聖と魔の名を持つ者 ~その娘、聖女か魔女か。剣を手にした令嬢は、やがて国家最強の守護者となる~

草沢一臨

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第二部:第三十章 運命と時は流れるままに

(一)ルクスフォール家の客③

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 部屋を出てから、来客に会うことが無いかというラーソルバールの心配を余所に、エシェスは気にせず邸内を堂々と歩いてみせる。幸いルクスフォール家の使用人とすれ違った程度で、客の誰とも会うことは無く、二人は玄関までたどり着くことができた。
 剣を受け取ると、侍女も含めて三人で表へ出る。
「外出はどなたかに伝えられたのですか?」
「ええ、マスティオに伝えてきましたわ」
 会話をしつつ外に出て周囲を見渡すと、日陰に駐められた豪奢な馬車が目に入った。ルクスフォール家の物ではない。
(ドグランジェ将軍の馬車……?)
 凝視をすれば侍女に怪しまれるので、ちらりと見るに留めたが、馬車の近くには誰も居ないことは確認できた。
「では、まずケーキを買いに出かけましょう!」
「随分とはっきりした目的ですね……」
「家の料理人の味に少々飽き気味なので、変化が欲しいんです。新しいのも取り入れてもらいたいのです。それと、料理人も自分の店を持ちたいと言って辞める事がありますが、そういう人達にも新しいものを学んで先に繋げて貰えればと思っています……というのは後付の理由です」
 人差し指を立てつつ力説するエシェスの話を黙って聞いていたが、最後の正直な一言で、思わず吹き出して笑ってしまったラーソルバールだった。

 幾つかの菓子店を見て回り、ようやく気に入ったケーキを見つけると、エシェスは満面の笑顔を浮かべた。
「帰りましょう!」
 ケーキを侍女に持たせ、本人の足取りは軽い。
 護衛と言われた割には、表通りは治安が良いのか、特に危険がありそうには見えない。ラーソルバールは隣を歩く妹のような存在を行動を微笑ましく見守っていた。
「ルシェ様!」
 呼び止められて視線を向けると、そこに居たのは一人の娘だった。
 ルシェという名を呼ぶからには、帝国で会った人物に違いない。記憶の糸を手繰り寄せると、その娘の顔にはやや似た人物を思い出した。以前の痩せた容貌から健康的になるとこの姿になるのだろう。
「ああ、エシェス様もいらっしゃる」
 娘は嬉しそうに声を弾ませると、深々と頭を下げた。
「お久しぶりです、メロアさんでしたか」
「ルシェ様に名前を覚えていて頂いたなんて光栄です!」
 その反応で確信した。間違いない、盗賊の住処より救い出した虜囚の一人だと。
「あれより、この街に根を下ろし、今は幸せに暮らしております。ルシェ様達と、ルクスフォール伯爵家のおかげでございます」
「私は伯爵様のご指示のもとに動いてただけなので、感謝するならエシェス様や、アシェルタート様にしてください」
 そう言って一歩下がり、エシェスの後ろに控える。と、その時石畳を鳴らして馬車が走ってくる音が聞こえ、ラーソルバールは反射的に振り向いた。
「メロアさん一歩こちらへ」
 馬車の妨げにならないよう、娘を誘導する。

 次第に大きくなる音と共に、豪奢な馬車と騎兵が近づいてきた。
(先程の馬車……)
 間違いなく、ルクスフォール家で見かけた馬車だった。
「お客様がお帰りのようですね」
「そうですね」
 エシェスの答えを聞き流しつつ、ラーソルバールは馬車の窓を凝視する。通り過ぎる瞬間、壮年の男性がちらりと見えた。
(あれがドグランジェ将軍か……)
 去ってゆく馬車を視線で追う。これが、将来戦場で相見えることになる敵将を、最初に見た瞬間となることを、ラーソルバールはまだ知らない。
「ルシェ様、どうかされましたか?」
 侍女が訝しげに尋ねたので、ラーソルバールははっとして振り返る。
「いえ、すみません、何でもないです……。お客様がお帰りになったのであれば、私達も早く戻らないと」
「そうですわね!」
 エシェスは思い出したように言うと、メロアとの会話を少し楽しんだ後、邸宅へと足を向けた。
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