聖と魔の名を持つ者 ~その娘、聖女か魔女か。剣を手にした令嬢は、やがて国家最強の守護者となる~

草沢一臨

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第二部:第三十章 運命と時は流れるままに

(二)ラーソルバールの贈り物②

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 帰国当日、ラーソルバールはこっそりと指輪をつけて別れの場に現れた。
 軍務省で貰ったものとは別の指輪。それはアシェルタートから贈られた品。
 この指輪をはめるまで、ラーソルバールは自室でかなり逡巡し、部屋の中をうろうろと歩き回り、シェラに見咎められるまでそれは続いた。
 この指輪をしてアシェルタートに会うという事にまだ迷いが有った。
 感情と、理性とがせめぎ合い、その答えは未だに出ていない。その迷いの一端は、アシェルタートに贈った品にも表れている。
 腕輪の裏側、その分かり難い場所に、次のように小さく文字を刻んでもらっている。
『貴方の人生が幸福に満ちたものでありますように』
 ただアシェルタートの幸福を願う言葉。自分という存在が傍らに居なくても構わない、という恋愛感情を抜き去ったかのような表現は、ラーソルバールの苦悩の証である。
 アシェルタートがその文字に気付いたかどうか、ラーソルバールには分からない。気付いた時に彼はどう思うだろうか、そう考えた瞬間、胸がチクリと痛んだ。

 結局、指輪に関してはシェラが「貰ったなら着けなさい」と言い切ったので、観念したという経緯がある。
 その指輪に気付いたように、アシェルタートはホッとしたような表情をし、伯爵夫人は優しげな笑みを浮かべた。
「お世話になりました。楽しい日々を過ごさせていただき感謝しております」
 シェラが代表して感謝の言葉を伝える。
「ああ、また来て欲しい」
「いやいや、俺達はタダ飯を食わせて貰っているだけだから、非常に申し訳なくて。何なら代金代わりに一人置いていくが」
 アシェルタートの言葉に、ガイザが笑いながらラーソルバールに視線を送る。
「な……? いやいや、私も帰るよ!」
 視線に気付いたラーソルバールは、赤くなって慌てて否定する。
 それを見て、少し寂しげな笑みを浮かべるアシェルタート。その腕には腕輪があるのか、日焼け対策の長めの袖が邪魔をして良く見えない。
「では、失礼します」
 シェラはゆっくりと頭を下げた。その別れ際、前回と同じようにエシェスが駄々をこねたのは言うまでも無い。

 遠ざかる伯爵家の人々を見つめ、大きく手を振る。
 大きく腕を振り返すアシェルタートの手首に、腕輪が光るのが確かに見えた。
「また、ここに来られるかな……」
 戦争の影が忍び寄る街で寂寥感に駆られ、ラーソルバールは小さく呟く。その声が聞こえたのか、シェラは慰めるように背中を軽く叩いた。
「何を悩んでいるの。秋、来年の春、まだまだ機会はあると思うよ」
「ん、そうだね。とりあえずエラゼルにお土産を買って帰らないと!」
 ラーソルバールの言葉が、空元気だとシェラには分かっている。そして自らの言葉とは逆に、この街を訪れる機会はもう無いのかもしれないという予感がしていた。

 エラゼル向けの菓子を女性四人で選び、フォルテシアが決定した。
「モル。これ、状態保存できる魔法ある?」
「ん、小さな結界みたいな物を作るようなもんになるな」
「便利……」
 モルと名前を略された事に気付いていたのか、気付いていなかったのか。フォルテシアが手にした菓子をモルアールはまじまじと見つめる。
「何とかなりそうだ。向こうに着いたら俺がその結界を解く事になるけどいいか?」
「ん、問題ない。お金払ってくる」
 フォルテシアの口数が多くなったとはいえ、学校ではガイザ以外の男子生徒と話すことはほぼ無い。
 旅の仲間として、モルアールとの信頼関係が有るのだろう。シェラはその姿を見て、少しだけ嬉しく思いつつも、他の人々にも同じように少しだけでも心を開けば良いのに、と老婆心が頭をもたげていた。
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