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15. 彼の素性
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マルヴィナがようやく涙を流せてトラヴィスの腕の中で安心して眠りについていた頃────
「うーーむ、さすがにここのところの雨は異常だ」
「過去の記録を遡ってもこんなにも雨が降り続いたという記録はありませんね」
クロムウェル王国の王宮に務める魔術師たちが、止む気配のない雨に不審を唱えていた。
「天候の予測をさせても“雨”としか浮かんで来ません!」
「まだ、続くのか!」
「そろそろ、土砂災害が起きてもおかしくない」
そうなった時に、真っ先に現場に駆り出されるのは魔術が使える自分たち───
「そもそも、我が国はサヴァナ様が守護をしてくれているはずだろう?」
「そうさ! 最強の守護の力だもんな!」
そんな話をしながらも、それならなぜ雨が止まない?
疑問は振り出しに戻ってしまう。
「だけど、サヴァナ様って具体的に何をやっているんだろう?」
「ん? どういう意味だ?」
魔術師の一人がポソッと呟いた。
「いや、サヴァナ様ってローウェル伯爵家の一員だけど、本来なら力を授かる予定ではなかった次女だろ?」
「ああ。長子のマルヴィナ様が受け継ぐとばかり思われていたからな」
それがなんだ? という空気になる。
「いや、予定外で力を手に入れたなら、サヴァナ様は“魔術”に関してはその……素人だろう? きっとこれまでまともに魔術について学んで来なかったと思うんだよ」
「……」
「魔力のコントロールとかさっぱり知らないんじゃ? と思って」
今度は、あー……それは確かにという空気になる。
「筆頭魔術師様がレクチャーしていると聞いたけど?」
「そのわりには、毎日毎日王宮に来ているのに殿下とイチャイチャして過ごしているようにしか見えないなって」
ますます、あー……という空気になる。
「確かに……世継ぎは大事だけど、まだ、二人は婚約段階だしな。先にやるべきことがある……か」
「殿下が甘やかしているんだろうけど、我々からすれば少しは魔術を学んで欲しいとも思うよなー……」
サヴァナへのそんな不満がこぼれる中、誰かがポツリと呟いた。
「その点、マルヴィナ様はすごく魔術の勉強にも熱心だった」
「と、言うか魔術以外にも、マルヴィナ様はいつも熱心だったろう」
「……」
しんっと部屋が静まり返る。
「一度、疲れていそうなマルヴィナ様に無理をしていないか? と訊ねたら笑顔で“国と殿下の力になる為ですから大丈夫です”って答えていた」
「……」
再びしんっと部屋が静まり返る。
「そ、そういえばマルヴィナ様は、パッタリ姿を見せなくなったけど今は何して──」
「少し前に陛下や殿下に大臣、筆頭魔術師様がローウェル伯爵家の当主と集まって深刻そうな様子で話し合っているのを見たが……それ以降、マルヴィナ様のお姿を見ていない……」
「え? それって……」
魔術師たちが顔を見合わせた、その時だった。
「───た、大変じゃ! 魔力測定をしていた水晶が!」
「筆頭魔術師様!?」
顔色を真っ青にした筆頭魔術師が部屋へと慌てて駆け込んで来た。
その手にはあの大事な水晶を持っている。
そして魔術師たちはその光景にギョッとした。
「突然、このように光だしたと思ったら……と、止まらんのだ!」
筆頭魔術師のその言葉と光る水晶にざわっと騒がしくなる。
役目を終えた水晶は、次代までは大人しく飾られて次のお役目の時を待つだけ……のはずだった。
なのに光った? しかも止まらない? これはただ事ではないと誰もが思った。
「……前にも一瞬だけ光ったことがあったのじゃが、その時はすぐに光も収まり水晶にも変わったことも起きなかったんじゃが……今回は……」
「あ、光が」
そう言っているそばから水晶の光はだんだん収まっていく。
筆頭魔術師も他の魔術師たちも驚きながら、手元の水晶を覗き込む。そして、皆でハッと息を呑んだ。
───水晶には文字が浮かび上がっていた。
❋❋❋
一方、祖国でそんなちょっとした騒ぎが起きていることなど知る由もなかった私は……
───温かい。
すごく優しい温もりを感じるわ。
こういうのが“幸せ”って言うのかしら────?
そんなことを思いながら目を覚ました。
「……」
はて?
宿の枕とは違う感触がするわ。ちょっとゴツゴツしている?
でも、不思議ね。何だか温かい───
(───って、違う!!)
私、馬車の中でトラヴィス様と話していて……思いっきり泣いて───
私はガバッと勢いよく起き上がる。
「ん? あ、目が覚めた?」
「ト、トラ……っ」
(や、やっぱりーーーー!)
私はトラヴィス様の膝の上で眠っていた。
しかも、ご丁寧に私の身体にはトラヴィス様の上着までかけられている。
「ぅあ……うっ」
「?」
「あ、穴っ」
「え? 穴? もしかして、その上着に穴があいていた?」
「ち、違っ……穴が……」
トラヴィス様が困ったように私の身体にかけてくれていた上着を手に取る。
私はカーーーッと自分の頬に熱が集まっていくのを感じながら両手で顔を覆って叫んだ。
「あ、穴があったら入りたい! 入らせてぇぇぇぇーーーー」
──────
「……トラヴィス様、笑いすぎです」
「くっ……はは、うん、ははは、あは」
私が目が覚めてからトラヴィス様はずっとお腹を抱えて笑っていた。
「だっ……いや、目が覚めたら、は、恥ずかしがることは、想像していた、けど……ははは。穴に入らせてって……!」
「……」
トラヴィス様は私の叫びがよっぽどツボに入ったようでずっと笑っている。
さすがに笑いすぎ!
恥ずかしくなった私はプイッと顔を逸らして窓の外を見た。
当然だけど知らない景色が続いていた。
(そういえば、トラヴィス様って何者なのかしら?)
魔術師なのは聞いた。
そして、おそらく貴族だとは思うけれど──
そんなことを思いながらチラッと視線を戻すと、笑い終えたトラヴィス様がそっと私の頭を撫でる。
「気分は、どう?」
「……は、恥ずかしいですが……その、スッキリしました」
「うん、それなら良かった」
「!」
表情そのものは、はっきり分からなかったけれど今のトラヴィス様はきっと笑顔だ。
なんとなくだけどそう感じた。
───泣いていい。嫌ったりなんてしない。
そう言ってもらえたことが、本当に本当に嬉しかった。
「トラヴィス……様」
「ん?」
私が呼びかけると、トラヴィス様は私の頭を撫でていた手を止める。
そうね、お礼は笑顔で伝えなくちゃ───そう思った私は笑顔で口を開く。
「……あ、ありがとう、ございました!」
「……」
「? トラヴィス様?」
なぜかトラヴィス様は黙り込んでしまう。
不思議に思って声をかけるとハッとした様子で、どこか慌てた様子で「き、気にしないでくれ! だ、大丈夫だっ!」と言った。
「コホンッ……そ、それで! うん、ちょうど良かった」
「……ちょうど良かった?」
トラヴィス様が少し照れながらそう口にする。
「もうすぐ、我が家に着くから。どうやって起こそうかなと思っていた所だったんだ」
「あ!」
今更ながら自分の顔は涙でぐちゃぐちゃなのでは? と気付く。
しかも、私は出奔してからは簡素なワンピースしか着ていない。
こんな身なりで貴族様の家にお邪魔しても大丈夫なのかしら?
失礼にあたったりしないかしら?
トラヴィス様がそんな心配を始めてあたふたする私を見ながらクスリと笑った。
「えっと……なぜお笑いに?」
「はは、そんなに畏まらなくても大丈夫だ」
「で、ですが……」
「まぁ、リリーベルの俺へのパンチはちょっと怖いけど……」
(ん?)
トラヴィス様はコホンッと咳払いをする。
「貴族と言っても、我が家は男爵家だから」
「え?」
「それに……」
そう言ってトラヴィス様はスッと私に手を差し出した。
「改めて……俺の名はトラヴィス・イーグルトン。イーグルトン男爵家の当主兼魔術師だ」
「……と」
(──当主!?)
私は思わずまた、叫びそうになった。
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