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30. 隠されていた“王子様”
しおりを挟むランドール様のその声は、会場内にとてもよく響いた。
「っ! き、貴様ァァァーー!」
「はぁ!? 双子? 何それ聞いてないわよ!?」
そして、怒りを爆発させたランドルフ殿下とフリージアの叫びも掻き消されるほど会場内が騒然となる。
───双子!
───どういうことだ!
───殿下が双子? 初めて聞いたぞ!
何一つ事情を知らされておらず驚いている人たち。
私のお父様もこの部類に入る。
───そんな、生きていた……のか。
───てっきり“処分”されたものだとばかり……
王家に双子が生まれた事だけは知っていた人たち。
ランドール様が生きていたという事実に驚いている。
(そして……)
私はチラッとそちらに目を向ける。
この人たちが一番タチが悪い。
陛下のように、驚いた顔をしながらも何も言葉を発せず、どこか気まずそうに顔を逸らす人たちは“ランドール”様が生きている事を知っていた人たち───
「ラ、ランドルフ殿下と双子……つまり、王子殿下……?」
お父様が混乱している。
しかし、ジワジワと理解出来たのか、大きな独り言を呟き始める。
「……ランドルフ殿下がやらかしたので絶望していたが、ブリジットはこちらのランドール……殿下とは恋人同士……?」
そう呟きながら頬が緩んでいくお父様。
私はそんなお父様を冷ややかな目で見ながら思う。
(お父様は私との約束を忘れているのかしら?)
“ランドルフ殿下以外”の男性と結婚するなら私を勘当すると言ったこと絶対に忘れているでしょう?
私とランドール様が婚約して結婚すれば、自分は甘い汁が吸えると思っているのでしょうけど。
(私にそんな気はサラサラないわよ?)
絶対にお父様に甘い汁なんて吸わせない!
心の中でそう決意する。
その時だった。
《……こ、これはいったい?》
《え……通訳していた彼が……王子だった? え? 双子?》
《おとうさま、おかあさま? どうしたの?》
いけない!
ヴェールヌイの国王夫妻と王女殿下がこの騒ぎに混乱してしまっているわ。
私は顔を上げてランドール様に声をかける。
「ランドール様……!」
「うん」
私たちは、互いに頷き合う。
そして未だに何かを喚いているランドルフ殿下とフリージアや、大きな独り言を呟いているお父様を無視してヴェールヌイ王国の国王夫妻と王女様の元に駆けつける。
《……陛下、妃殿下、王女殿下、お騒がせして大変申し訳ございません》
ランドール様が頭を下げる。
私も彼に倣って一緒に頭を下げる。
そんな私たちにヴェールヌイ王国の陛下が声をかけた。
《……つまり? 君もこの国の王子……という事なのだろうか?》
《はい。わけあって長年、日陰の身として過ごしておりましたが。私はこの国の王子です》
ランドール様が顔を上げて答えると、陛下はふむ……と頷いた。
《その顔は確かにあそこのランドルフ殿下とそっくりだな……その瞳の色までも》
陛下がじっとランドール様の目を見つめる。
《そうですね……我々は双子ですから》
《ふむ……ところで、これまでの“ランドルフ”王子によるものだと思われていた、数々の提案、政策案の立案者というのは?》
《……私です》
ランドール様がそう答えると、ヴェールヌイ王国の陛下は手を叩きながら嬉しそうに笑った。
《そうかそうか! そうだったのか! なるほどな! 君なら納得だ!》
《……ブリジットおねえちゃん》
ランドール様の様子を見守っていた私の元に、レイリア王女様がヨチヨチと歩いてくる。
私はしゃがんで王女殿下に目線を合わせる。
《レイリア王女殿下? どうされましたか?》
《うふふ、あのねー?》
《?》
慌てて抱き抱えると、王女様がとても嬉しそうに笑う。
あまりの可愛さに、また胸がキュンとなる。
《ブリジットおねえちゃん、キラキラ》
《え?》
《とってもキラキラしてるの、おひめさまみたい!》
《……ええ!?》
私はフリージアのようにキラキラしたドレスは着ていないのに?
どういうことかとおろおろしていたら、ランドール様が私の肩に腕を回してそっと抱き寄せた。
《ブリジットのキラキラが分かるなんてさすが、レイリア王女殿下ですね!》
《おひめさま!》
王女様もキラキラの顔で笑う。
《そうなんですよ。ブリジットはキラキラしていてとても可愛いんです》
ランドール様が王女様に向かって全力で惚気けたので一気に恥ずかしくなる。
《ランドール……様!? 王女様相手に何を言っているんですか!》
《いや、だって本当のことだろう?》
ランドール様が当然だという顔ではっきり言い切る。
《うん! あのね? おにいちゃんといると、おねえちゃんとってもキラキラしてすてきなの!》
《え!》
王女様は可愛いらしい笑顔でそう言った。
───それって……
(何だかとっても嬉しい……)
その言葉に、私の胸があたたかくなる。
「ブリジット、嬉しい言葉を貰えたね」
「はい、ランドール様……」
私たちが微笑み合ったその時だった。
「────ふざけるんじゃないわよ! これは何の冗談なのよ!」
「……フリージア」
《……! こわいおねえちゃんだ……》
《ごめんね、大丈夫だから!》
突然、フリージアが声を荒らげたので、王女様が再び脅えてしまう。
私は王女様を宥めながら後ろを振り返って、フリージアと向き合う。
「フリージア、いい加減にして。これはふざけてもいないし、冗談でもないのよ」
「ええ? だってお姉様? こんなのどう考えてもおかしいわ」
「何が?」
私が聞き返すと、フリージアは取り繕うことをやめたのか醜く笑う。
「だって、我儘で傲慢で……嘘を吐くのが得意なお姉様よ? そんなお姉様が愛されてる? 嘘でしょう?」
「……」
「しかも、そこの男がランドルフ様の双子の弟ですって!? 何を今更ノコノコと現れているのよ? まさか、ランドルフ様を蹴落として王位を狙ってるわけじゃないわよね!? そんなことは許されな……」
「───その通りだが?」
「……は?」
ランドール様があっさりと肯定したので、フリージアが一瞬固まった。
「何を当たり前のことを言っているんだ? そんな覚悟もなくこの場に姿を現すはずがないだろう?」
「……なっ!」
フリージアがプルプル震えだす。
「だから、残念だったな。フリージア・ラディオン侯爵令嬢。お前の“王妃になって贅沢三昧するという夢”は絶対に叶わない。お前なんかが王妃になったらこの国は完全に終わりだからな」
「~~~っっ!」
王妃になって贅沢三昧するという夢……
どうやら、図星だったらしいフリージアが真っ赤な顔でランドール様を睨む。
「でもまぁ、正直な話、僕は別にこの国が滅んでも構わないとさえ思っていた」
「え?」
ランドール様の言葉にびっくりして私は顔を上げると、ランドール様は悲しそうに微笑んだ。
「身勝手な理由で要らないと追いやられて、これまた身勝手な理由で生かされてる……ふざけるなって何度思っただろう……」
ランドール様はそう口にするとチラッと父親である国王陛下の方を見る。
陛下は青ざめたまま、ランドール様のことを見つめていた。
「自分のした成果は全て“ランドルフ”のものとなる。“ランドール”なんて人間は存在しない……何度そう思わされたことか」
長年、隠されてきた王子の語る思いに、これまでランドール様を利用することだけを考えて来た人たちが気まずそうに俯く。
「でも、ブリジットだけが僕の生きる意味であり全てなんだ」
ランドール様の手が優しく私の頬に触れる。
綺麗な瞳がまっすぐ私を見ている。
「だって、ブリジットはこの国の“崩壊”を望まないだろう?」
「……」
私はコクリと頷く。
「望まないわ。大切な“お母様”が思い出と共にこの地に眠っているから」
「うん、知ってるよ」
チュッ……
優しく微笑んだランドール様がそっと私の額にキスをした。
「そんな君が大好きだよ、ブリジット」
「ラ、ランドール様っ! な、何を」
「だから、僕は君と一緒にこの国で───」
ランドール様が何か言いかけた時、フリージアが再び叫ぶ。
「またなの!? あんたは何でいつも私の幸せの邪魔をするのよ!?」
(フリージア?)
「そうやって昔のあんたは……民衆の不安と不満をどんどん煽って……私を失脚させて死ぬまで幽閉したのよ!! ふざけるなっ!」
錯乱したフリージアが口にしたのは、
私の知らない……ランドール様から簡単に聞いただけの巻き戻り前のフリージアの最期だった───
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