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56. 妹なんていませんよ?
しおりを挟む二人の表情は困惑している。
特に伯爵の目は“これ以上何を言う気だ!”そう言っているようにも感じた。
「……私が出て行った後、ローウェル伯爵家の私の部屋……見ましたか?」
「え?」
「は?」
二人は揃って仲良く疑問の声をあげた。
その後、何かを思い出したのか苦々しい表情になる。
私は二人のその顔を見て思った。
(これは幻影魔法が解けた後に何かあったわね……)
「……お父様が、私にはこれくらいの大きさの鞄に入る物しか持ち出す許可をくれなかったので、少しズルをさせて貰いました」
私があの時に渡された鞄の大きさを手で表現しながら言うと二人の顔は更に何か言いたげな表情になった。
「ズ、ズル……だと?」
「ええ。だってあの鞄の大きさの荷物だけでは、とてもではありませんが、生きていくことなんて出来ませんから」
「ぐっ……」
私が睨むと伯爵はとても気まずそうに黙り込んだ。
「で、でも! お、お姉様は出ていく時……鞄以外は持っていなかった……わ!」
黙り込んだ伯爵の代わりにサヴァナが反論する。
「そうよ。だってあの鞄以外を持っていたら取り上げるつもりだったでしょう?」
「……っ」
「でも、やっぱりどう考えても生きていくためには色々必要だったから、きっちりしっかり持ち出させてもらったの」
「は……?」
意味が分からない……といった顔をしたサヴァナに対して私はにっこり微笑むと、目の前で収納魔法を披露した。
「この中に入れて……ね」
「な、に?」
「うっそ……」
二人が驚愕の目で私を見てくる。
その向こうでは、げっそりしたクリフォード殿下も同じ様に驚愕の目で私を見ていた。
「それで、あなた達にすぐに見つかってしまうと色々と面倒そうだったので、しばらくの間は幻影魔法をかけて誤魔化すことにしたの。さて、その魔法は……もう解けたかしら? それとも早々に見破っていた?」
しーん……
二人は顔を青くしたまま、私の質問には答えてくれなかった。
その代わり、伯爵が震える声で訊ねてくる。
「……へ、部屋の中に、おま……マルヴィナの荷物が全くなかった……のは誰かに盗まれた……のではなく……」
「ええ、そうです。最初から私が持ち出していたから、ですけど?」
「幻影、魔法……を使って……いた……だと?」
「……あら、お父様? そう訊ねるということは……ローウェル伯爵家の特殊能力持ちのお父様であっても、魔法が解けるまで見破れなかったということかしら?」
「……っっ!!」
伯爵の顔が怒りと悔しさで真っ赤になる。
どうやら図星らしい。
(それと、二人のこの妙な反応……きっと屋敷内で私の荷物について揉めたわね……)
伯爵の性格からいって使用人はもちろん、最悪、お母様のことも疑ったのではないかしら?
これは───この先、どうなることやら、ね。
(ねぇ、お父様? お母様、今も家で待ってくれているといいですね)
《───おそらく、伯爵家に待っている未来は破滅一択なんだろうな》
《トラヴィス様?》
トラヴィス様が私をそっと抱き寄せながら耳元で囁く。
《そうそう、マルヴィナ。安心して?》
《安心、ですか?》
《イライアス殿下に頼んで、この後、クロムウェル王国に人を送ってもらう手筈になっているんだ》
《え……?》
私が驚いて顔を上げるとトラヴィス様はにっこり笑う。
その笑顔はやっぱり黒い。
《クロムウェル王国が、マルヴィナを連れ戻そうとか余計なことを考えたりしないかどうかの監視と、そこの四人の帰国後の様子も知りたいだろう?》
《……!》
ちゃっかりそんな手筈を既に整えているなんて……!
本当にトラヴィス様には何でもお見通しなんだわ。
私はトラヴィス様に笑顔を向ける。
《トラヴィス様……ありがとうございます。本当に格好良すぎます!》
《……っ》
何故かトラヴィス様がそこで黙り込んでしまう。
そして、一気に頬がカーッと赤くなっていく。
《え、えっと……? ど、どうしました?》
《いや、う、うん……マルヴィナは、か、可愛いし、かっこいいとか口にするし……コホッ》
《……》
どうやら、急に照れくさくなったらしい。
ムズ……
トラヴィス様のそんな顔を見ていたらもっと照れ顔が見たいと思ってしまった。
なので、私はトラヴィス様の頬にチュッとキスをした。
《マル……! み、皆が見……》
《ふふ》
《ふふ……じゃない…………ったく》
「……マルヴィナ……が……そんな顔で笑っ……マルヴィナの方からキス……だと……?」
クリフォード殿下のそんな驚く声が聞こえた気がしたけれど、私は聞かなかったことにした。
(さて、これで本当に最後ね)
私は呆然としている様子の伯爵とサヴァナに視線を戻す。
「そういうわけで……ご覧の通り、私は本当に愛してくれる人と出会えて今がとっても幸せですので」
「……マルヴィナ」
「お姉、様……」
「……」
両親に愛されたかった私も、愛される妹を羨ましいと思った私はもういない。
「────さようなら。ローウェル伯爵様、ローウェル伯爵令嬢」
「え? お姉様……」
サヴァナが目を丸くして私を見る。
私ははて? と、首を傾げた。
「お姉様? …………何を言っているのでしょう? 私に妹なんていませんよ? ローウェル伯爵令嬢?」
「え? あっ……」
「ですが、まぁ、これから本当に可愛い義妹は出来る予定なんですけどね! とっても楽しみなんです」
「……っっっ!」
私は笑顔でそう言い切る。
「……」
何か言いたげな顔をしたサヴァナを無視して私はそのまま背を向け、振り返ることはしなかった。
❋❋❋
クロムウェル王国に帰国するために乗り込んだ馬車の中。
ルウェルン国の滞在は、短かったのにあまりにもショックな出来事が多すぎたせいで、心身ともに疲れ切っていて誰も口を開こうとする者はいなかった。
────“ローウェル伯爵令嬢”
お姉様にそう呼ばれたことが何故かサヴァナの胸には深く突き刺さっていた。
────妹なんていない。でも、可愛い義妹は出来る……それが楽しみ、そう言っていた。
(お姉様はもう私のことなんて眼中にないんだ……)
お姉様から沢山のものを奪っていい気味だと影で笑うのが楽しかった。
羨ましそうな目で見られるのはとってもいい気分だった。
(──それがどうして……)
私は婚約破棄を突きつけられているのに、お姉様は美貌の魔術師に愛されて結婚する……
そんなお姉様を私は羨ましいという目で……
「……っ!!!!」
(立場が……立場が完全に逆転している────)
お姉様から全てを奪えたはずだったのに……私が羨ましがられるはずだったのに。
どうして……どうして……
今さら、後悔しても何もかもが遅かった。
───そうして、一行を乗せた馬車は、クロムウェル王国に向けてどんどん進み、とうとう国境を越える時がやって来た。
サヴァナは空を見上げる。
(あんなにずっと雨だったのに、嘘みたいに晴れている……)
大丈夫……よね?
私は守護の力とは無関係だもん。だから、雨はもう関係ない……よね?
サヴァナはドキドキしながら自分を乗せた馬車が国境を越える瞬間を見守った。
(大丈夫、大丈夫……)
───だけど、この時。
サヴァナもその他の人たちもすっかりと忘れていた。
水晶がサヴァナに向けてたくさん浮かび上がらせていた文字の中にあった、
“破滅を導く”という文字のことを────
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