しかけた。
ずっと私の横で何か言いたそうにして、ソワソワしていたのを私は知っている。
「ラ、ランドルフ殿下! 迷惑……でしたか? す、すみません。で、ですが、お姉様がどうしても……って私に……」
「……うっ!」
フリージアが上目遣いの涙目でランドルフ殿下にそう訴える。
同じ女性からすれば、この仕草はあざといと感じなくもないけれど、どうやら殿下には効いた様子。
(へぇ……)
やっぱりランドルフ殿下はフリージアみたいなのが好みなのでは?
これは強引に連れて来て正解だったかも、と私は二人の様子を見て思った。
私はランドルフ殿下からの誘いを受けるとを半ば強引にフリージアを同行させることにした。
その目的は色々あるけれど……
(ねぇ、フリージア。あなたなら出来るでしょう?)
だってあの日、あなたは私の耳元でああ言ったのだから。
(だから、ね? お願いよ。今度も私からランドルフ殿下を奪って頂戴?)
私は何がなんでもフリージアにランドルフ殿下のことを押しつけるのだと決めた。
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