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25. 失ったはずの幸せ
しおりを挟むまだ子供だった頃の私は、自分たちがシスコンだという自覚はあったそれぞれの兄たち(ヘクトール&ローラン)のことをどちらも“お兄様”と呼んでいた。
でも、それはやっぱり紛らわしくて……
だから、ある日二人は私が呼ぶ時に混乱しないようにと呼び方を区別させる事を決めた。
『ジュディス様! 俺のことを呼ぶ時は“お兄ちゃん”にしましょう!』
『お兄ちゃん?』
ローランお兄様が笑顔でそう提案してきた。
『そうです! ヘクトール様のことは今まで通り“お兄様”で、俺は“お兄ちゃん”……これで、どうです? 紛らわしくなくなりますよ』
ローランお兄様が満面の笑みを浮かべながらそう言った時、後ろからものすごい形相でヘクトールお兄様が走って来た。
『待て待て待て、ローラン! それはダメだ! それだとジュディスとお前の方が本物の兄である私よりも親しそうな関係に聞こえるではないか!』
『え……そう言われましても………てすが! もしも、ジュディス様がヘクトール殿下の事を普段の癖で公の場で“お兄ちゃん”と呼んでしまったら大変ですよ? だから、こうしてたまにしか会えない俺がお兄ちゃんの方が良いかと!』
『……むっ』
ヘクトールお兄様は一理あると思ったのか黙り込む。
そして、むむむ……と考え込んだ。
『よし! ヘクトール殿下の反論は無いようですね? では、これで決まりです! 俺はジュディス様の“お兄ちゃん”───』
『いやいやいや、待て待て! うっかり流されかけたがやっぱり何だか納得がいかないぞ!』
『ええ!? どうしてですかーー!』
『私だってジュディスに“お兄ちゃん”と呼ばれたい!』
そうして追いかけっこ(?)を始めた二人を『お兄様たちは今日も仲良しね?』と、ユディと二人で笑って見ていた。
隣にいたバーナード様は「僕にはさっぱり分からない気持ちだよ」と呆れた顔で肩を竦めていた。
─────……
(結局、お兄様が折れたから、“お兄ちゃん”の座はローランお兄様のものになったわ……)
「ユ、ユディット!? ど、どうして……!? そ、その呼び方は……王女様の……ジュディス王女様が俺を呼ぶ時だけの特別な……」
「……そうですね、お兄ちゃん」
「なっ! ま、まさか……」
そんな動揺するお兄ちゃん……ローランお兄様に向かって声をかけたのは……
「────お兄様!」
「っ!? そ、その声は俺の可愛い、いも……ユ……っ!」
声をかけたのは、本物のユディット。ローランお兄様の本当の妹。
その声につられて振り向いたローランお兄様は、“ユディット”と呼びかけようとして慌てて自分の口を塞いでいた。
そこへ続けて登場したのがヘクトールお兄様だった。
「あー……驚かせてすまない、ローラン」
「へいっ!?」
おそらく、陛下!? と叫びたかったのだと思う。
「こ、これは? 俺がいない間に……?」
何がどうしてこうなったのか分からず、混乱したローランお兄様はバーナード様にチラリと視線を向ける。
その目は“これはいったいどういう事ですか!”と言っているように見えた。
❋❋❋
さすがにあれ以上、人目も多くあるあの場所にいるわけにもいかず、私たちはノーマンド公爵家で改めて話をする事にした。
ロベリアの処分をどうするかもお父様……ノーマンド公爵とも話し合わないといけない。
なので、青白い顔のまま力無く項垂れて、全く喋らなくなったロベリアも連れて私達は邸に戻った。お父様に引き渡すまでは部屋で大人しくしていてもらう。
「……ふふ、懐かしいわ」
ノーマンド公爵家の邸に着いて部屋に入ったユディは静かに微笑むと、懐かしそうにキョロキョロしながら動き回っていた。
「ふふ、案外、変わっていないものなのね」
「ユディー、はしゃぎたくなるのは分かるが……」
「ええ、分かっていますわ! でも、ヘクトール様は心配しすぎですわよ」
「……くっ! 分かっている……分かっているが……!」
そこに過保護スイッチの入ったお兄様がはしゃぎすぎないようにとユディに注意していた。
そうして顔を見合せて笑い合う二人……
二人の間にはどこからどう見ても幸せそうな空気が流れている。
(……あぁ、二人が……私のせいで壊れかけた二人がとても幸せそうに……笑っている)
「……っ!」
お兄様とユディを見ているだけで、私はどんどん涙が溢れそうになる。
とうとう耐えきれなくなった私は隣に寄り添ってくれているバーナード様に思いっきり抱きついた。
「……! ジュ、ジュディス!? え、えっと……どうかした?」
突然抱きつかれたバーナード様が慌てて私に訊ねるけれど声が出てくれない。
「まさか……泣いてるの!?」
「……」
「ジュディス……」
何かを悟ったバーナード様は優しく背中を撫でてくれて抱き締め返してくれた。
……のだけど。
「ハッ! 大変です、ヘクトール様! ジュディス様が泣いていますわ!」
「なに!? ジュディス! どうした! バーナード殿下に不埒な事でもされたのか!?」
「なっ! で、殿下!? いつも自重してくださいとあれほど強く言っているのにこんな所で!?」
私が泣いていることに気付いた過保護な三人が駆け寄ってくる。
(ユディ……お兄様……お兄ちゃん…………そして、バーナード様)
あの日、絶望の中で消し去ってしまい、失ったはずのものが……今、ここにある……
「……っ」
その事が嬉しくて嬉しくて、涙がもっと溢れて来た。
(どうしましょう……止まらない……止まってくれない……)
そのまま私は泣いた。
まるで子供の頃に戻ったみたいに泣き続けた。
「ジュディス……!」
慌てたバーナード様が優しく抱き締めてくれる。
その温もりに安心していたら、どうしても聞いて欲しくなった。
あの日、恐怖を感じながら逃げたけど、結局捕まってしまったこと。
その後、連れていかれた部屋で見せられた光景で心が折れてしまったこと。
泣きじゃくりながら、私はたくさん話をした。
頭の中で上手くまとまってなかったから、きっと支離滅裂な内容だったはずなのに……
バーナード様はひたすら私を優しく抱きしめてくれていて、お兄様は子供の頃のように私の頭を撫でてくれて、ユディはそれを微笑ましく見守ってくれて、お兄ちゃんは……俺もジュディス様の頭を撫でたい! とお兄様との間に割り込もうとしていがみ合っていた。
(皆が……ここにいる……失ってしまったものも沢山あるけれど……それでも……)
「…………ジュディス」
「は……い」
ひとしきり泣いたおかげか、ようやく落ち着いてきたと思ったら、バーナード様が優しい声で私の名前を呼んだ。
私は真っ赤な目のまま鼻をすすりながらバーナード様を見上げる。
そして、私と目が合ったバーナード様はそっと微笑み───……
「───おかえり」
バーナード様は、昔から変わらない私の……ジュディスが大好きだった笑顔でそう言った。
(あぁ、ここだわ。私が帰る場所────)
「───ただいま…………バーナード!」
感極まってしまい再び溢れそうになる涙を何とか堪えながら、私はかつてバーナード様が大好きだと言ってくれた笑顔で思いっきり抱きついた。
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