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7. 初めての……
しおりを挟む私の渾身の叫びに、何故か二人は顔を見合わせる。
そして、トーマスさんが私に視線を戻しながら言った。
「───トゥマサール公爵家の若君はスティスラド伯爵家の“ルチア様”に求婚し、“ルチア様”はそれを快諾。そして昨夜その“ルチア様”が嫁いで来られました」
「え、ええ……」
「その事実に相違はありません」
「え?」
いやいやいや、確かに名前は合っていても人間違いしているわよね!?
そう思った私がポカンとしていると、トーマスさんはにっこりと笑って言った。
「あなた様は、スティスラド伯爵家のルチア様で間違いないですね?」
「は、はい……間違いありません」
「なら、問題は何もありません。ルチア様、あなたが若君の花嫁です」
「花……嫁」
てっきり追い返されるとばかり思って覚悟していたのに……どういう事!?
私はその場で腰を抜かしてしまい、暫く動けなくなった。
「…………は、恥ずかしいです……」
「え?」
「お、お、降ろしては下さらないの……です、よね?」
「……」
私は無駄だと思いつつ訊ねてみる。
すると思った通り「そうだね」と返事が返ってきた。
「そもそも、あんなヘナヘナになるくらい腰を抜かしてしまっていたのに一人で歩ける?」
「……うっ! む、無理です……」
「だよね」
あまりの恥ずかしさに顔を両手で覆い隠した。屋敷の中だけでも恥ずかしいものは恥ずかしい。
そんな私は今、ユリウス様に抱き抱えられて部屋まで運ばれている。
あれもこれもそれも、私が腰を抜かしてしまったせいなのだけど……
「ルチア……は俺の花嫁なのだから、夫が妻を部屋まで運んでいるだけだろう? 別におかしな事では無い」
「は、花嫁……妻……」
その事もまだ、全然頭の整理が追い付いていないと言うのに!
だけど“ルチア”と呼ばれ“夫”とか“妻”という響きに何故か胸が高鳴っているのも事実だった。
そうして混乱中の私が運ばれて連れていかれた部屋は……
「……わぁ!」
「どう? 明るくて日当たり良さそうだろう?」
あのどちらにするか揉めていたお部屋……日当たりを取るか広さを取るか。
ユリウス様は日当たりを選んだ。
……ってあれ? んん?
私は、驚いた。
「ルチアがどっちにするか答えてくれなかったから、俺のオススメの日当たりのいい方の部屋にしたよ」
「……」
「ルチア? どうかした? あ、やっぱり狭いのが気になる? すまないがそこはどうにか……」
「…………ですよ」
「うん?」
驚いた私は、ユリウス様に抱えられたまま元気いっぱい叫んだ。
「全然、狭くなんかないですよーー!! とっても広いじゃないですか!」
「……え? 広い?」
「……!」
恐ろしい事に……ユリウス様はどこが? って顔をしていた。
「あー…………よく分からないけど、この部屋は広い部類、なのか」
「はい。充分すぎます!」
「そうか、そうだったのか……とにかく俺は、この広さがルチアにとって不便でないのならそれでいい」
ユリウス様はそっと私をベッドに降ろしながらそう言った。
やっと降ろしてもらえた! と、ホッとしたけれど離れてしまった温もりには寂しさを感じてしまう。
「ルチア?」
「…………な、何でもない……です。ここまでありがとうございました……」
ここまで運んでくれたお礼を伝えたけれど、何だか上手く顔が上げられず私は俯いてしまった。
「……」
「……?」
何故か沈黙するユリウス様。
どうしたのかしら? と思ったその時、ユリウス様が目の前にしゃがみこんで片足をついて、そっと私の顔を覗き込んだ。
びっくりして私が固まっていると、ユリウス様は柔らかく微笑んだ。
「ルチア、何か俺にしてもらいたい事は無い?」
「え? え?」
「何でもいいよ? 昨日みたいに頭を撫でるでも構わないし、手を繋ぐでもいい。ルチアがずっとしてもらいたいと思っていた事があれば俺が叶えてみせよう」
「……あ」
「って、相手が俺でよければ、だけどね」
ユリウス様! まさか、昨日の頭を撫でてくれた時に私が言った言葉を……
「……」
「……特に思い浮かばない?」
「……」
本当に……本当にいいの? そんな図々しい“お願い”をしても……いいの?
私の胸がトクントクンと早鐘を打っている。
「突然、言われても……か。それなら何か思い浮かんだ時に───」
「…………さい」
私は照れくさかったけど、勇気を振り絞って口にする。
きっと私の顔は真っ赤に違いない。
「ルチア?」
「…………ギュッ! って、して……ください……」
「ぎゅっ?」
「……」
私は、コクっと無言で頷く。
そのまま、顔が上げられない。
やっぱりこれは図々しくて、はしたないお願いだったかもしれない。
調子に乗って甘え過ぎてしまった───……
そう思った時、私の身体がフワッと温かい何かに包まれた。
「……っ!!」
「そんな事でいいなら、いくらでも喜んで」
「あ……」
優しい声がする。
ユリウス様は私のお願いした通りに、ギュッと私を抱きしめてくれた。
それは想像した通り、温かくて……優しくて涙が溢れそうになる。
「私……ずっと……見てる……だけでした」
「うん」
ギュッ……
少しだけユリウス様の腕の力が強まった気がする。
「いつも……お姉様……だけ……」
「うん」
いつだって私は、お姉様がお父様やお母様に頭を撫でられて、褒められて抱きしめられている姿をぼんやりと見ているだけだった。
嬉しそうなお姉様を見てどれだけ温かいのかと想像していた。
でも昨日、頭を撫でてもらう温もりを知ってしまった。だから……
“知りたい”そう思ってしまった……
「ルチア……君のその腕は俺の背中に回してもいいんだよ」
「え?」
「こういう時はね、ルチアからも、抱き締め返しても構わないんだ」
「私から……?」
「どうぞ?」
そう言われて私はおそるおそるユリウス様の背中に自分の腕を回す。
「……あ!」
「どう?」
何だか更に距離が近付いて温かさが増えた気がする。
思わず口から言葉がこぼれる。
「……温かい……です……」
「ああ、それは良かった」
「……!」
ユリウス様は優しい声でそう言うと、そっと優しく頭を撫でてくれた。
その温かさと優しさを感じたら、ずっと堪えていた涙がどんどん溢れて来てしまう。
「……っ」
遂には止まらなくなってしまった。
ポロポロと溢れていく涙……止めたいと思うのに止まらない。
「ルチア……」
「……ふっ……うっ…………」
そうして声を押し殺して泣く私をユリウス様は何も言わずに、ずっと抱きしめてくれていた。
───私はそのまま泣き疲れて眠ってしまっていたらしい。
ふと気付くとベッドに寝かされていて……
「あ、目が覚めた?」
「!」
またしてもユリウス様のドアップ!
私が「ひぇっ!?」と小さな悲鳴を上げるとユリウス様はクスッと笑った。
「大丈夫?」
「は、はい……その、何だかすみません……い、色々……」
「どうして謝る? ルチアは謝る事なんて何もしていないよ?」
そうかしら? 私さっき泣いたせいでユリウス様の服に……って、それもだけれど!
私は気付いてしまった!
「あ、あ、あのお仕事……! 時間が……!」
「え?」
よく見れば、日がだいぶ高い。本当に日当たりのよい部屋なのでそれがよーーく分かる。
これはもうかなりいい時間……なのでは!?
「仕事? あぁ、大丈夫だ。今日は昼から行くと伝えてあるから」
「……そ、そうですか……よかった……」
私が安心してホッと一息つくと、ユリウス様はじっと私を見ながら小さな声で、「本当に君って人は……」と呟いていた。
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