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「それで、お話とはなんでしょう」
自室の扉が閉まるなり、ミアは口を開いた。話の内容も、もちろん気になるが、コーリーと二人きりの空間に、早くも息が詰まりそうだったから。
コーリーが笑みを浮かべながら、ミアから一歩、離れた。
「せっかちですねえ。でも、あたしも早くすませてお兄様のところに行きたいので、さっそく、はじめましょうか」
コーリーは、風邪で学園を休んだ日の、ルソー伯爵とのやり取りを語りはじめた。
♢♢♢♢♢
目を覚ますと、兄のエディは居ず。代わりにいたのは、父親だった。コーリーが、しくしくと泣き出す。
「……お兄様、ひどいです。あたしを置いていくなんて」
寝台に横になりながら嘆くコーリーに、ルソー伯爵は「コーリーは、随分とエディが気に入りだな」と苦笑した。
「だって、お兄様は誰よりかっこよくて、優しくて、あたしの理想そのものなんですもの」
「エディより容姿がよくて、優しい令息はたくさんいるさ」
「いいえ。お兄様よりかっこよくて優しい人なんて、いません」
「……コーリー。私は、大切なお前に見合う男を、これまで何人も紹介してきた。けれどお前は、すべて拒んできたね。学園に通えば、好いた相手もいずれできるだろうと考えていたが──」
「お兄様以上に素敵な方は、いません」
きっぱりとした答えに、ルソー伯爵は、大きくため息をついた。
「……そんなに、エディが好きか」
「はい。あたしは、お兄様と一緒になれるなら、なにを犠牲にしたってかまいません」
「……エディは、お前の兄だぞ」
「わかっています。でも、この気持ちは止められないのです」
コーリーはそれから、ぽろぽろと涙を流しはじめた。
「……あたしだって、苦しいのです。だって、どれほどあたしがお兄様を想っても、お兄様とは一緒になれない。どれほどあの女との仲を邪魔しても、空しいだけ。あたしは、この世の誰より、不幸なんです」
しゃくりあげ、コーリーが吐露する。ああ、コーリー。ルソー伯爵が、コーリーの手を握った。
「なんと健気なんだ、お前は……」
「お父様、お父様。あたし、誰とも交際はしません。お兄様と一緒に居られないのなら、修道院で、一生を過ごします」
「……っ、そこまで」
ルソー伯爵はうつむき、そして、覚悟を決めたように面を上げた。
「──エディは、お前の実の兄ではない」
コーリーは、大きく、大きく目を瞠った。
「……どういう、ことですか?」
「亡くなった、私の弟の子どもだ。つまりエディは、お前の従兄弟になる」
コーリーは上半身を起こし、父であるルソー伯爵をじっと見詰めた。この国では、従兄弟との結婚は、法律で認められている。
「お前はまだ、二歳だったからな。エディが養子に来た日のことは、覚えていないだろう」
どうして今まで教えてくれなかったのですか。そんな怒りも頭の片隅に過りはした。でも、それ以上に、コーリーの心は舞い踊っていた。
それはまるで、神が与えてくれた奇跡のようにも想えた。
「……お、お父様……あたし、あたしは……っ」
「待ちなさい。エディには、ミアという婚約者がいる。それは理解しているね?」
「ええ、ええ。でも、お兄様が従兄弟だというのなら、話は別です」
「──と、言うと?」
「お兄様はいつも、ミア・ジェンキンスより、あたしを優先してくれます。それは、誰よりあたしを愛してくれている証拠だと思いませんか?」
「……だとしても、だ。貴族の婚約は、本人同士だけの問題ではない。信用にもかかわる。身勝手な理由で、婚約を解消するわけにはいかない」
するとコーリーは「あたしが、ミア・ジェンキンスを説得してみせます!」と声を荒げた。
「あの女は、お兄様が自分より、あたしを愛していることを理解しています。そしてあたしがお兄様を愛していることも。もしあたしとお兄様が結婚できると知れば、心ある人間ならば、きっと、自ら身を引くはずです」
真剣な双眸に、ルソー伯爵が、重い口を開く。
「……ジェンキンス伯爵の反感を買うことは、許されない。それは、承知しているか?」
「はい。お父様、あたしを信じてください。きっと、なにもかもうまくいきます」
「……そんなに、エディがよいか」
確かめるように、ルソー伯爵はもう一度、問うた。コーリーの答えは、むろん変わらない。
「お父様。あたしの幸せを思うのなら、どうか、お兄様と結婚させてください」
ルソー伯爵は頭を抱え、しばらく経ってから、わかったと、覚悟を決めたように、こう告げた。
「ミア・ジェンキンスが、エディとの婚約解消に応じれば、それを認めよう」
自室の扉が閉まるなり、ミアは口を開いた。話の内容も、もちろん気になるが、コーリーと二人きりの空間に、早くも息が詰まりそうだったから。
コーリーが笑みを浮かべながら、ミアから一歩、離れた。
「せっかちですねえ。でも、あたしも早くすませてお兄様のところに行きたいので、さっそく、はじめましょうか」
コーリーは、風邪で学園を休んだ日の、ルソー伯爵とのやり取りを語りはじめた。
♢♢♢♢♢
目を覚ますと、兄のエディは居ず。代わりにいたのは、父親だった。コーリーが、しくしくと泣き出す。
「……お兄様、ひどいです。あたしを置いていくなんて」
寝台に横になりながら嘆くコーリーに、ルソー伯爵は「コーリーは、随分とエディが気に入りだな」と苦笑した。
「だって、お兄様は誰よりかっこよくて、優しくて、あたしの理想そのものなんですもの」
「エディより容姿がよくて、優しい令息はたくさんいるさ」
「いいえ。お兄様よりかっこよくて優しい人なんて、いません」
「……コーリー。私は、大切なお前に見合う男を、これまで何人も紹介してきた。けれどお前は、すべて拒んできたね。学園に通えば、好いた相手もいずれできるだろうと考えていたが──」
「お兄様以上に素敵な方は、いません」
きっぱりとした答えに、ルソー伯爵は、大きくため息をついた。
「……そんなに、エディが好きか」
「はい。あたしは、お兄様と一緒になれるなら、なにを犠牲にしたってかまいません」
「……エディは、お前の兄だぞ」
「わかっています。でも、この気持ちは止められないのです」
コーリーはそれから、ぽろぽろと涙を流しはじめた。
「……あたしだって、苦しいのです。だって、どれほどあたしがお兄様を想っても、お兄様とは一緒になれない。どれほどあの女との仲を邪魔しても、空しいだけ。あたしは、この世の誰より、不幸なんです」
しゃくりあげ、コーリーが吐露する。ああ、コーリー。ルソー伯爵が、コーリーの手を握った。
「なんと健気なんだ、お前は……」
「お父様、お父様。あたし、誰とも交際はしません。お兄様と一緒に居られないのなら、修道院で、一生を過ごします」
「……っ、そこまで」
ルソー伯爵はうつむき、そして、覚悟を決めたように面を上げた。
「──エディは、お前の実の兄ではない」
コーリーは、大きく、大きく目を瞠った。
「……どういう、ことですか?」
「亡くなった、私の弟の子どもだ。つまりエディは、お前の従兄弟になる」
コーリーは上半身を起こし、父であるルソー伯爵をじっと見詰めた。この国では、従兄弟との結婚は、法律で認められている。
「お前はまだ、二歳だったからな。エディが養子に来た日のことは、覚えていないだろう」
どうして今まで教えてくれなかったのですか。そんな怒りも頭の片隅に過りはした。でも、それ以上に、コーリーの心は舞い踊っていた。
それはまるで、神が与えてくれた奇跡のようにも想えた。
「……お、お父様……あたし、あたしは……っ」
「待ちなさい。エディには、ミアという婚約者がいる。それは理解しているね?」
「ええ、ええ。でも、お兄様が従兄弟だというのなら、話は別です」
「──と、言うと?」
「お兄様はいつも、ミア・ジェンキンスより、あたしを優先してくれます。それは、誰よりあたしを愛してくれている証拠だと思いませんか?」
「……だとしても、だ。貴族の婚約は、本人同士だけの問題ではない。信用にもかかわる。身勝手な理由で、婚約を解消するわけにはいかない」
するとコーリーは「あたしが、ミア・ジェンキンスを説得してみせます!」と声を荒げた。
「あの女は、お兄様が自分より、あたしを愛していることを理解しています。そしてあたしがお兄様を愛していることも。もしあたしとお兄様が結婚できると知れば、心ある人間ならば、きっと、自ら身を引くはずです」
真剣な双眸に、ルソー伯爵が、重い口を開く。
「……ジェンキンス伯爵の反感を買うことは、許されない。それは、承知しているか?」
「はい。お父様、あたしを信じてください。きっと、なにもかもうまくいきます」
「……そんなに、エディがよいか」
確かめるように、ルソー伯爵はもう一度、問うた。コーリーの答えは、むろん変わらない。
「お父様。あたしの幸せを思うのなら、どうか、お兄様と結婚させてください」
ルソー伯爵は頭を抱え、しばらく経ってから、わかったと、覚悟を決めたように、こう告げた。
「ミア・ジェンキンスが、エディとの婚約解消に応じれば、それを認めよう」
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