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第一部:第三章 学校生活
(二)父の繋いだ縁③
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「するとお主の師は?」
老師は不思議そうに首を捻った。
「誰の元でも学んでおりません。山や野や風が私に教えてくれました。あとは秘密ですが、時折騎士学校の塀によじ登り、授業風景を覗いておりました」
「なんと!」
驚きを通り越し、呆れたような表情を浮かべる老師に、ラーソルバールは思わず吹き出してしまった。
「あの剣が独学とは……。確かに、双剣でもなくその剣筋も似ておらぬ。誰も『鷲』の娘とは気付くまいなあ。せめて腰にもう一本剣を挿しておれば、ミルエルシの名から気付く者も居ろうが」
まじまじとラーソルバールを見つめる、老師の眼差しは優しかった。
もしかしたら入学試験の折に、受付担当者に顔を見られたのは、老師と同じように、名を見て何か気付いたからなのかもしれない。
騎士であった父を知る人に会えた、という喜びと実感が、ラーソルバールの中に沸いてきていた。胸に手を当てると、その思いで涙が出そうになる。
「父を追っても、その背は見えません。双剣を携えて、形だけ真似ても近づけないでしょうから……」
どのような思いで騎士として剣を握ったのか。今のままでは、きっと理解する事ができないだろう。
何も理解できないまま、父の姿を模倣しても同じ事が出来る訳でもない。中身が無く、何も得るところが無い。自身には何も無いと気付かされるだけで、何も残らないただの幻でしかない。
「父を知る方が、父の名を通して私を見てしまえば、その目は曇り、この非才が身の丈以上に見られてしまいます。その事が、父の名を傷つける事になるかもしれません。父は何処までも私の目標なのです」
その言葉に老師は目を細めた。真摯に父親と向き合う姿が愛らしいと思えたのだろう。
「良い心がけじゃ。だがお主は剣の天才か、神が送り賜うた使徒のようじゃ」
「神の使いどころか、私は天才ですらありません。凡才が毎日剣を握って振り回し、見よう見まねで今に至っただけです」
魔力さえまともに制御できませんしね、とは老師の前では言えなかった。
神の使いなら、魔法くらいの出来て当たり前だろう。
「だがその年で、あのランドルフと剣を交えて一歩も引かなんだ。お主がどこまで成長するか楽しみであると同時に、末恐ろしい気がするわい」
「恐縮です。ですが、牙竜将様はまだ本気ではなかったと思います」
はにかみながら答える少女の姿に、老師は別の姿を重ねていた。
「どうかの…。お主の父もこの老いぼれの良き教え子であったが、その娘をこのような思いで見ることなろうとは夢にも思わなんだ」
老師はゆっくりと頷き、嬉しそうにラーソルバールを見つめ、頭をなでた。髪がボサボサになりそうなほどに強く、そして優しく。
「ああ、急いで片付けないと、次の授業に間に合わなくなってしまいます」
荷物を抱えたままの二人は、慌てて教材室へと急いだ。
お互い苦笑いをしながら、廊下を小走りで抜け、資料資材室へと急ぐ。心地よい風が背中を押してくれるのを感じながら。
父が騎士として存在した「歴史」が確かにここにある。
父の紡いだ縁が、しっかりと生きているのだと、ラーソルバールは胸が熱くなるのを感じていた。
老師は不思議そうに首を捻った。
「誰の元でも学んでおりません。山や野や風が私に教えてくれました。あとは秘密ですが、時折騎士学校の塀によじ登り、授業風景を覗いておりました」
「なんと!」
驚きを通り越し、呆れたような表情を浮かべる老師に、ラーソルバールは思わず吹き出してしまった。
「あの剣が独学とは……。確かに、双剣でもなくその剣筋も似ておらぬ。誰も『鷲』の娘とは気付くまいなあ。せめて腰にもう一本剣を挿しておれば、ミルエルシの名から気付く者も居ろうが」
まじまじとラーソルバールを見つめる、老師の眼差しは優しかった。
もしかしたら入学試験の折に、受付担当者に顔を見られたのは、老師と同じように、名を見て何か気付いたからなのかもしれない。
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「父を追っても、その背は見えません。双剣を携えて、形だけ真似ても近づけないでしょうから……」
どのような思いで騎士として剣を握ったのか。今のままでは、きっと理解する事ができないだろう。
何も理解できないまま、父の姿を模倣しても同じ事が出来る訳でもない。中身が無く、何も得るところが無い。自身には何も無いと気付かされるだけで、何も残らないただの幻でしかない。
「父を知る方が、父の名を通して私を見てしまえば、その目は曇り、この非才が身の丈以上に見られてしまいます。その事が、父の名を傷つける事になるかもしれません。父は何処までも私の目標なのです」
その言葉に老師は目を細めた。真摯に父親と向き合う姿が愛らしいと思えたのだろう。
「良い心がけじゃ。だがお主は剣の天才か、神が送り賜うた使徒のようじゃ」
「神の使いどころか、私は天才ですらありません。凡才が毎日剣を握って振り回し、見よう見まねで今に至っただけです」
魔力さえまともに制御できませんしね、とは老師の前では言えなかった。
神の使いなら、魔法くらいの出来て当たり前だろう。
「だがその年で、あのランドルフと剣を交えて一歩も引かなんだ。お主がどこまで成長するか楽しみであると同時に、末恐ろしい気がするわい」
「恐縮です。ですが、牙竜将様はまだ本気ではなかったと思います」
はにかみながら答える少女の姿に、老師は別の姿を重ねていた。
「どうかの…。お主の父もこの老いぼれの良き教え子であったが、その娘をこのような思いで見ることなろうとは夢にも思わなんだ」
老師はゆっくりと頷き、嬉しそうにラーソルバールを見つめ、頭をなでた。髪がボサボサになりそうなほどに強く、そして優しく。
「ああ、急いで片付けないと、次の授業に間に合わなくなってしまいます」
荷物を抱えたままの二人は、慌てて教材室へと急いだ。
お互い苦笑いをしながら、廊下を小走りで抜け、資料資材室へと急ぐ。心地よい風が背中を押してくれるのを感じながら。
父が騎士として存在した「歴史」が確かにここにある。
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