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3. 届いた求婚の手紙
しおりを挟むその日は朝から妙に騒がしかった。
「ルチア! 喜べ! お前だ! お前宛に求婚の手紙が届いたぞ!」
「……!?」
朝、配達された手紙を確認していたお父様が興奮した様子で、手紙を握りしめたまま私の元に駆け込んで来た。
(もちろん、ノックなど無い)
「わ、私宛に?」
いえいえ、お姉様の間違いでしょう?
私が咄嗟に思ったのはそれ。だって、お姉様を差し置いて私に求婚の手紙が来るなんてどう考えても有り得ない。
何かの間違いよ。
「ああ、よく見てみろ。ちゃんと宛名は“ルチア・スティスラド伯爵令嬢”となっている。お前の名は……」
「…………ルチアです」
「だろう」
お父様が私によく見えるように見せてくれた手紙の宛名には確かに“ルチア”と書かれていた。
仮に、この手紙の差出人がどんなに悪筆だったとしても“リデル”とは見えない。
「本当に私……?」
「ああ! それも驚きだが、差出人はもっと驚きの人物だ!」
「驚きの人物?」
お父様の興奮がとにかく凄かったのでまじまじと手紙の送り主の名前を見る。
───ユリウス・トゥマサール
そこにはそう書かれていた。
「……え? トゥマサール?」
「驚きだろう? なんと差出人はトゥマサール公爵家の嫡男ユリウス殿だ!」
「……え?」
「え? ではないぞ! ルチア。しっかりしろ! お前は未来のトゥマサール公爵に求婚されたんだ! お前は未来の公爵夫人となるのだ!」
公爵夫人!? どういう事ーーーー!?
頭がクラクラした。
だってこんなの有り得ない。私は彼と……ユリウス・トゥマサール公爵子息と会話どころか会った記憶すらないのに!
彼が有名だから名前を知っているだけ……なのに。
どこかで見初められた? この私が?
「まさか嫁き遅れのお荷物娘が、こんな大物を引き当てるとはな! 夢のようだ。はっはっは」
「待ってください、お父様……おかしくないですか?」
「何がおかしい? 宛名は間違いなくお前となっている。手紙の内容も目を通したが求婚じゃないか。おかしな所など何一つ無かったぞ。むしろ情熱的な……あー、よほどお前が気に入っているのか早く嫁に来て欲しいという内容だぞ?」
「え! 早く? それは待っ……」
「とにかくこちらには断る理由は無い!」
こんな機会を逃したら次は無い! そう決断したお父様の行動はとても早かった。
───ユリウス・トゥマサール公爵令息。
彼はこの国の王太子と並んでかなり有名な人。社交界にほとんど出ない私だって名前くらいは知っている。
彼は王太子殿下とは従兄弟同士で仲も良いと聞いている。
そんな高位貴族の尊い身分の彼に長年婚約者が居なかった理由は、王太子殿下が婚約者を決めていないからだと言われていた。
てっきり、貴族のパワーバランスを考えているのだとばかり思っていたのに……
「何で私なの?」
地味でお姉様の影に隠れている令嬢。
身分だって中流の可もなく不可もないような伯爵家。向こうからすれば政略結婚にする旨味もない。
だから、本来なら公爵家に嫁ぐにはちょっと足りない……いえ、色々足りない。
嫁いでも苦労するのが目に見えている。
それでも、この求婚の手紙が来たのは自由結婚が増えてきた昨今だからこそ許されたのだろうと思った。
「……返事を出してしまったわ」
お父様に言われるがままに快諾する旨の返事を書いて送った。
でも、本当に良かったの?
そんな気持ちや不安は消えてくれないけれど、何度読み返しても宛名も中の手紙も全て“ルチア”と書かれていて、お姉様の名が紛れ込んでいる部分は全く無かった。
つまり、本当に私を花嫁として望んで……?
「その割には……多忙のため、なかなか時間が取れないので顔合わせは私が公爵家に住まいを移してからで……そして、そのまま迅速に結婚の手続きを進める、だなんて……」
なんてせっかちな方なのかしら。
でも、もしも本当にこの方が私の事を望んでくれているのなら……
「幸せに……なれる?」
お姉様ばかりをチヤホヤするお父様とお母様、今ここにはいなくて領地にいるお兄様、そして使用人。
それから、リデル嬢は、リデル嬢なら、といつだってお姉様と比べて、似ても似つかない私を笑い者にしてくる男性達。
───その全てから解放される?
「私だって本当は幸せに……なりたい」
だけど、そこまで口にしてハッと気付く。
「でも……お姉様は」
今更、気付いた。
お姉様が私のこの縁談の話を聞いたらどうするのかしら?
未だに空白の王太子妃の座を虎視眈々と狙っているお姉様が、私が王家の親戚でもあるトゥマサール公爵家のユリウス様から求婚を受けたと知って大人しく……している?
───ルチアなんかが求婚されるはずないじゃなーい。私宛なら分かるけど~
「……っ!」
頭の中にお姉様の言葉が響く。
これくらいの事は絶対に言ってくるわ。
嫌味だけなら聞き流せるけれど、もしも、いつかのお見合いの時みたいに邪魔を……
「お姉様……」
そう言えば、どうしてお姉様はあの時、わざわざあんな邪魔するような事をしたのかしら?
目的は何だったの?
彼を気に入ったから? いえ、それは無いわ。だってお姉様は彼からの求婚を断っていた。
それならただ、私の縁談を潰したかっただけ?
なら、どうしてそんな酷い事を……? 私の事が……嫌い?
色々考えてみたけれど、結論は出なかった。
お姉様の反応が怖い。
───そんな心配をしていた私だけど、お姉様の反応は思っていたのと全然違っていた。
「あら? そうなの! おめでとうルチア!」
「……!」
求婚の手紙を貰って承諾の返信を送った、そう伝えたところ、お姉様が満面の笑みで祝福してくれた。
いつものような嫌味の一つも飛ばずにただただ祝福の言葉。私はその事に大きく戸惑った。
「ふふ、それでそんな奇特なお相手はどこのどなた?」
「…………トゥ、トゥマサール公爵家のユリウス様……です」
私がおそるおそる答えると、お姉様はまたまた驚きの声を上げた。
「あら! トゥマサール公爵家のユリウス様っていったら、モテモテなのになかなか婚約者も持たない事で有名だった彼じゃないの!」
「そ、そうなの……」
「へぇー……ふーん、そうなのねぇ……ふふ」
お姉様は私に向かってにっこり笑った。それはゾッとするくらい美しい微笑み。
「公爵家……それは大変な事が多いかもしれないけれど、良かったわねぇ」
「あ、ありがとう、お姉様……」
「ふふ…………せいぜい幸せになれるといい…………ぜひ、幸せになってね! ルチア」
この時。
お姉様が、わざわざ何かを言い直していた事に気付いていれば。
やっぱりお姉様が素直に私の結婚を祝福するはずなんて有り得ないのだと分かっていれば。
───……君は誰だ?
私は、何も知らずに、淡い期待をほんのり抱いていそいそと嫁ぎ先へ向かわず、この言葉を聞く事は無かったのかもしれない。
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