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17. お忍びでやって来るらしい
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「……ユディット」
「ひぇっ!?」
その日の午後、お妃教育の休憩時間にバーナード様がひょっこり現れた。
後ろから声をかけられたのでびっくりして慌てて振り返る。
「殿下! どうされたのですか!?」
「でんか……」
バーナード様は一瞬、あれ? という不思議そうな表情になったと思ったら、すぐにどこか拗ねたような表情に変わった。
「?」
「ユディット…………今日は“殿下”なんだね……」
「え? ……あっ!」
私は慌てて口を抑える。
つい癖で、呼び方が殿下に戻っていた。
バーナード様は私の隣の席に腰を下ろしながら苦笑した。
「ははは、いいよ。ユディットの呼びやすい方で呼んでくれれば」
「でん……バーナード、様」
「うん!」
私が名前を呼ぶとバーナード様は嬉しそうに笑った。
そして、そのまま手を伸ばして私の目元に触れる。
「それで? 僕の可愛いユディットをそんなにも憂い顔にさせている理由は……何かな?」
「は、い?」
(憂い……顔?)
「また、変な噂でも流れた? でも、たとえ、この先どんな噂が流れても僕の気持ちは、いつだってユディット一筋で───」
「……っ!」
バーナード様がまた恥ずかしい事を平気な顔で口にしているわ!
おかげで私の顔はすぐに真っ赤になった。
「ユディット……真っ赤だよ?」
「……だっ! バ、バーナード、様、が!」
私が涙目のしどろもどろで訴えるとバーナード様はクスリと笑う。
「……可愛い。ユディットは本当に可愛いね」
「で……ですから!」
「ははっ! そんな顔したって可愛いだけだよ? ユディット」
「~~!」
バーナード様は口ではからかうような口調なのに、私を見つめるその瞳はどこまでも優しすぎて胸がキュンとなる。
私は、きっとバーナード様には敵わない。
「……どうして私に憂い事がある……と分かったのですか?」
「え? それはもちろん……」
「やっぱり顔に出て分かりやすいから……ですか?」
「……ユディット」
私がそう口にすると、バーナード様が身を乗り出して顔を近付けてくる。
え? と思う間もなく、バーナード様は私の前髪をかき分けると額にそっとキスをした。
「バー……!」
「そんなの決まってる。僕がユディットの事が好きだからだよ」
「ひぇっ!?」
思っていたのと違う答えに、またしても変な声が出てしまった。
「……言っただろう? 僕はユディットの事を考えない日は無いんだ、と」
「き、聞きました……が」
「だからね? 僕は常々、こう思っている」
バーナード様の顔がさらにグイッと近付いてくる。
ち……近いわ!
「え、えっと? 何を、でしょう?」
「いつでもどんな時でも……ユディットの些細な変化にすぐに気付ける男になりたい! と」
バーナード様は興奮気味にそう語る。
(……す、すごい興奮しているわ……この勢いなら前髪を1cm切っただけ……とかでも気付きそう……!)
「……」
──やぁ、ユディット! あ、前髪を1cm切ったんだね。可愛いよ!
爽やかにそんな挨拶をしてくれるバーナード様の姿が頭の中に浮かんだ。
そのせいで何だか可笑しくなってきてしまい、つい声を出して笑ってしまう。
「……ふ、ふふ」
「え? ユディット? どうして笑っているの?」
「ふ、ふふ、だ、だって……!」
「??」
突然笑い出した私に、「かっこいい事を言ってキュンとしてもらおうと思ったのに……」と、オロオロするバーナード様がとても可愛く見えてますます笑ってしまった。
(あぁ、私はこうしてバーナード様が側にいてくれれば、こうして笑えるんだわ……)
改めてバーナード様の存在の大きさを実感することになった。
───
「ユディット!」
「え! バーナード様? 何か忘れ物ですか?」
「ち、違う!」
その後、講義を終えて帰る準備をしていた私のところに、またまたバーナード様がやって来た。
こんなに何度も訪ねてくるのは珍しい。
今日の私は、そんなに心配かけてしまっているのかしら?
(お兄様並みの過保護っぷりを発揮している気がするわね)
「実はさ、ユディットに伝えておかないといけない話があるんだ」
「私にですか?」
「うん。ユディットは今度開催される大規模なお祭り……花祭りを知っている?」
「───花祭り、ですか?」
首を傾げた私に、バーナード様が説明してくれる。
「今、着々と準備が進められているのだけどね、我が国で三年に一度、開催されるお祭りだよ」
「お祭り……」
「───ユディットは参加したことが無いだろう?」
「そうですね、知らなかったです」
確かに知らない。そんなお祭りがあったのね、と思った。
三年に一度……
前回に限らず、ずっとベッドで過ごしていた私の為に、家族はそういった楽しそうな外の話はあまり私の耳に入れないようにしていた……
(…………わよね?)
なんだかその記憶にモヤモヤした違和感を覚えつつも、気のせいだと自分に言い聞かせる。
「このお祭りは、貴族も平民も関係なく参加出来るので規模が大きい」
「それはまた、盛り上がりそうですね。あ、私も参加……出来ますか?」
「もちろん! 僕がエスコートするよ?」
「バーナード様!」
(お祭り……なんて初めてだわ!)
私が弾んだ声を出したら、「でも……」と、バーナード様が少し困った顔をした。
「さっき突然、連絡が来たのだけど実は今年のお祭りに……」
「───え?」
────
バーナード様と別れて帰宅のための馬車に乗り込んだ私は一人呟く。
「───今年の“花祭り”に、ドゥルモンテ国の国王夫妻がお忍びでやって来る……」
私はこの話を聞いた時、何故か分からないけれど大きく動揺した。
(何で? 一国の主がお忍びでやって来るなんて何かあったら危険だから?)
そんな心配もあるけれど、何かが違う気がする。
でも、何が違うのか私にはよく分からない。
「ドゥルモンテ国の国王陛下……」
ジュディス王女の兄で、唯一、生き残った王族。
「ヘクトール……陛下」
会った事のない遠い存在の人のはずなのに……
この湧き上がる気持ちは……何なの?
バーナード様の話によると、国を立て直しているはずの陛下がわざわざやって来るのは、最近結婚したばかりのお妃様にどうしても、モンテルラン王国の花祭りを見せたいからなのだと言う。
「妃殿下がこの国の花祭りに興味がある……って事よね?」
どうして我が国の花祭りに妃殿下が興味を持っているのかしら?
なんとなく不思議に思う。
それにしても陛下も妃殿下のためにと言って、こんな風に動いてしまうのだから、よほど妃殿下の事を愛しているのね。
そんな素敵そうな夫婦に会えるのは少し楽しみな気持ちもある。
(───幸せならよかったわ……)
突然、頭の中にそんな思いが浮かんだ。
「え? あれ? 私、今……何を? 誰の幸せを……?」
────ズキッ
「ぅ……痛っ」
また、何かの警告のように私の頭が一瞬だけ痛んだ。
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