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24. 単純な王子様
しおりを挟む「───え? 王子……ランドルフ殿下主催のパーティー?」
その日、お父様が一通の招待状を持って私の部屋にやって来た。
「そうだ。急遽、開催することを決めたらしい」
「……」
私の中で一気に不信感が湧き上がる。
(……ランドルフ殿下は、何を考えているの?)
当然のことながら、巻き戻り前の過去ではこの時期にパーティーなど開かれていない。
「ブリジット。殿下はそのパーティーでお前を“婚約者として世間に発表したい”と仰せだ」
「はい!?」
お父様の言葉に耳を疑った。
婚約者として発表ですって!?
「お父様! 私は承諾の返事をした覚えはありませんが? なぜ、そんな話になっているのですか?」
「……」
「お父様?」
私が問い詰めるとお父様が気まずそうに私から目を逸らす。
この反応、間違いない。
(……これはお父様、勝手に承諾の返事をしたわね……)
私はジロリとお父様を睨む。
「……す、すまない。だ、だが、やはり光栄な話だと思っ……」
「───ここ最近、すっかりランドルフ殿下の評判は悪いそうですけど?」
「そ……れは」
お父様が苦しそうに胸を押さえる。
もっと言ってやらないと気が済まない。
「お父様も連日、愚痴をこぼしていますよね? そんな王子の元に嫁げと?」
「……ぐっ」
お父様が押し黙る。
でも、すぐに反論を返して来た。
「で、殿下自身は確かに急に変わられ……ゴホンッ……そ、その、少々あれだが……」
「……少々あれ、とは?」
「う、うるさい! か、かなり阿呆になられたようだが、とにかく唯一の王位継承者なのだ! 次の王は殿下しかおらん! これは絶対だ! 我が家にとって栄誉なことなんだ!」
「……」
私は呆れた。
かなり阿呆ってはっきり言ってしまっている。
これはランドルフ殿下の無能さは王宮内でもかなり広がっているみたいね。
「それに、そ、側近たちは優秀と聞く! 殿下自身はイマイチかもしれんが、人を見る目はある……ということだろう!?」
「……」
(その側近たちもボロボロなんですけど?)
本当に何も知らないし、気付かないものなのね?
どれだけ節穴なの?
これだけ優秀だと言われていた人が、ある日突然変貌したのならもっと疑うことが他にあってもいいでしょうに……
「……お父様、私がランドルフ殿下との婚約を意地でも拒否をして、殿下以外の男性の元に嫁ぎたいと言ったらどうします?」
「なっ! そんな男がいるのか!? 絶対に許さんぞ!」
お父様がすごい剣幕で反対する。
「他の男だと!? ……もし、本当にそんなことをしようとしてみろ! ブリジット、その場合は…………勘当だ!」
「!」
(やったわ! その言葉が欲しかったの)
私はチラッと横目で部屋の隅でリーファが控えていることを確認した。
この話を一人でも聞いててくれる人がいるといないでは後々の展開が違って来るのだから。
私はあまりの嬉しさで緩みそうになる頬を隠すために、口元を手で覆いながら下を向いた。
今にも笑いだしそうになるのを必死で堪えているせいか、そのせいで身体がプルプルと震えてしまう。
「お……お父様……ほ、んとうに私を勘当……する、のですか?」
「ああ! するぞ! お前もそんなに涙を堪えて震えているくらいなのだ、勘当されるのは嫌なのだろう? だから、つまらんことを夢見るのはやめておけ!」
「……」
(……お父様こそ、甘~い夢を見ていられるのもここまでよ)
自分勝手なことばかり言って押し付けようとするお父様の思い通りになんて絶対にさせない。
────
「お・ね・え・さ・ま!」
「……」
お父様が部屋を出て行った後、入れ替わるようにしてフリージアがやって来た。
相当のご機嫌のようでニコニコしている。
これはおそらく、パーティーのことだと思う。
(フリージア……予想通り、のこのこやって来たわね)
「聞いたわ、お姉様! 今度行われるパーティーで、正式にランドルフさ……殿下の婚約者として発表されるんですってね!」
「……随分と情報が早いのね?」
「そんなの当然よ! この日が早く来ないかしらと思ってずっと待っていたんだもの! ふふふ」
「……そう」
フリージアは「楽しみねぇ」と嬉しそうに笑っている。
そんなフリージアの様子を見ながら思い出すのは記憶の最期にある、あのランドルフ殿下の誕生日パーティー。
(きっと、ランドルフ殿下もフリージアもあの時のように何らかの理由で今回も私を晒し者にする気なのよね?)
でも、お生憎様。
あなたたちの好きになんてさせないわ。
私にはランドール様がいてくれるから!
───私はグッと拳を握り力を入れた。
❋❋❋❋
「本当にランドルフ殿下は、自ら“チャンス”の場を作ってきましたね」
翌日、ランドール様の元を訪ねてパーティーの話をする。
すると、彼は笑いながら横に座っている私の肩を抱き寄せた。
「だろう? ランドルフは単純だから。そろそろだと思っていたよ」
「……公務の件で白い目で見られているという自覚はあるのでしょうか?」
正直、あれだけの不評を買っておいてパーティーを開ける心の強さに私は驚いている。
「無いんじゃないかな? 公務も楽になって良かったな、と思ってる節がある」
「え!」
「急に仕事が減るはずがないのにね。誰かが、代わりにやっているなんて夢にも思ってないと思うよ」
「……」
何だかゾッとした。
もしも、こうして巻き戻ることが無かったら、あの人生の続きのこの世界はどんなことになっていたのか……
そう思ったらランドール様がいてくれることに無性に感謝したくなった。
「……ブリジット?」
「ランドール様……」
体勢を変えて私から彼にギュッと抱きつく。
するとすぐにランドール様も抱き締め返してくれる。
この瞬間が本当に好き。
「どうかした?」
「ランドール様がいてくれて良かった……そう思ったらギューってしたくなりました」
「……」
素直な気持ちを伝えると、何故かランドール様が黙り込んでしまう。
「ランドール様?」
顔を動かして彼の顔を見上げると、ほんのり頬が赤くなっている事が確認出来た。
これ! ──て、照れている!?
「……いい」
「?」
「ブリジットが可愛いことを言って誘惑してくる…………いい」
「ゆっ!?」
誘惑のつもりではなかったのに!?
「……ブリジット、今度こそ僕は君を守るよ」
「ランドール様…………あ」
その言葉と同時に優しいキスが降ってくる。
それは甘くて幸せな味……
「……本音を言えば、ほんの一瞬でも皆に僕のブリジットがあいつの婚約者? なんて思われるのは嫌だけど」
「でも、油断させるため……なのですよね?」
「うん……」
これ以上、頑なに反発し続けると、ランドルフ殿下はもっと強引な手段を取りかねない。
だから、もう婚約を受け入れるフリをして油断させることにしようと二人で決めた。
「でも、お父様からの言質はとりましたよ?」
「“ランドルフ殿下”以外の男性に嫁ぎたいというなら勘当してくれるそうです」
「ははは、侯爵も実に単純だなぁ……」
私の選ぶランドルフ殿下ではない別の男性が、どこの誰なのかを知ったらお父様はきっと腰を抜かすに違いないわ。
(手のひら返しする姿が浮かぶけど───遅いのよ!)
「ですが……何の力添えも出来ない私でもいいのですか?」
「ブリジットがブリジットなら、他の余計なものなんていらない」
「……ランドール様」
私がランドール様に抱く想いと似たような事を口にされたので、胸の中にジワジワと温かいものが広がっていく。
(嬉しい……)
今度の私はチュッと自らランドール様の頬にキスをした。
自分からなんて滅多にしないのでとても恥ずかしい。
でも、無性にしたくなった。
「…………ブリジット?」
「……大好きです」
「僕もだよ」
その言葉と共に、また優しいキスが降ってくる。
仕事の書類は今日もたくさん山になっていたけれど、暫くは甘い甘い時間を堪能することにした。
そうして、殿下とフリージアが何かを企むパーティーの日がやって来た───……
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