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第二部:第二十二章 暗き森への誘い
(一)恋に揺れる②
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「ラーソルを置いてきちゃって良かったの?」
「良いではないか。二人で仲良くやれば」
心配するシェラの言葉をエラゼルが一蹴する。そのやり取りを聞きつつ、後ろのディナレスは楽しそうに歩いている。
「そうですねえ。相手の方も脈ありっていうか、既に惚れてそうでしたし。私達の事なんか眼中に無いって感じでしたもんね」
「ガイザ、ラーソルを取られるかもしれない」
「だから、そういうのじゃないと……」
フォルテシアが煽ると、ガイザは慌てた様子で否定する。
「まあ、何にせよ降ってきた幸運を生かせたし、我々は常闇の森の情報収集でもしてようや」
モルアールの建設的な言葉に、皆が頷いた。
「ええと……」
二人だけにされ、話す事もなくラーソルバールは困ったように唸る。
「色々と申し訳有りませんでした」
とりあえずは失礼を詫びなければならない。そう思い、頭を下げる。
「いや……謝る事は無い」
謝罪に対し、少し困った様子を見せる。
相手も話す事に悩んでいるようなので、取っ掛かりを作らなければいけないと、覚悟を決めた。
「あの、その……実は、昨晩は仕事のためにどうやったら伯爵様にお会いできるか、という事を考えながら歩いていたんです」
「ふむ、そうしたらちょうど良いのが歩いていた訳か」
その反応にラーソルバールは苦笑する。
「本当に偶然です。伯爵様のご子息がそこに居られると分かっていたら、是が非でも避けていたと思います」
「ははは、伯爵家も嫌われたもんだ」
アシェルタートは愉快そうに笑う。ラーソルバールは、その瞳の奥に何か違うものを秘めているのではないかという気がしてならない。
「ですから昨晩、刺繍された紋章を見た時には愕然としました。結局、何があっても貴方にお会いしなければならなくなったと、分かったからです」
「僕に会うのが嫌だったという事かい?」
「そうではないのです……。我々は伯爵家とお話をさせて頂く必要があった。けれど結果として、お願いに上がるのがハンカチを持っている人間だったら、軽蔑されるに違いないと分かっていたので……」
もうひとつの理由は隠したまま。ラーソルバールはテーブルに視線を落とす。
「繋がりができたと、当然のような顔をして現れたら、或いはそう思ったかもしれない。伯爵家の力を借りようとしたり、金を目当てにやって来ても同じだ。けれど……恥ずかしながら、本音では僕は君に来て欲しかった」
「え?」
「昨晩、君の名を聞きそびれた事をずっと後悔していてね、もう会えないと思っていた……。だから、今日その人物が現れたと聞いて喜んで出迎えに行ったんだ。……全く、伯爵家の後継ぎとしてはどうかと思うよ」
アシェルタートは自嘲気味に思いを語る。その言葉の意味するところも分かる。いや、分かっていたのかもしれない。
ラーソルバールの鼓動が早くなる。それを気付かれぬよう、下を向く。
そう、ラーソルバールが抱えていた思いも同じ。この人に会いたかった。けれど、会ってしまえば、自分の気持ちに嘘がつけなくなると分かっていた。その姿に、そして触れた優しさに心を動かされたという事も。
他国の……それも、これから敵となるかもしれない国の領主の息子。もう会わずに忘れてしまえたら良かった。もう関わり合いが無い人なら良かった。
だから今は、自分を騙そう。無駄だと分かっていても。
気持ちを落ち着かせようと、目の前に置かれていたティーカップに手を伸ばす。だが、手の震えを自覚し、慌てて戻した。
「お上手ですね。私のような者で無くとも、伯爵家のご子息ならもっと出自も良く、美しい方がおられましょうに」
悟られるな、自分の心を偽っているということを。
見抜かれぬな、この表情の下にある素顔を。
触れられるな、隠している心に。
そう、私は……今の私は嘘の塊だ。告げた名さえも嘘ではないか。
瞳を閉じると、心の闇が見えた。
「良いではないか。二人で仲良くやれば」
心配するシェラの言葉をエラゼルが一蹴する。そのやり取りを聞きつつ、後ろのディナレスは楽しそうに歩いている。
「そうですねえ。相手の方も脈ありっていうか、既に惚れてそうでしたし。私達の事なんか眼中に無いって感じでしたもんね」
「ガイザ、ラーソルを取られるかもしれない」
「だから、そういうのじゃないと……」
フォルテシアが煽ると、ガイザは慌てた様子で否定する。
「まあ、何にせよ降ってきた幸運を生かせたし、我々は常闇の森の情報収集でもしてようや」
モルアールの建設的な言葉に、皆が頷いた。
「ええと……」
二人だけにされ、話す事もなくラーソルバールは困ったように唸る。
「色々と申し訳有りませんでした」
とりあえずは失礼を詫びなければならない。そう思い、頭を下げる。
「いや……謝る事は無い」
謝罪に対し、少し困った様子を見せる。
相手も話す事に悩んでいるようなので、取っ掛かりを作らなければいけないと、覚悟を決めた。
「あの、その……実は、昨晩は仕事のためにどうやったら伯爵様にお会いできるか、という事を考えながら歩いていたんです」
「ふむ、そうしたらちょうど良いのが歩いていた訳か」
その反応にラーソルバールは苦笑する。
「本当に偶然です。伯爵様のご子息がそこに居られると分かっていたら、是が非でも避けていたと思います」
「ははは、伯爵家も嫌われたもんだ」
アシェルタートは愉快そうに笑う。ラーソルバールは、その瞳の奥に何か違うものを秘めているのではないかという気がしてならない。
「ですから昨晩、刺繍された紋章を見た時には愕然としました。結局、何があっても貴方にお会いしなければならなくなったと、分かったからです」
「僕に会うのが嫌だったという事かい?」
「そうではないのです……。我々は伯爵家とお話をさせて頂く必要があった。けれど結果として、お願いに上がるのがハンカチを持っている人間だったら、軽蔑されるに違いないと分かっていたので……」
もうひとつの理由は隠したまま。ラーソルバールはテーブルに視線を落とす。
「繋がりができたと、当然のような顔をして現れたら、或いはそう思ったかもしれない。伯爵家の力を借りようとしたり、金を目当てにやって来ても同じだ。けれど……恥ずかしながら、本音では僕は君に来て欲しかった」
「え?」
「昨晩、君の名を聞きそびれた事をずっと後悔していてね、もう会えないと思っていた……。だから、今日その人物が現れたと聞いて喜んで出迎えに行ったんだ。……全く、伯爵家の後継ぎとしてはどうかと思うよ」
アシェルタートは自嘲気味に思いを語る。その言葉の意味するところも分かる。いや、分かっていたのかもしれない。
ラーソルバールの鼓動が早くなる。それを気付かれぬよう、下を向く。
そう、ラーソルバールが抱えていた思いも同じ。この人に会いたかった。けれど、会ってしまえば、自分の気持ちに嘘がつけなくなると分かっていた。その姿に、そして触れた優しさに心を動かされたという事も。
他国の……それも、これから敵となるかもしれない国の領主の息子。もう会わずに忘れてしまえたら良かった。もう関わり合いが無い人なら良かった。
だから今は、自分を騙そう。無駄だと分かっていても。
気持ちを落ち着かせようと、目の前に置かれていたティーカップに手を伸ばす。だが、手の震えを自覚し、慌てて戻した。
「お上手ですね。私のような者で無くとも、伯爵家のご子息ならもっと出自も良く、美しい方がおられましょうに」
悟られるな、自分の心を偽っているということを。
見抜かれぬな、この表情の下にある素顔を。
触れられるな、隠している心に。
そう、私は……今の私は嘘の塊だ。告げた名さえも嘘ではないか。
瞳を閉じると、心の闇が見えた。
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