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16. 王子様への違和感
しおりを挟むこうして、三人で始まったお茶会。
フリージアは私が望んだ通りの行動をしてくれた。
殿下から素っ気ない反応しか返されなくても、めげずにどんどん殿下に話しかけて自分をアピールしてくれている。
おかげで私はその間、ランドルフ殿下という人をじっくりと観察することが出来た。
フリージアがいつもより高めの声のトーンで殿下に訊ねる。
「ランドルフ殿下は普段、どんなことをして過ごしているんですか? やっぱり公務が忙しいんですか?」
「あぁ、そうだな。とても忙しい」
殿下は紅茶を飲みながらそう答えた。
(……ん?)
「そうなんですか。やっぱり、王子様って大変なんですねぇ……」
「いや、これも王子として生まれた定めだからな。私がやらないといけないことなんだ。何故なら私の代わりはいないのだから!」
そう力強く宣言するランドルフ殿下。
「ですよね! さすがランドルフ殿下です! 尊敬します~」
フリージアが手を叩いて殿下を持ち上げるような発言をしながら、どんどん距離を詰めている。
その際に、いちいちチラチラチラチラ私の方を見るのは、挑発……なのだと思う。
(──どう? お姉様? そんな幻聴が聞こえてきそう……)
殿下も持ち上げられて悪い気がしないのか、あんなに文句を言ったわりにどこか嬉しそうな様子で紅茶をガブガブと飲みまくっている。
(あれ?)
その様子を見ていて私は内心で首を傾げる。
───さっきから胸の中に疼くこの違和感は……何かしら?
その答えが途中まで出そうになっているのに、でも、何かよく分からなくてモヤモヤする。
「あ、殿下。紅茶のおかわりは如何ですか?」
「え、ああ、頂こう」
「えっと、お砂糖はなしでしたよね?」
フリージアが、そう言いながら毒味済みのテーブルの上に置かれていたティーポットから殿下のカップへと紅茶を注ぐ。
「ああ。昔から甘ったるいのは性にあわないからな。すまない」
「いいえー、どうぞ!」
そう言って殿下がフリージアから受け取った紅茶を飲む様子を見ていたその時、
(あ……あああ!)
私はそこでようやくずっとあった違和感の正体に気付いた。
(これよ! 私がさっきから抱いていた違和感はこれだわ!)
「……あら? お姉様、どうかして?」
「え? いえ、別に何でもないわ」
「そう? 変なお姉様ね……」
私が余りにも落ち着きがなかったせいなのか、フリージアが不審そうな目で私を見ていた。
❋❋❋❋
「あー……風が気持ちいいわ」
空はいい天気。眩しいくらいの太陽と気持ちいい風。
───私の気分とは真逆だわ!
庭園に設置されているベンチに一人座りながらそんなことを呟く私。
一度に色々考えてしまい頭の中が疲れてしまっていたので、外の空気を吸いたいと言ってお茶会の部屋を出てここにやって来て休んでいた。
そんな私は、がっくり肩を落としながら両手で顔を覆う。
「はぁ……なんてバカだったのかしら私」
どうしてもっと早く気付かなかったの?
多分、巻き戻り前もたくさんヒントはあった気がするのに。
「こんな簡単なことにずっと気付かなかったなんて」
ますます落ち込む。
そして頭を抱えながら呟いた。
「……私が好きだった“ランディ様”ってどこの誰だったのよ……」
さっき私は確信した。
私が幼い頃にこの庭園で会って恋した彼は“彼”じゃない。
あれは別人だ。
「……はぁ」
あのランドルフ殿下はランディ様ではないわ。
何人“代わり”がいるかは知らない。
でも、少なくともあの断罪時と巻き戻ってからの“ランドルフ殿下”は、私の好きだったランディ様とは別人。
これだけは胸を張って言える。
だけど、巻き戻り前の過去の記憶ともあわせての結論のせいで、残念ながら明確に「これだ!」と記せる証拠はどこにも無い。
「その辺が明らかになれば婚約しないで済むかも、と思ったけど、甘くはないかぁ……むしろ……」
代わり───影武者を置くなんて相当の理由があるはず。
そして、それを人に知られることを良しとするはずがない。
うっかり口にしようものなら、私が王家に消されてもおかしくない案件よ!
「どおりで、お父様が言っていた印象と違うわけよね……」
仕事も素早くて的確で優秀。性格も穏やか……今のランドルフ殿下から受ける印象は真逆。
でも、それが子供の頃にここで会った“ランディ様”の成長した姿だと言われればそこは凄く納得出来る。
あの時の“彼”にはどこか、そういう雰囲気があったから。
(あら?)
私は気付いてしまった。
「……と、言う事はつまり、さっきランドルフ殿下が大変だとアピールしていた“公務”も、もしかしてその影武者(?)が担っているのではないかしら?」
何だかあの性格は面倒事だけ押し付けて、自分は楽をしてふんぞり返っていそうな気がする。
「……巻き戻り前の婚約者だった時、会う度に段々と殿下の様子が冷たく変わっていったのは、フリージアがランドルフ殿下に接触し、婚約の真実を話したことだけではなかったんだわ」
おそらくその頃はもう今のランドルフ殿下が全面に出ていたのだろう。
思い込みって凄い。
違和感はあるはずなのに、おかしいと思えなくなってしまう。
「……でも、どうして今世……巻き戻り後はランドルフ殿下が出張っているのかしら……?」
過去の記憶と私のこの考察が間違っていないのなら、当時、私たちが婚約を結んだ時にお会いしたのは“ランドルフ殿下”ではないはずだ。
過去のランドルフ殿下は何らかの理由でこの頃は、表に出ていなかった……?
幼少期から殿下が世間にあまり顔を出していなかったことと関係があるのかも。
「……なんで?」
巻き戻り前と今は、色々なことが違い過ぎていて、知ってるはずの未来とは全然違う道に進んでいる。
様子のおかしい事が増えたフリージア。
どうやら、影武者が存在していて、更に、過去と違って堂々と表に出ているランドルフ殿下。
そして──……
「…………あぁ、そうね、そういうことだったのね。それなら納得よ」
だから、私は“彼”の存在を知らなかったのかも。
だって彼は表に出るわけにはいかなかったから───……
(そっかぁ……)
なんて、私が一人で答えを導き出して納得した時だった。
「─────ブリジット様? どうしてここに?」
「っっ!」
なんてタイミングで現れるのかしら?
今、まさに私が頭に思い浮かべたのはあなたよ?
───ランドールさん。
(ランドルフ殿下の影武者……あなたではなくて?)
……そして私の大事な思い出の“ランディ様”
それは、あなたでしょう?
そう思っただけで胸がドキドキしてくる。
一方、私に気付いた彼はこちらに慌てて駆け寄ってくる。
「どうして貴女がこんな所のベンチに一人で座っているのですか!」
「えっと……」
「ああ、もう! しかもそんな薄着で! 風邪を引いたらどうするのです?」
「え?」
そう言ってランドールさんは、自分の上着を脱ぐと私の肩に掛けてくれる。
(あ、温かい……!)
脱ぎたてホヤホヤの温もりに大いに戸惑ってしまう。
何だか意識してしまって色んな意味で照れ臭い。
「今日はランドルフ殿下とお茶会だと聞いていますが?」
「え、ええ……そうです」
わたしが頷くとランドールさんは眉をひそめた。
「もしかして、殿下が癇癪でも起こして外に追い出されてしまったのですか?」
ランドールさんが、私の両肩を掴んで心配そうな目で訊ねてくる。
私は慌てて首を横に振って否定する。
「ち、違います! 私が外の空気を吸いたくて自ら外に出て来たのですわ」
「そう、なのですか?」
「そうです! それに、殿下のお相手は妹がしていますので大丈夫です」
「……妹」
(……あら?)
フリージアの名前を出したら、ランドールさんの目つきが一気に鋭くなった。
そこまでフリージアに嫌悪感を抱いているの? と私の方が驚いた。
(フリージア! あなた、彼に何したのよ!)
「あー……ブリジット様はそれでいい、のですか?」
「え? ええ、もちろんです!」
だって、ランドルフ殿下はフリージアに押し付けるって決めたもの!
なので私がそう笑って答えたら、ランドールさんは少し困惑していた。
だからこそ、気になった。
「あの、先日も思ったのですが……ランドールさんは、フリージアのことを……その、嫌い? なのですか?」
「え?」
私のその質問に、ランドールさんは目を大きく開いたまま少し固まる。
でも、直ぐに気を取り直したのか口を開いて答えてくれた。
「───嫌い……と言うより憎しみの方が強いですね」
「え!」
これには私の方が驚く。
憎しみ……さすがに、そこまでは想定していなかった。
「憎しみだなんて……な、何故ですか?」
「何故? ……そうですね」
翳りのある表情を見せながら、ランドール様は静かに口を開く。
「フリージア嬢が、私が一番……何よりも何よりも大切にしていたものを奪ったからですよ」
───と。
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