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58. 愚かな人たち
しおりを挟む「りえん……離縁……離縁届けを置いて……出て行った……?」
私の横でお父様が真っ青になって声を震わせている。
確かにお父様とお母様の関係は、あの日、お姉様の部屋が空っぽになっていたことが発覚した時から悪くなってはいた。
だけど……
(まさか、お母様が出て行ってしまうほどだったなんて!)
お父様はまるで魂が抜けてしまったかのように力を失くしてその場に崩れ落ちた。
「それで、サヴァナ嬢。君には手紙が残されておる」
「わ、私には手紙……ですか?」
お父様には離縁届、私には手紙……
私は戸惑いながらもその手紙を受け取る。
(なんて書いてあるのかしら?)
そんなソワソワした気持ちが伝わってしまったようで、陛下は言った。
「気になって仕方がないのだろう? 開けて読んでみるといい」
「あ、ありがとうございます……!」
なんと、陛下直々にそう言って貰えたので、私は遠慮なく手紙を開封することにした。
「……」
お母様からの手紙には、お父様にマルヴィナの荷物を盗んだ犯人だと疑われた時から出ていくことは考えていた、旦那様には呆れしかない、使用人も殆ど辞めてしまったから家が回らない……というお父様への恨み辛みがここぞとばかりに綴られていた。
(なーんだ。やっぱり、お父様に愛想を尽かして出ていったのね~)
と、思っていたら──
サヴァナは、実は守護の力の持ち主ではなく偽者ではないか? という話が貴族の間に広まっていて、どこに行ってもローウェル伯爵家の人間というだけで変な目で見られてしまう。雨が止まないのはお前の娘のせいだと嫌味も言われた。もう限界、こんなのはもう耐えられない。サヴァナは偽者だったのね?
なんて書かれていた。
(……は? お母様まで私を偽者呼ばわり!? ……しかも、貴族の中にまで話が広まっている?)
手紙を持つ手が震える。
お母様が出て行ったことで、ローウェル伯爵家は更に笑いものになってしまう。
(なんてことをしてくれたのよ……お母様!)
憤慨しながら窓の外を見るとポツポツ降り出していた雨は、本格的に強くなっていた。
(どうしよう……)
───
再び降り出した雨、家を出て行ったお母様……その事実をなかなか受け入れられずに呆けていたら、陛下がクリフォード殿下に向かって訊ねる。
「───さて、それではクリフォード。こたびのルウェルン国での成果についての報告を聞こうではないか」
「……っ!」
殿下はビクッと肩を震わせた。
その反応に陛下が眉をひそめる。
「ふむ? 何やら随分と早い帰国であったが……魔術は学べたのか?」
「……」
「それに。何やら、お前の顔はたった数日なのにやつれて頬もこけている。そんなにも魔術の修行は辛いものだったのか?」
「……ま、魔術……は」
陛下の怒涛の質問攻めのせいで、殿下の顔色は更に悪くなっていく。
「……」
けれど、クリフォード殿下はしばらくの沈黙の後、何かを決心したかのように口を開いた。
「───へ、陛下、諸々の報告の前にまず一つ、至急でお願いしたいことがございます」
「至急だと? なんだ?」
「僕とサヴァナ・ローウェル伯爵令嬢との婚約を今すぐ破棄させていただきたいのです」
(なっ!?)
報告より何よりも真っ先に言うことがそれなの!?
「なに? サヴァナ嬢と婚約破棄だと……?」
「はい、父上が手紙に書かれていたように……その、やはりサヴァナは“守護の力”は持っていません。あの判定結果は誤りでした……」
「───ふむ、やはりそうであったか。まあ、そうなので、あろうな……」
私は陛下のその返事に愕然とする。
(なっ! 驚きもしないわけ!?)
陛下は私が“守護の力”の持ち主ではないことを平然と受け止めた。
やっぱり雨のせいでずっと疑われていた……
「では、やはり真の力の持ち主は姉のマルヴィナ嬢だったことが判明したわけだな?」
「……そ、それは」
クリフォード殿下はその言葉には、気まずそうに目を逸らす。
「ふむ。つまり、こういうことか? 手紙にも書いたように、真の力の持ち主のマルヴィナ嬢を新たな妃として迎えるということだな! だから、妹との婚約は破棄するということか」
「あ、いや、それは……」
(……は? 陛下は何を言っているの? 本気でお姉様を迎えるつもりだったの!?)
けれど、お姉様は私たちとは縁を切って、向こうの国で美貌の魔術師と……
「ん? しかし、肝心のマルヴィナ嬢の姿がどこにも見えぬではないか。どこにいるのだ? 連れ帰ったのだろう?」
「……」
「雨が再び降り出してしまったからな! これは早速、我が国に守護の力をかけてもらわねばならんぞ? ようやく使えるようになったのだろう?」
クリフォード殿下の顔色はどんどん悪くなっていく。
当然よね。守護の力を持ったお姉様はここにはいないもん。
「父……陛下、ざ、残念ながらマルヴィナを連れ帰ることは叶いません……でした」
「は? クリフォード? お前は何を言っている? 捜索出来なかったのか?」
クリフォード殿下は首を横に振る。
「い、いえ……マ、マルヴィナには会いました……が、こ、この国には絶対に帰らない、と」
「馬鹿者! なぜ、それで引き下がって来た!? 無理やりでも連れ戻せと言っただろう!?」
「で、ですが……」
「言い訳などいらぬ! マルヴィナ嬢が本物の守護の力の持ち主だと言うなら、さっさと連れ戻せ!」
「む、無理です」
「クリフォード!!」
涙目で首を横に振るクリフォード殿下に対して、陛下は更に怒鳴りつける。
怒鳴りつけられたクリフォード殿下は、怯えながらも必死に訴えた。
「マ、マルヴィナを無理やり連れ戻そうとした場合……ル、ルウェルン国が、て、敵に回ってしまいます…………」
「敵に回る、だと?」
「優れた魔術師を総動員してでも立ち向かう……と」
陛下の眉がピクリと動いた。
「なっ……!?」
「…………帰国したら必ず陛下にそう伝えるように、と、ルウェルン国の王子からの……で、伝言……です……」
❋❋❋
「───クシュンッ、クシュンクシュン」
「マルヴィナ!?」
その頃の私は突然のくしゃみに襲われていた。
「クシュッ……だ、大丈夫です……クシュンッ」
「大丈夫じゃなさそうだよ?」
「す、すみません……」
トラヴィス様に背中をさすられてどうにか落ち着いて来た。
「……これは、あれかな? クロムウェル王国でマルヴィナの話にでもなったかな?」
「私、の?」
「ああ、国王陛下が帰国した王子から話を聞いて、“マルヴィナを連れ戻せーーーー”って怒鳴り散らす、とかさ」
「!」
私がビクッと身体を震わすと、トラヴィス様は優しい手つきで頭を撫でてくれた。
「大丈夫だ。イライアス殿下にお願いして、その辺はしっかり釘を刺してもらえるように阿呆王子を脅してくれた」
(お、脅し!?)
何だか物騒な言葉が飛び出した。
それでも私は聞かずにはいられない。
「……そ、それでも陛下に話が通じなかったら……どうなります?」
「……」
トラヴィス様は少し間を置いてから、にっこり黒い笑顔を浮かべた。
「その時は、もちろん────」
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