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16. 男爵家にて
しおりを挟む彼が貴族だということは、察していたからそのことに驚きはない。
ただ、高位貴族の雰囲気を勝手に感じていたから、男爵という身分なのは少しだけ意外にも思った。
だけど、私が何よりも一番驚いたのは……
「し、失礼ながら……と、当主……様、なのですか?」
「一応、これでもね」
トラヴィス様は頷いた。
分厚い眼鏡のせいで全体の表情は全く分からないけれど、おそらく年齢は私とそんなに大きく変わらない……そう思っていたのに。
(……ま、まさか、若く見えて実は相当、老け……)
「───歳は二十二」
「!」
「…………なかなか酷いなぁ。実は、見た目よりすっごいおじさんなのかしら? って、マルヴィナの顔には書いてある」
「~~っ」
トラヴィス様が不貞腐れながら年齢を教えてくれた。
またしても、思ったことが顔に出てしまっていてバッチリ読まれていたと思うと恥ずかしくなる。
「お、思っていたよりお若い当主様なので……その、驚きました」
「よく言われる。でも、まぁ……俺の場合は───」
トラヴィス様が何かを言いかけたその時、馬車が止まる。
「───あ、到着したかな」
「……!」
窓の外を見て到着確認したトラヴィス様がそう言うと、先に馬車から降りていく。
そして、私に手を差し出した。
その手を取りながら私も馬車から降りようとすると、トラヴィス様はどこか遠い目をしながら静かに言った。
「リリーベルに遅い! って、怒られそうだなぁ……怖い」
「……」
(また、怖いと言っているわ)
当主でもある兄を顎で使う妹さんがどんなにパワフルな方なのかすごく気になった。
❋❋❋
そうして私はついにトラヴィス様の妹のリリーベル様との対面を果たした。
「───あなたが……図書館でお兄様の手伝いをして下さったというクロムウェル王国出身の方?」
「はい。マルヴィナと申します」
私は頭を下げながら、実は内心で震えていた。
(────す、すごい、美少女!)
今、私の目の前にはトラヴィス様に負けず劣らずの美しいふわふわの銀の髪を持った美少女がいた。
(トラヴィス様から年齢は十四と聞いていたけれど、すごく大人っぽいわ!)
「あなたが用意してくれた本はどれもとても役に立ちましたわ」
「お、お役に立てたなら光栄です」
私が頭を下げたままそう口にすると、リリーベル様はフフッと笑った。
「本当に驚いたんですのよ。お兄様のことだからてっきり頓珍漢な本を借りてくるとばかり思っていましたのに……」
「リリー!」
トラヴィス様が抗議の声をあげるけれど、リリーベル様はつんっとそっぽ向いた。
「本当のことでしてよ。お兄様は魔術のことしか興味ありませんからね」
「え?」
さすが魔術師と言うべきなのか。
チラッとトラヴィス様に視線を向けると、バツの悪そうな顔をしていた。
どうやら、図星らしい。
「ですから、持ち帰った本を見てすぐに分かりましたわ、これはお手伝いして下さった方がいる、と!」
「うっ……」
妹さんに言われたい放題のトラヴィス様の姿が可笑しくて思わずクスリと笑ってしまった。
そんな私に気付いたトラヴィス様が情けない声を上げた。
「マルヴィナ、なんで笑う!?」
「ふふ、すみません。とても仲の良い兄妹だなと思ったら微笑ましくなってしまって」
私がそう口にすると、トラヴィス様とリリーベル様は二人揃って私に向かって声を張り上げた。
「普通だ!」
「普通でしてよ!」
(キレイにハモったわ!)
思わず笑顔がこぼれる。
「───ほら、息もピッタリですね!」
「……」
「……」
二人が顔を見合わせる。
どちらも認めたくなさそう……
「ふぅ……まぁ、いいですわ。お兄様のことは一旦置いておきましょう」
「リリー……」
この兄妹の主導権は完全に妹のリリーベル様にあるらしい。
「お兄様、私、せっかくの機会ですのでマルヴィナさんと女同士の話がしたいですわ。ですから、部屋の外へお願いしますわ!」
「は?」
ここで、まさかのトラヴィス様の追い出しにかかるリリーベル様。
私も驚いたけれど、トラヴィス様もびっくりしていた。
「お、おい、リリー? 何を言っている?」
「お兄様……聞こえませんでしたの? 女性同士でしか出来ない話をしたいのですわ!」
「え? いや、だから何で……」
リリーベル様は食い下がろうとするトラヴィス様のことを、物凄く残念そうな目で見る。
「はっ! ……まさか、お兄様ともあろう方が女同士の話に加わりたいなどという無粋な真似を?」
「……うっ」
これはもうトラヴィス様の当主としての威厳はどこへやら。
「お話しが終わったらお呼びしますから、ね?」
「……頼むよ……」
リリーベル様の勢いに肩を落としながらすごすごと扉へと向かうトラヴィス様。
だけど、部屋から出る直前にトラヴィス様はチラッと振り返った。
「リリーベル。マルヴィナを傷つけることをしたら、さすがのお前でも許さないからな」
「まあ!」
「っ!」
その言葉になぜか分からないけれど、私の胸がドキンッと大きく跳ねた気がした。
「───さて、と。これで心置き無く話せますわ!」
「え?」
そうして、トラヴィス様が部屋を出て行ったことを確認すると、リリーベル様がくるっと振り返りじっと私を見つめてくる。
(やっぱり、近くでみても美少女……!)
「マルヴィナさん! 単刀直入に申し上げますわ! あなたもお兄様のあの美貌に惹かれて取り入ろうと近付いて来たお兄様狙いの方ですの?」
「は、い……?」
トラヴィス様……の、び……美貌?
私はあの分厚い眼鏡に阻まれてトラヴィス様の素顔を知らないのに?
そんな戸惑う私を気にすることなくリリーベル様は興奮気味のまま話を続けていく。
「困ったことに昔から多いんですのよ。あの美貌に惹かれて寄ってくる女性が」
「は、はあ……」
「中には、私に取り入って仲を取り持ってもらおうと姑息な手を使う方もおりましたわ!」
「そ、それは……」
(大変ね……)
つい、同情の気持ちが湧く。
「ですから! 私は、お兄様に近づく女性は、お兄様に相応しい女性かどうかを確かめさせてもらうことにしましたの!」
「た、確かめる……ですか?」
「そうですわ!」
リリーベル様は大きく頷いた。
「ですけど、今回のようなパターンは初めてですわ。フッ……色々な手口があるものですわね……」
なんか感心されてるけど違う。ただの偶然……
「本を見繕っていただいたことには大変感謝していますわ!」
「ど、どうも?」
「───ですが、それとこれとは別でしてよ!」
リリーベル様はビシッと私に向かって指をさした。
(え、ええ? えっと? こ、これは、つ……つまり?)
リリーベル様の中では、私はトラヴィス様のことを狙って近づいて来た女として認定されている……ということ?
(どうしてーーー?)
何が何だかよく分からないけれど、盛大な誤解をされていることだけは理解した。
❋❋❋
私が、リリーベル様に謎の宣戦布告をされている頃────
王宮の魔術師たちは頭を抱えていた。
「よ、読み取れん!」
「なんて書いてあるんだ?」
筆頭魔術師が慌てて持って来た、役目を終えたはずなのに何故か光ったという水晶。
謎の光が落ち着いたあとに浮かび上がった文字は……読み取れなかった。
しかし皆がこの文字はなんだ、とあれやこれや騒ぐ中で、筆頭魔術師だけはこの文字に覚えがあった。
(───こ、これはあの時、守護の力の文字に隠れて読めなかった文字と同じではないのか?)
なぜ、再びこの文字が?
(……まるで、何かを警告しているかのようじゃ……!)
しかし、そうこうしているうちに、水晶の文字は消えてしまう。
「うぁぁ、消えてしまった!」
「何だったんだ!?」
(なんじゃろうか……我らはすごくすごく取り返しのつかない何かをしでかした……そんな気持ちにさせられる……)
その後、皆でどんなに調べても水晶が再び光ることは無かった。
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