【完結】やり直しの人生、今度は王子様の婚約者にはならない……はずでした

Rohdea

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19. それぞれの企みと思い

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❋❋❋❋


 その頃のフリージアとランドルフ────



「ふ、復讐ってどういうことですか?」

 ランドルフ殿下の口から出た物騒な言葉には、驚かずにはいられない。
 だけど、まさか……とも思う。

「ねぇ、殿下!  それってもしかしてお姉様とあの顔を半分隠している男性のことと……関係あります?」
「……!」

 ランドルフ殿下が驚いた顔で自分の事を見たので“やっぱりね”と思った。
 あの片目を隠した男は髪型は違うけどの人に違いない。

「……あの片目を隠した男の名は“ランドール”と言う」
「ランドール?」

 殿下と名前が似ているわね、血縁? 
 そう思って首を捻る。

「…………お、……コホッ……私はあの男のことがずっと大嫌いなんだ」
「嫌い……?」

 ランドルフ殿下は苦々しい表情で吐き捨てる。

「ああ。だから私は“あいつのもの”は何でも奪ってやることにしたんだ!」
「あの人のもの、ですか?」
「……そうだ、特にあいつのはな」


────


 ランドールは生まれた時からずっと自分の影として生きて来た双子の弟。
 王家にとって不吉な象徴である弟……本来はすぐに処分されるべきだったのに……  
 あいつが処分を免れて生かされているのは、あれもこれもそれも、自分の身体がポンコツだったせいだ。
 自分が持てなかった健康な体を持ち、時折“ランディ”として、振る舞うあいつを何度妬ましいと思ったことか。

 ───ランディ様が王になるなら将来が安泰だ。

 そんな言葉が聞こえてくる度に苛立ちは募った。
 そう賞賛されるべきは“ランドルフ”なのに、と。
 幸い、成長と共に身体は丈夫になり、表にも出られるようになったが……
   “そこは俺の場所だ”
   “お前は俺の影。一生かかってもお前が表に出る事はない”
 何度もあいつにそう言ってやっているし、今も昔もあいつのした仕事は全て“ランドルフ王子の成果”として報告している。
 おかげで、最近になってようやくランディと呼ばれることよりランドルフ、と呼ばれることの方が増えた。

(それなのに、あいつは怒るどころかいつもすました顔……!)

 ───そんなあいつが唯一、ほんの微かだったが反応を示した女。
 それが、ブリジット・ラディオン侯爵令嬢。
 調べてみても、何の変哲もない侯爵家の令嬢にすぎない。
 金をかけて着飾っているからだろう。
 見た目はそれなりに美しくは見えるが、かと言って驚く程の美貌の持ち主……なわけでもない。
 しかも、高位貴族令嬢らしく我儘で傲慢な性格らしい……

(……こんな女のいったいどこを気に入ったのだ?)

 俺にはさっぱり分からなかった。

「……殿下?」
「……」
「まさか、その人の大事なものって……お姉様だとか、言いませんよね?」

 フリージア嬢が鋭い目付きで訪ねてくる。
 妙に食いつきがいいぞ?

「……いや?  理由は知らないし隠そうとしている。だが、あいつは間違いなくブリジット嬢を大切に思っているようだ」

 ───ブリジット・ラディオン侯爵令嬢に婚約者の指名をする。

 俺がそう口にした時、それまで何をしても崩れなかったあいつの表情がほんの一瞬だけ崩れ、強ばったのを見た。

(あれには、目を疑ったぞ!) 

 そして、これは使える……そう思った。
 ブリジットを俺に夢中にさせておき、散々弄んで振り回し、最終的に捨ててやったら、ランドールはどんな顔をするだろうか?
 それは想像するだけでも愉快だった。
  
「あの男……がお姉様……を想っているですって……?」
「……フリージア嬢?」

 フリージアがピクピクと青筋を立て明らかに怒り……いやそれより上の表情をしていた。
 これまで全面に“私、可愛いでしょ”を押し出して来ていたフリージアの変貌ぶりに一瞬、目を疑う。

(姉妹仲は悪そうだと思っていたがここまでとはな……)

「……ふふ、ふふふ。奇遇ですわね、殿下」
「何がだ?」
「私、お姉様の事が昔から大っ嫌いだったのです」
「そうか……」

(やっぱりな)

 想像通りの言葉だ。

「けれど、私……その男のことも許せないくらい嫌いなんですの」


────


「……ん?」

 私の発した言葉にランドルフ殿下は不思議そうな表情を見せている。

(まあ、そんな反応になるわよね?  でもね?)

 だって、あの……ランドールとかいうその男が、王太子妃、ゆくゆくは王妃となって幸せになるはずだった私の未来を奪ったのよ!

『───あなたのような人を未来の王太子妃とは認められない』

 そう。
 過去の───巻き戻り前の人生で───

 目障りだったブリジットを無事に事故に見せかけて葬った後、無事にランドルフ殿下の婚約者となった私。
 未来の王太子妃なんだからいいわよね!  と豪遊しまくっていたらあの男は、苦言ばかり呈してきた。
 そう、明らかに敵視されていたわ。

「……っ」

 そして……そして、私があんな惨めな最期を迎えることになったのは……全部、全部、全部あの男のせいなんだから!

『───事故に見せかけて“姉”を手にかけたのはフリージア、お前だろう?』

 あの男はどこからか証拠を見つけて突き付けてきた。
 どこからバレたのよ……私の計画はバッチリだったはずなのに!
 今、思い出しても憎らしい!

「……殿下。それなら、私……あなたの言う“復讐”とやらをお手伝いしたいですわ!」
「え?」

 ランドルフ殿下の目が点になっている。
 私はニヤリと笑った。

「私もお姉様の絶望したあの顔を見るのは大好きですし。それにあの男、ランドール?  とやらにも一泡吹かせてやりたいんですもの」
「……フリージア」
「ふふ、ランドルフ様」

 見つめ合う二人の怪しい密談は続いた。



❋❋❋❋❋


 ───そして、ブリジットとランドール。



 悲しい表情をしたランドールさんは語る。

「そういうこと……だったんですね」
「……ああ」

 ランドールさんの話によると、
 私が死んだ後、ランドルフ殿下もフリージアも幸せにはなれなかった。

(むしろ……二人にとっては最悪な展開を迎えた……といっても良いくらいだわ)

 もしも、の話だけど、二人にも巻き戻り前の記憶があったら……逆恨みされそうなくらい。
 だって、私の知らなかったその後の二人の破滅の引き金はどう考えても私だから。

(殿下は正直、よく分からないわ)  

 でも、フリージアは……記憶があるのかもしれない。
 いえ、かも……じゃない。
 その可能性が高いと思う。

「…………ブリジット様。あなたは私に何を馬鹿な話をしているのか、とは言わないのですか?」
「え?」

 私にそう訊ねるランドールさんの瞳が大きく揺れている。
 すんなり話を聞いて納得している私が不気味に思えるのかもしれない。
 だから、私もちゃんと伝えなくちゃ。

「バカになんてしません」

 私は首を横に振る。
 ランドールさんは明らかに動揺した。

「な、何故ですか……?」
「それは……」

 私も目を伏せて小さく微笑む。

「…………私もその話を知っているからですよ」
「えっ!?」
   
 私のその言葉にランドールさんは瞳を大きく開いたまま固まった。




「はぁぁぁぁぁ…………これは、どういうことなのでしょうか」
「どういう事さことなんでしょうね……?」
「こんな不思議なことが……あるのか」

 私の話を聞いたランドールさんが深いため息を吐いた。
 ランドールさんのこの反応は私も“記憶があること”を打ち明けたから、だ。
 どうやら、彼も“自分以外”が記憶を持っているとは思わなかったみたい。
  
「……ブリジット様、すみません」
「えっと?  何がですか?」
「……私が不甲斐ないばっかりにあなたをたくさん苦しませてしまいました」

 そして、ランドールさんは私を助けられなかったことを深く悔やみ出した。
 頭を抱えて唸っている。
 彼は何も悪くないのに!
 私は首を振る。

「……ランドールさん。それよりも、私はどうしても知りたいことがあります」
「え?」

 顔を上げたランドールさんが私の目を見つめる。
 私はその目をしっかり見つめ返した。

「あなたも知っている“過去”の私は、汚い手を使ってでもランドルフ殿下の妃になることを望みました」
「……知っています。あなたはランドルフ殿下のことがとても好きで……」
「───私が!」

 ランドールさんの言葉を遮るように声を荒げた。
 誤解……とは、少し違うし、そう思われるのも仕方がない。
 けれど、これだけは言わなくては、と思った。

「私が嘘をついてでも隣に立ちたかった好きな相手は“ランディ様”です」
「…………は、い?」

 私の言った言葉の意味がすぐに理解出来なかったのか、ランドールさんがポカンとした表情を浮かべる。

「ランドルフ殿下ではありません。ランディ様です。この意味、分かりますか?」
「は?  え……?」
「……」

 まだ、困惑しているランドールさんの顔に私はそっと手を伸ばす。
 そして、彼の顔半分を覆う長い前髪に手をかけ、そっとその髪をどかした。

「はっ……ブリジット!  ……様、な、なに……を!」
「……ああ、やっぱり」

 私はクスッと笑う。
 ランドールさんの隠されていた髪の向こうにあったのはとても綺麗な紫色の瞳。
 それは王家の人間だけが持つ色。
 だけど、ランドルフ殿下……いえ、ランディ様はその瞳が特殊だった。

「勝手に触れてごめんなさい。でも、ランドールさんはずっとを髪で隠していたんですね?」
「……っ」

 息を飲むランドールさん。
 私は静かに微笑む。

「ランドルフ殿下と全く同じ配色ですね。青の瞳と紫の瞳……」
「……」
「私が昔、会ったランディ様の瞳も同じ……この配色でした。やはり、あれはあなたですよね?  ランドールさん。いえ、
「…………っ!」

 私は彼の頬にそっと両手を添え、じっとその瞳を見つめる。
  
(うん。この瞳……間違いない)

 私はもう間違えない。

「…………私はずっとずっと“あなた”の隣に立ちたかったのです、ランドール様」
「ブ……ブリジット」

 私のその言葉を聞いた後、静かに涙を流したランドール様。
 その顔が、かつての……私の大好きなランディ様の面影と完全に重なった。

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