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第三部:第三十六章 ラーソルバールという存在
(二)灰色の悪魔②
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首から上を失った馬は、前のめりになるように崩れる。
モンセントの次の挙動を見る余裕もなく、ラーソルバールは落馬に備えて鐙から足を外し、馬が倒れる勢いを少しだけ活用して前方に飛び退く。
何とか足から着地したものの、ラーソルバールは勢いを殺しきれずに三回ほど地面を転がった。
それを見ていたのか、ギリューネクが押し止めていた一騎が、好機とばかりにラーソルバールに襲いかかる。
「しまっ……!」
ギリューネクも追いかけようとしたが、もう一騎が立ちふさがり、反応が遅れた。
立ち上がる余裕さえもない状況に、頭上から剣が振り下ろされたが、ラーソルバールは剣を掲げ、何とかその攻撃を凌ぎきった。
そのまま通り過ぎるように駆けたレンドバール兵は、再度攻撃しようと馬首を返した瞬間、どこからか飛んできた小剣に首を貫かれ、馬に身体を預けるように崩れ落ちた。
自らの腕を見やったモンセントは顔を歪めた。
「何と言う失態か!」
腕を切断された痛みすらも感じないのか、モンセントは憤怒の形相を浮かべ、ラーソルバールを睨み付けた。
左手で腰から小剣を抜き、自ら馬を捨て地面に飛び降りると、獲物を狙うようにゆっくりと歩み寄る。警戒するようにラーソルバールも立ち上がって剣を構えると、息を切らしながら敵の動向を見据える。
ラーソルバールの反応を見たモンセントは、右腕から血を滴らせながら狂気に満ちたような笑顔を浮かべた。
小剣を口に咥えると、落ちていた自らの右腕から剣を抜き取り、感触を確かめるように大きく一振りする。
「ン……」
納得したように一声漏らすと咥えていた小剣を放し、落下するところを左手の剣で弾き飛ばした。その小剣は狙い済ましたようにラーソルバール目掛けて飛び、モンセントはそれを追うように地を蹴った。
飛んできた小剣を避けるように、ラーソルバールは左腕の固定盾を構える。下手に動けば、ほぼ同時に襲い掛かるモンセントの剣に対応できないと判断したからだ。
「ヌオォォォ!」
地を揺さぶるような声を上げ、捨て身のようなモンセント渾身の一撃が襲い掛かる。ラーソルバールは後ろに飛び退いて避けようとしたのだが……。
(違う!)
モンセントの狙いは剣での攻撃だけではなく、巨躯を活用した体当たりだ。そう判断し、慌てて身を屈めたままモンセントの右に飛び退いた。
直後に、ドスッという鈍い音がラーソルバールの背後から響く。利き腕ではなかったからだろう、力任せで制御しきれなかった剣は地面を深く抉っていた。
仕留め損ねた獲物の行方を追おうと、モンセントが視線を動かそうとした瞬間だった。
「ぐあっ!」
苦悶の表情を浮かべ、モンセントは激痛が走った右脇腹に視線を向ける。
体当たりを企図して前のめりになった隙だらけの脇腹には、ラーソルバールの剣が深々と突き立てられていた。狙ったかのように鎧の隙間を抜け、その切っ先は斜め上を向き、いくつもの内臓を貫いていた。
身を守る事に必死で、ラーソルバールとしても手加減は出来なかったのだ。
「見事……だ……小さき騎士よ……」
吐血しつつ、モンセントは笑った。
「戦場で散るのに……後悔は……ない……。最後に……良い相手と……戦えた……」
剣を引き抜くと、モンセントの巨躯がぐらりと揺れ、片膝を落とした。
大量に吐血しているが、手当てが早ければ助かるかもしれない。そう思った瞬間だった。
突如、モンセントは地に刺さっていた剣を力任せに引き抜いた。慌てて身構えたラーソルバールに向かって、モンセントはニヤリと笑みを浮かべる。
「どうせ助からん……。我が首を……持って行け……」
そう言い残し、剣を振るって自らの首を切り落とした。
血潮と共に、ゴロリと音を立てて頭部が転がり落ちると、残された巨躯はゆっくりと傾き、そして僅かな金属音を立てて地に伏した。
「え……?」
目の前で起きた事が理解できずにラーソルバールは呆然とする。
何をやっているのか、何故自刃する必要があるのか。
気が付けば、目からは涙が溢れていた。
「ほら、その首をアタシに寄こしな」
背後からゆっくりと馬蹄音が響き、その馬上から手が差し伸べられた。
「ジャハネート様……。私は……」
手が震え、声が震えた。
「これが戦場だよ。時にはこういう奴もいる。アンタも奴の馬に乗ってさっさと引き揚げるよ、ほら」
モンセントの馬を捕まえてきたのだろう。掴んでいた手綱をラーソルバールに向ける。
「あ……はい……」
「早くしろ!」
ギリューネクの声が聞こえた。
彼もまた、戦っていた相手を倒したのだろう。苛立つ様子を見せながらも、ラーソルバールに馬を寄せた。
後方では、展開した殿部隊が後退を始めており、残っている時間は少なかった。
モンセントの次の挙動を見る余裕もなく、ラーソルバールは落馬に備えて鐙から足を外し、馬が倒れる勢いを少しだけ活用して前方に飛び退く。
何とか足から着地したものの、ラーソルバールは勢いを殺しきれずに三回ほど地面を転がった。
それを見ていたのか、ギリューネクが押し止めていた一騎が、好機とばかりにラーソルバールに襲いかかる。
「しまっ……!」
ギリューネクも追いかけようとしたが、もう一騎が立ちふさがり、反応が遅れた。
立ち上がる余裕さえもない状況に、頭上から剣が振り下ろされたが、ラーソルバールは剣を掲げ、何とかその攻撃を凌ぎきった。
そのまま通り過ぎるように駆けたレンドバール兵は、再度攻撃しようと馬首を返した瞬間、どこからか飛んできた小剣に首を貫かれ、馬に身体を預けるように崩れ落ちた。
自らの腕を見やったモンセントは顔を歪めた。
「何と言う失態か!」
腕を切断された痛みすらも感じないのか、モンセントは憤怒の形相を浮かべ、ラーソルバールを睨み付けた。
左手で腰から小剣を抜き、自ら馬を捨て地面に飛び降りると、獲物を狙うようにゆっくりと歩み寄る。警戒するようにラーソルバールも立ち上がって剣を構えると、息を切らしながら敵の動向を見据える。
ラーソルバールの反応を見たモンセントは、右腕から血を滴らせながら狂気に満ちたような笑顔を浮かべた。
小剣を口に咥えると、落ちていた自らの右腕から剣を抜き取り、感触を確かめるように大きく一振りする。
「ン……」
納得したように一声漏らすと咥えていた小剣を放し、落下するところを左手の剣で弾き飛ばした。その小剣は狙い済ましたようにラーソルバール目掛けて飛び、モンセントはそれを追うように地を蹴った。
飛んできた小剣を避けるように、ラーソルバールは左腕の固定盾を構える。下手に動けば、ほぼ同時に襲い掛かるモンセントの剣に対応できないと判断したからだ。
「ヌオォォォ!」
地を揺さぶるような声を上げ、捨て身のようなモンセント渾身の一撃が襲い掛かる。ラーソルバールは後ろに飛び退いて避けようとしたのだが……。
(違う!)
モンセントの狙いは剣での攻撃だけではなく、巨躯を活用した体当たりだ。そう判断し、慌てて身を屈めたままモンセントの右に飛び退いた。
直後に、ドスッという鈍い音がラーソルバールの背後から響く。利き腕ではなかったからだろう、力任せで制御しきれなかった剣は地面を深く抉っていた。
仕留め損ねた獲物の行方を追おうと、モンセントが視線を動かそうとした瞬間だった。
「ぐあっ!」
苦悶の表情を浮かべ、モンセントは激痛が走った右脇腹に視線を向ける。
体当たりを企図して前のめりになった隙だらけの脇腹には、ラーソルバールの剣が深々と突き立てられていた。狙ったかのように鎧の隙間を抜け、その切っ先は斜め上を向き、いくつもの内臓を貫いていた。
身を守る事に必死で、ラーソルバールとしても手加減は出来なかったのだ。
「見事……だ……小さき騎士よ……」
吐血しつつ、モンセントは笑った。
「戦場で散るのに……後悔は……ない……。最後に……良い相手と……戦えた……」
剣を引き抜くと、モンセントの巨躯がぐらりと揺れ、片膝を落とした。
大量に吐血しているが、手当てが早ければ助かるかもしれない。そう思った瞬間だった。
突如、モンセントは地に刺さっていた剣を力任せに引き抜いた。慌てて身構えたラーソルバールに向かって、モンセントはニヤリと笑みを浮かべる。
「どうせ助からん……。我が首を……持って行け……」
そう言い残し、剣を振るって自らの首を切り落とした。
血潮と共に、ゴロリと音を立てて頭部が転がり落ちると、残された巨躯はゆっくりと傾き、そして僅かな金属音を立てて地に伏した。
「え……?」
目の前で起きた事が理解できずにラーソルバールは呆然とする。
何をやっているのか、何故自刃する必要があるのか。
気が付けば、目からは涙が溢れていた。
「ほら、その首をアタシに寄こしな」
背後からゆっくりと馬蹄音が響き、その馬上から手が差し伸べられた。
「ジャハネート様……。私は……」
手が震え、声が震えた。
「これが戦場だよ。時にはこういう奴もいる。アンタも奴の馬に乗ってさっさと引き揚げるよ、ほら」
モンセントの馬を捕まえてきたのだろう。掴んでいた手綱をラーソルバールに向ける。
「あ……はい……」
「早くしろ!」
ギリューネクの声が聞こえた。
彼もまた、戦っていた相手を倒したのだろう。苛立つ様子を見せながらも、ラーソルバールに馬を寄せた。
後方では、展開した殿部隊が後退を始めており、残っている時間は少なかった。
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