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第二部:第二十六章 価値
(四)絆のしるし③
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軍務省での用事は、結果の伝達と褒賞の受け渡し、そして最後は今後の国内治安に対する支援要請だった。それらを終えると大臣に敬礼して部屋から出る。職員にゆっくりしていけと言われたものの、居心地の悪さもあって断りを入れ、そそくさと軍務省を後にした。
せっかく集まったし、次に揃うのはいつになるか分からないからと、全員で揃って近くの食堂に入る。しばし歓談し、仲間だけの和やかな昼食を終えると、それぞれが帰路につく事になった。
「私は今日はこのまま実家に帰るね。親に報告しないといけないし」
「無事に帰ってきたんだし、顔を出さないといけないもんね」
「うん」
シェラに応えると、ラーソルバールは手を振り仲間の輪からひとり外れる。
「私も自宅に帰るから、そちらだな。皆さん、また後日……」
手を振るラーソルバールに、エラゼルが駆け寄ってきた。風を孕んで美しい金髪がふわりと揺れ、陽の光できらきらと輝く。それが彼女の秀麗な顔立ちと相まって、神秘的にさえも見える。
「エラゼルはやっぱりずるいわ」
ラーソルバールは苦笑した。
この全てが芸術品のような友が、社交界で踊ってくださいと手を差し出せば、公爵家という肩書きに多少尻込みしたとしても、断る者など誰も居ないだろう。
「何の話だ?」
言われた本人は訳が分からず、首を傾げる。
「うん、私の宿敵だ」
「だから、何の話だと言っている」
「何でもないです」
悪戯っぽく微笑むラーソルバールの頬を、エラゼルは軽くつまんで引っ張る。答えをはぐらかす友に、小さな仕返しを成し遂げると、満足したように手を離した。
「生涯、宿敵で居てやるので、そのつもりでいるのだぞ」
エラゼルは隣を歩く友に向かって、したり顔で言った。
「生涯かぁ……長いなあ。多分、私の方が先に死ぬよ?」
「追いかける相手に先に死なれては、私が困る。私が死んでからにしてくれ」
二人は冗談を言い合うと、同時に吹き出して笑った。
「ただいま!」
と言ったものの、家の中からの反応は無い。
鍵がかかっていたのだから、父は出仕しているに違いないのだが、久々の自宅が少し懐かしく感じて、思わず口にしてしまったのだった。
誰も居ない居間を抜けると台所に入り、エラゼルと別れたあとに買ってきた食材を取り出すと、袖を捲くって夕食の支度に取り掛かる。
寮に居る間は炊事する機会はほとんど無いのだが、騎士学校入学前にはそこそこ作っていた。最初は家事の手伝いで来ているマーサの補助で、一品作る程度だったが、入学直前にはそれなりの品数を作れるようになっていた。
おかげで今回の旅で料理をする際に、その腕前は役立った。エラゼルやシェラとガイザいった貴族の子女に、料理の技術があるはずもなく、野営の際にはフォルテシアとディナレスと共に、調理を担当することになったのは言うまでも無い。
辛かったけれど、楽しかった日を思い出しながら、料理を続けた。
調理を終えてゆっくりしていたら、いつのまにか夕方になっていた。食卓の椅子に腰掛けてうとうとしていた所に、玄関の扉を開けて誰かが入ってきた。
「旦那様、いらっしゃるんですか?」
久しぶりに聞く、だが聞き慣れた声だった。
「マーサさん!」
眠気が一気に醒め、玄関へと走る。そして、声に驚いたようにしていた中年の女性に飛びついた。
「あらまあ、ラーソルお嬢様。お久しぶりですねえ」
ラーソルバールの頭を撫でながら、嬉しそうにマーサは微笑んだ。
「今日はどうしたんですか? 学校はお休みなんですか?」
「うん、今日はお休みで、色々と報告もあって帰ってきたの。晩御飯の支度もしちゃったから、マーサさんはゆっくりしていって」
マーサの手を引いて、椅子に座らせる。そしてお茶を飲みながらマーサに学校の話をしていると夢中になり、いつの間にか日は落ち街を暗闇が包み込んでいた。
しばらくしてようやく父、クレストが帰って来た。
マーサはクレストに挨拶を済ませると「お嬢様、またね」と言い残し、家へと走って帰っていった。
その夜、ラーソルバールは自作の料理を前に旅の話をし、父から王子の剣術指南の話を聞き、ふたりで楽しい夕食の時間を過ごした。最後に「明日、デラネトゥス家に行ってくる」と伝えた時に、父は「またか」と苦笑したものの、娘の笑顔を見て成長を喜ぶような優しい微笑みを向けた。
せっかく集まったし、次に揃うのはいつになるか分からないからと、全員で揃って近くの食堂に入る。しばし歓談し、仲間だけの和やかな昼食を終えると、それぞれが帰路につく事になった。
「私は今日はこのまま実家に帰るね。親に報告しないといけないし」
「無事に帰ってきたんだし、顔を出さないといけないもんね」
「うん」
シェラに応えると、ラーソルバールは手を振り仲間の輪からひとり外れる。
「私も自宅に帰るから、そちらだな。皆さん、また後日……」
手を振るラーソルバールに、エラゼルが駆け寄ってきた。風を孕んで美しい金髪がふわりと揺れ、陽の光できらきらと輝く。それが彼女の秀麗な顔立ちと相まって、神秘的にさえも見える。
「エラゼルはやっぱりずるいわ」
ラーソルバールは苦笑した。
この全てが芸術品のような友が、社交界で踊ってくださいと手を差し出せば、公爵家という肩書きに多少尻込みしたとしても、断る者など誰も居ないだろう。
「何の話だ?」
言われた本人は訳が分からず、首を傾げる。
「うん、私の宿敵だ」
「だから、何の話だと言っている」
「何でもないです」
悪戯っぽく微笑むラーソルバールの頬を、エラゼルは軽くつまんで引っ張る。答えをはぐらかす友に、小さな仕返しを成し遂げると、満足したように手を離した。
「生涯、宿敵で居てやるので、そのつもりでいるのだぞ」
エラゼルは隣を歩く友に向かって、したり顔で言った。
「生涯かぁ……長いなあ。多分、私の方が先に死ぬよ?」
「追いかける相手に先に死なれては、私が困る。私が死んでからにしてくれ」
二人は冗談を言い合うと、同時に吹き出して笑った。
「ただいま!」
と言ったものの、家の中からの反応は無い。
鍵がかかっていたのだから、父は出仕しているに違いないのだが、久々の自宅が少し懐かしく感じて、思わず口にしてしまったのだった。
誰も居ない居間を抜けると台所に入り、エラゼルと別れたあとに買ってきた食材を取り出すと、袖を捲くって夕食の支度に取り掛かる。
寮に居る間は炊事する機会はほとんど無いのだが、騎士学校入学前にはそこそこ作っていた。最初は家事の手伝いで来ているマーサの補助で、一品作る程度だったが、入学直前にはそれなりの品数を作れるようになっていた。
おかげで今回の旅で料理をする際に、その腕前は役立った。エラゼルやシェラとガイザいった貴族の子女に、料理の技術があるはずもなく、野営の際にはフォルテシアとディナレスと共に、調理を担当することになったのは言うまでも無い。
辛かったけれど、楽しかった日を思い出しながら、料理を続けた。
調理を終えてゆっくりしていたら、いつのまにか夕方になっていた。食卓の椅子に腰掛けてうとうとしていた所に、玄関の扉を開けて誰かが入ってきた。
「旦那様、いらっしゃるんですか?」
久しぶりに聞く、だが聞き慣れた声だった。
「マーサさん!」
眠気が一気に醒め、玄関へと走る。そして、声に驚いたようにしていた中年の女性に飛びついた。
「あらまあ、ラーソルお嬢様。お久しぶりですねえ」
ラーソルバールの頭を撫でながら、嬉しそうにマーサは微笑んだ。
「今日はどうしたんですか? 学校はお休みなんですか?」
「うん、今日はお休みで、色々と報告もあって帰ってきたの。晩御飯の支度もしちゃったから、マーサさんはゆっくりしていって」
マーサの手を引いて、椅子に座らせる。そしてお茶を飲みながらマーサに学校の話をしていると夢中になり、いつの間にか日は落ち街を暗闇が包み込んでいた。
しばらくしてようやく父、クレストが帰って来た。
マーサはクレストに挨拶を済ませると「お嬢様、またね」と言い残し、家へと走って帰っていった。
その夜、ラーソルバールは自作の料理を前に旅の話をし、父から王子の剣術指南の話を聞き、ふたりで楽しい夕食の時間を過ごした。最後に「明日、デラネトゥス家に行ってくる」と伝えた時に、父は「またか」と苦笑したものの、娘の笑顔を見て成長を喜ぶような優しい微笑みを向けた。
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