聖と魔の名を持つ者 ~その娘、聖女か魔女か。剣を手にした令嬢は、やがて国家最強の守護者となる~

草沢一臨

文字の大きさ
256 / 439
第二部:第二十二章 暗き森への誘い

(一)恋に揺れる②

しおりを挟む
「ラーソルを置いてきちゃって良かったの?」
「良いではないか。二人で仲良くやれば」
 心配するシェラの言葉をエラゼルが一蹴する。そのやり取りを聞きつつ、後ろのディナレスは楽しそうに歩いている。
「そうですねえ。相手の方も脈ありっていうか、既に惚れてそうでしたし。私達の事なんか眼中に無いって感じでしたもんね」
「ガイザ、ラーソルを取られるかもしれない」
「だから、そういうのじゃないと……」
 フォルテシアが煽ると、ガイザは慌てた様子で否定する。
「まあ、何にせよ降ってきた幸運を生かせたし、我々は常闇の森の情報収集でもしてようや」
 モルアールの建設的な言葉に、皆が頷いた。

「ええと……」
 二人だけにされ、話す事もなくラーソルバールは困ったように唸る。
「色々と申し訳有りませんでした」
 とりあえずは失礼を詫びなければならない。そう思い、頭を下げる。
「いや……謝る事は無い」
 謝罪に対し、少し困った様子を見せる。
 相手も話す事に悩んでいるようなので、取っ掛かりを作らなければいけないと、覚悟を決めた。
「あの、その……実は、昨晩は仕事のためにどうやったら伯爵様にお会いできるか、という事を考えながら歩いていたんです」
「ふむ、そうしたらちょうど良いのが歩いていた訳か」
 その反応にラーソルバールは苦笑する。
「本当に偶然です。伯爵様のご子息がそこに居られると分かっていたら、是が非でも避けていたと思います」
「ははは、伯爵家も嫌われたもんだ」
 アシェルタートは愉快そうに笑う。ラーソルバールは、その瞳の奥に何か違うものを秘めているのではないかという気がしてならない。
「ですから昨晩、刺繍された紋章を見た時には愕然としました。結局、何があっても貴方にお会いしなければならなくなったと、分かったからです」
「僕に会うのが嫌だったという事かい?」
「そうではないのです……。我々は伯爵家とお話をさせて頂く必要があった。けれど結果として、お願いに上がるのがハンカチを持っている人間だったら、軽蔑されるに違いないと分かっていたので……」
 もうひとつの理由は隠したまま。ラーソルバールはテーブルに視線を落とす。
「繋がりができたと、当然のような顔をして現れたら、或いはそう思ったかもしれない。伯爵家の力を借りようとしたり、金を目当てにやって来ても同じだ。けれど……恥ずかしながら、本音では僕は君に来て欲しかった」
「え?」
「昨晩、君の名を聞きそびれた事をずっと後悔していてね、もう会えないと思っていた……。だから、今日その人物が現れたと聞いて喜んで出迎えに行ったんだ。……全く、伯爵家の後継ぎとしてはどうかと思うよ」
 アシェルタートは自嘲気味に思いを語る。その言葉の意味するところも分かる。いや、分かっていたのかもしれない。
 ラーソルバールの鼓動が早くなる。それを気付かれぬよう、下を向く。

 そう、ラーソルバールが抱えていた思いも同じ。この人に会いたかった。けれど、会ってしまえば、自分の気持ちに嘘がつけなくなると分かっていた。その姿に、そして触れた優しさに心を動かされたという事も。
 他国の……それも、これから敵となるかもしれない国の領主の息子。もう会わずに忘れてしまえたら良かった。もう関わり合いが無い人なら良かった。
 だから今は、自分を騙そう。無駄だと分かっていても。

 気持ちを落ち着かせようと、目の前に置かれていたティーカップに手を伸ばす。だが、手の震えを自覚し、慌てて戻した。
「お上手ですね。私のような者で無くとも、伯爵家のご子息ならもっと出自も良く、美しい方がおられましょうに」
 悟られるな、自分の心を偽っているということを。
 見抜かれぬな、この表情の下にある素顔を。
 触れられるな、隠している心に。
 そう、私は……今の私は嘘の塊だ。告げた名さえも嘘ではないか。
 瞳を閉じると、心の闇が見えた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ

シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。  だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。 かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。 だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。 「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。 国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。 そして、勇者は 死んだ。 ──はずだった。 十年後。 王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。 しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。 「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」 これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。 彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。

追放された悪役令嬢、農業チートと“もふもふ”で国を救い、いつの間にか騎士団長と宰相に溺愛されていました

黒崎隼人
ファンタジー
公爵令嬢のエリナは、婚約者である第一王子から「とんでもない悪役令嬢だ!」と罵られ、婚約破棄されてしまう。しかも、見知らぬ辺境の地に追放されることに。 絶望の淵に立たされたエリナだったが、彼女には誰にも知られていない秘密のスキルがあった。それは、植物を育て、その成長を何倍にも加速させる規格外の「農業チート」! 畑を耕し、作物を育て始めたエリナの周りには、なぜか不思議な生き物たちが集まってきて……。もふもふな魔物たちに囲まれ、マイペースに農業に勤しむエリナ。 はじめは彼女を蔑んでいた辺境の人々も、彼女が作る美味しくて不思議な作物に魅了されていく。そして、彼女を追放したはずの元婚約者や、彼女の力を狙う者たちも現れて……。 これは、追放された悪役令嬢が、農業の力と少しのもふもふに助けられ、世界の常識をひっくり返していく、痛快でハートフルな成り上がりストーリー!

金喰い虫ですって!? 婚約破棄&追放された用済み聖女は、実は妖精の愛し子でした ~田舎に帰って妖精さんたちと幸せに暮らします~

アトハ
ファンタジー
「貴様はもう用済みだ。『聖女』などという迷信に踊らされて大損だった。どこへでも行くが良い」  突然の宣告で、国外追放。国のため、必死で毎日祈りを捧げたのに、その仕打ちはあんまりでではありませんか!  魔法技術が進んだ今、妖精への祈りという不確かな力を行使する聖女は国にとっての『金喰い虫』とのことですが。 「これから大災厄が来るのにね~」 「ばかな国だね~。自ら聖女様を手放そうなんて~」  妖精の声が聞こえる私は、知っています。  この国には、間もなく前代未聞の災厄が訪れるということを。  もう国のことなんて知りません。  追放したのはそっちです!  故郷に戻ってゆっくりさせてもらいますからね! ※ 他の小説サイト様にも投稿しています

『悪役』のイメージが違うことで起きた悲しい事故

ラララキヲ
ファンタジー
 ある男爵が手を出していたメイドが密かに娘を産んでいた。それを知った男爵は平民として生きていた娘を探し出して養子とした。  娘の名前はルーニー。  とても可愛い外見をしていた。  彼女は人を惹き付ける特別な外見をしていたが、特別なのはそれだけではなかった。  彼女は前世の記憶を持っていたのだ。  そして彼女はこの世界が前世で遊んだ乙女ゲームが舞台なのだと気付く。  格好良い攻略対象たちに意地悪な悪役令嬢。  しかしその悪役令嬢がどうもおかしい。何もしてこないどころか性格さえも設定と違うようだ。  乙女ゲームのヒロインであるルーニーは腹を立てた。  “悪役令嬢が悪役をちゃんとしないからゲームのストーリーが進まないじゃない!”と。  怒ったルーニーは悪役令嬢を責める。  そして物語は動き出した…………── ※!!※細かい描写などはありませんが女性が酷い目に遭った展開となるので嫌な方はお気をつけ下さい。 ※!!※『子供が絵本のシンデレラ読んでと頼んだらヤバイ方のシンデレラを読まれた』みたいな話です。 ◇テンプレ乙女ゲームの世界。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇なろうにも上げる予定です。

無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……

タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。

白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます

時岡継美
ファンタジー
 初夜に旦那様から「白い結婚」を言い渡され、お飾り妻としての生活が始まったヴィクトリアのライフワークはなんとダンジョンの攻略だった。  侯爵夫人として最低限の仕事をする傍ら、旦那様にも使用人たちにも内緒でダンジョンのラスボス戦に向けて準備を進めている。  しかし実は旦那様にも何やら秘密があるようで……?  他サイトでは「お飾り妻の趣味はダンジョン攻略です」のタイトルで公開している作品を加筆修正しております。  誤字脱字報告ありがとうございます!

【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~

いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。 地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。 「――もう、草とだけ暮らせればいい」 絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。 やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる―― 「あなたの薬に、国を救ってほしい」 導かれるように再び王都へと向かうレイナ。 医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。 薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える―― これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

異世界召喚されたけどスキルが地味だったので、現代知識とアイテムボックスで絶品料理を作ったら大商会になっちゃいました

黒崎隼人
ファンタジー
手違いで剣も魔法もない異世界に召喚された、しがない日本のサラリーマン、湊カイリ。 彼に与えられたのは、無限に物が入る【アイテムボックス】と、物の名前が分かる【鑑定】という、あまりにも地味な二つのスキルだけだった。 戦闘能力は皆無。途方に暮れるカイリだったが、異世界の食事が絶望的に不味いことを知り、大きなチャンスに気づく。 現代日本の「当たり前」の知識は、この世界ではとんでもない「宝」なのだと! 「醤油?味噌?そんなものがあれば、この世界の食文化はひっくり返るぞ!」 ひょんなことから出会った没落貴族の美少女・リリアナと共に、カイリは現代知識と地味スキルを駆使して屋台から商売をスタート。 絶品料理で人々の胃袋を掴み、さらには便利な生活用品を次々と発明していく。 伝説の神獣の幼体「フェン」やドワーフの鍛冶師など、頼れる仲間たちも加わり、彼らが立ち上げた「サンライズ商会」は瞬く間に大躍進! 迫り来る悪徳商会や腐敗した貴族の妨害も、現代のマーケティング術と知恵で痛快に打ち破る! これは、平凡なサラリーマンが異世界の常識を覆し、食と生活に革命を起こして一代で大商会を築き上げる、痛快成り上がりファンタジー! 美味しい料理と、もふもふな相棒、そして仲間との絆。 人生、逆転できないことなんて何もない!

処理中です...