【完結】やり直しの人生、今度は王子様の婚約者にはならない……はずでした

Rohdea

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22. 愚かな二人

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❋❋❋❋❋


「これは、どういう事なんだぁぁぁあ!」
「お、落ち着いて下さい!  ランドルフ様!」

 バサァ……と、ランドルフ様は手元にあった仕事の紙を部屋の中に放り投げた。
 慌てて拾いに行き、かき集める。

(……あ!)

 そこで拾った紙を目にして、これは確か前に……と思った。

「これは先日、提出したものだぞ!?  か、書き直せだなんてふざけているだろう!」
   
 ランドルフ様が憤慨している。
 それを横目に思った。

(やっぱり、これは先日私たちが終わらせたはずの仕事の書類……それも私が清書したやつだわ)

 頭の中で父親に言われた言葉が甦る。
 ───幼児並みの悪筆。
 悪筆ですって!?

(……そんなはずないわ!  きっと、お父様や周りの人たちの頭が圧倒的に足りないのよ)

 確かに私は昔から文字を書くのがあまり得意ではない。
 これまで文字を書く必要があった際は、全てメイドたちにやらせていた。
 だから、お父様が私の字を知らなくても無理はないこと。
 なので、ランドルフ様の手伝いをするようになって、自分の字を書いたのは久しぶり……
 ではあったのだけれど。
 読めないですって?  
 ……そんな事あるはずがないのよ!

「ランドルフ様、これで全部です」
「ああ……」

 拾い集めた紙を受け取り、再び手にしたランドルフ様は頭を抱える。

「一体、これのどこの何が問題だったと言うんだ!?   全て完璧じゃないか!」
「ですわよね、ランドルフ様!」

(ほ~ら、殿下は私の書いた字を読めないとは言ってないじゃないの!)

「おそらく……たまたま、その資料を提出された者の頭の理解力が足りなかっただけですわ」
「フリージア……」

 頭を抱えていたランドルフ様と目が合ったので、にっこり笑う。

「だって、他に提出した物は返って来ていませんもの」
「え?  あ、そうか……」
「そうですわ」

(そうよ、だって私が清書した物はこれだけではないはずよ?)
   
「理解力の無いバカな人の言うことなんて、気にする必要ありませんわ。だって、バカなんですもの」
「理解力の無いバカ……」
「そうですわ!」

 私は笑顔でランドルフ様を励ました。


────


「……」

(フリージア、満面の笑顔だな……)

 俺はそっとフリージアから目を逸らす。
 自分に同調して怒ってくれて励ましてくれるのは凄く有難いし、嬉しい。
 …………だが!
 これを口にするかしないかは大いに躊躇う。

(フリージア……これを“読めん”“やり直せ”と突っ返してきたのはなんだぞ!)

 今、フリージアは自分の父親のことをけちょんけちょんに貶している……

「ランドルフ様!  理解力の乏しいバカな人の戯言なんて放っておいて、今日の仕事に取り掛かりましょう?  ってあら?」
    
 フリージアは俺の机の上にある仕事の紙を見て首を傾げた。

「いつもなら、山のように積み上がっているはずの仕事が今日はさっぱりなのですね?」
「ああ……実は、今朝届いたのはこれだけなんだ」
「これまでの量の10分の1もあるか無いかのような気がします」

 フリージアは不思議そうな顔でそう言った。

「だから、今日は自分以外の人間が執務室へ出入りして来ないのですか?」

 その通りだ。
 こんなにも仕事が少ないので今日は人手が要らない。

「フリージア。君もあれ、と思うだろう?  私も不思議なんだ、どうして急にこんなに減っ……」
「なるほど!  ようやく皆、気が付いたのですわ!」

 フリージアが明るくパンッと手を叩きながら笑顔になった。

「気が付いた?」

 俺が首を傾げると、フリージアは笑みを深める。

「皆、いつもいつもランドルフ様へ仕事を押し付けすぎていた……という事ですわよ!」
「わ、私に、か?」
「そうですわ!  私、常々、ええ、尋常じゃない量だと思っていたんですの!」
「そ、そうなのか?」

 フリージアにそう言われて考え込む。
 尋常ではないくらい多かったのか……

(いつも、ランドールに押し付けていたから量の多さなど考えた事は無かったな……)

「だからが、(楽を出来る)本来の適正な量なのですわ!」
「そうか……なるほどな。そういうことか!」

 俺たちはふっふっふと微笑み合う。

「うふふ、ランドルフ様。これなら余った時間でお姉様やあの男を陥れる為の作戦を練れますわね!」
「ああ、そうだな!」

 確かに時間があるのはいいことだ!
 そうほくそ笑んでいると、フリージアが抱きついてきた。

(や、柔らかい……それに胸……が……コホンッ)

「───ランドルフ様、私、お姉様に言いましたの」
「ん?  何をだ?」

 フリージアの柔らかさにドキドキしていると、フリージアが怪しく微笑んだ。

「ランドルフ様とお姉様のことを応援します……と」
「へぇ?」
「ですから、これで大丈夫ですわ。お姉様は私に遠慮してランドルフ様との婚約の話をお断りしていただけのはずですから」
「フリージア……」

 ふふっと、フリージアが笑う。

「ああ、そうだろう。全く……あの女は。フリージアと比べて可愛くもないのに、照れ隠しとはいえ無駄にお高く止まりやがって!」
「まあ!  ランドルフ様ったら……うふふ」

 フリージアの方が全てにおいて可愛いと俺は思う。
 そんなフリージアが目を潤ませて言った。

「こんなことはあまり言いたくないのですけど……お姉様は何でも私より劣るはずなのに少し生意気なところが……」

 やはりだ。
 ブリジットは性格の悪い女だ!
 俺は確信を持つ。

「フリージア……すまないな」

 俺はそのままフリージアを抱きしめ返す。

「大丈夫ですわ!  お姉様とあの男に痛い目を見せた後は、私を王太子妃……ゆくゆくの王妃にして下さるのでしょう?」
「ああ」

 ブリジットはあくまでもランドールを傷つけるための駒。
 俺はフリージアを選ぶ。

「……私は……今度こそ幸せに、なるんだから」

 フリージアが何やら小さく呟いた。

「ん!  フリージア?  何か言ったか?」

 ハッとしたフリージアが顔を上げて可愛い笑顔を見せる。

「いいえ!  ですが、万が一、お姉様がそれでも婚約に頷かなかったらどうします?」
「……そうだな。その時は……」



❋❋❋❋❋



 ───二人がそんな密談をしている頃───


「……ランドール様、ものすごい仕事量になりましたわね」
「うん。思っていた以上に仕事がこっちに回って来た」
「……」

 ランドール様が書類の山に埋もれながら困った様に笑う。
 あれから私は毎日、ランドール様の元を訪れては彼の手伝いをするようになっていた。
   
(すごい量……)

 ランドール様の机の上には大量の書類。
 お父様の愚痴……話を聞いた時からこうなるとは分かっていたけれど想像以上だ。

「ブリジット?  どうかした?」
「いえ……さすがに、これではランドール様のお身体が心配になります」

 私が顔を顰めてそう答えると、何故かランドール様は破顔した。

「えっと……?」

 心配しているのになぜ、そんな笑顔になるのかさっぱり分からない。

「おいで、ブリジット」
「……っ」

 ランドール様が腕を広げて待ってくれていたので、恥ずかしいと思いつつもそこにギュッと抱き着く。
 そして、優しく抱きしめ返して頭を撫でてくれながらランドール様は笑う。

「ブリジットが、こうして居てくれるから大丈夫だ」
「ですが…………んっ!」

 顔を上げた所で、チュと軽くキスをされた。
 目が合うとランドール様は嬉しそうに笑った。

「ブリジットはこんな風に癒しになってくれている。それに、たくさん手伝ってくれているじゃないか」
「うぅ……ですが私の手伝いなんて……」

 それでも、心配は心配。
 ランドルフ殿下を倒す前に、ランドール様が倒れたらと思うと心配は消えない。

「ブリジットはそんな顔をしているけど、君は凄いよ?」

 ランドール様が私の頬を撫でながらそんなことを口にする。

「……何がでしょう?」
「暗算が得意で計算も早いから処理のスピードが早くて助かっている」
「それは……」

 それは、王太子妃教育の際に嫌という程やらされたから……

「それに、この国の周辺の外国語をほぼマスターしてくれているだろう?」

 それも前回を含めた教育のおかげ。
 それに──

「おかげで参考に出来る文献が増えたから新しい視点から物事を考える事が出来るようになったよ?」
「そうは言いましても、外国語は読み書きが出来るだけで、会話まではさすがに……」

 日常会話くらいしか無理。

「そうかな?  各国の日常会話が出来るだけで充分凄すぎるんだけどね……」
「そうですか?   王太子妃になるには全然足りないと言われていましたが?」

 私は過去のアレコレを思い出す。

「……え?  誰に!?」
「……“本物”のランドルフ殿下と、彼の教育係で王太子妃教育の責任者でもあった方です」

 今でも彼らの言葉はしっかり覚えているわ。

 ───私の妃になるつもりなら、読み書き会話……全て出来なくては困る
 ───未来の王妃になりたいなら、全て完璧にこなしてくださいませ、ブリジット様

 ランドール様が目を瞬かせる。

「……ランドルフの教育係……?  ああ、あの男……そうか、だから……」
「ランドール様?」

 私にはよく分からないけれど、ランドール様は何かに納得した様子を見せた。
 そして悲しげに微笑む。

「うん……ランドルフの教育係は、数少ない僕らの事情を知っている人なんだよ」
「え!」
「つまり、ランドルフがまともに勉強出来ない事を彼だけは知っている」
「あ!」 

 私は手で口元を押さえる。
 確かに教育係なら知っていて当然───

「今も……過去でもそうなんだけど、父上も周囲もランドルフが優秀だと本気で信じているんだ」
「ええ!?」
「多分この教育係が真相を全て止めているんだと思う」

 その言葉にガンッと衝撃を受けた。
 ちょっと待って?

「で、では、過去の私、もしかしてランドルフ殿下の分までやらされようとしていました!?」
「おそらくね……」

 ランドール様が気まずそうに頷く。
  
「そんな……!」

(何も知らずに殿下の隣に立つ為に……と必死に頑張っていた私を……?)
  
 利用していた───?
 言葉にならない怒りがフツフツと湧いてくる。

「……ちなみに、ブリジットが事故にあった後、代わりに婚約者の座に収まったフリージアは、早々にこんなの無理~と勉強を全て投げて豪遊三昧」
「…………フリージア」
「それで、周囲の反感をどんどん買っていった」
「フリージア……何してるの」

 私は額を押さえる。
 ランドール様から聞いた過去のフリージアが迎えたという”最期”が自業自得のような気がしてきた。

「……さて。この仕事の量をさっさと片付けて教育係にも恩を売りに行こうか?」
「ランドール様……」
「今頃苦悩していることだろうし……うん、来るべき時の味方は多い方がいいからね」

 あ、また黒い笑顔がチラチラしているわ。
 そう思ったらランドール様の顔が近付いてくる。
 ドキッと胸が跳ねた。

「でも────その前に栄養補給……が必要、かな?」
「もう!  …………んっ……」

 こうして適度に甘い時間を作りながら、私たちは日々の業務をこなしていった。
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