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「……残念ながら、あなたの姪は、日常的に、父親から虐待を受けていたようです。そして、それを非難する者も、庇う者も、居なかったようで……」
「……そんな」
カールが、愕然とする。確かに、兄から暴力をふるわれることは何度かあった。だからといって、自分の子どもにまでそんなことをするとは。
(……いや。これは言い訳だ)
可能性なら、あった。なのに自分は、かかわりたくなくて、逃げた。もしかしたら、助けられたかもしれないのに。
後悔の念に苛まれていると、医師は「一番伝えなければならないのは、ここからです」と告げた。
「……これ以上、なにを」
「話を聞かせてくれたジェンキンス伯爵家の執事によると、約半年前から、ミア・ジェンキンス様の様子が、おかしくなられたと」
「? どういう」
「それまで、感情を閉ざすように、笑いもしなければ、滅多に泣きもしなかった子が、急に、感情を表に出すようになったというのです。それはまるで、別人のように」
「……むしろ、そのような惨い目にあいながら、これまで泣きもしなかった方が、不自然なことだったのでは……?」
「おそらく、泣くことにより、父親の怒りが増していたのではないかと。それを学び、泣かなくなった……あくまで、推測ですが」
知らず、カールはこぶしを強く握っていた。ミアは確か、まだ、三歳だったはずだ。そんな幼い子どもがどうしてと、胸の奥が締め付けられた。
「あまりの変わりように、ジェンキンス伯爵も、不気味がっていたようで……旅行というのは建前で、本当はお忍びで、娘を有名な精神科医に診せようとしていたらしいです。あくまで家の評判のために、だったようですが……」
「……でしょうね」
虐待をするような親が娘のために、など。動くはずがないことは、嫌でも理解できた。
「あなたがここに来る三日前に、ミア・ジェンキンス様は、病室の寝台の上で、目を覚ましました。担当医だった私が名をたずねると、あなたの姪は、怯えながらも、こう答えました──ダリア、と」
「……? あの、意味がよく」
「はい、説明します。と言っても、私は専門医ではないので、あくまで本で学んだ知識ですがね。実際に似たような症例の患者を診たのは、たった一度きりです」
そう言い、医師は口火を切った。
「人は、あまりにつらく、強いストレスを受けると、それらを受けているのは自分ではない、別の人だと思い込み、心を守ろうとすることがある。結果、別人格が形成されることがあります」
「別人格……」
「つまりは、いま、ミア・ジェンキンス様という一人の人間の中に、少なくとも二つの人格が存在している可能性があるということです」
カールが、まさか、と乾いた笑いを浮かべる。医師は、哀しげに眉尻を下げた。
「……ええ、確かに。証明する方法はありません。ですが、なんの説明もなしに会えば、きっと混乱されるだろうと思いまして」
それはその通りだと、カールは思わず、軽いパニック状態のまま、息を吞んだ。馬車を飛ばしてまでここに来たのは、顔も知らない姪が、それでも心配だったから。
「……そんな」
カールが、愕然とする。確かに、兄から暴力をふるわれることは何度かあった。だからといって、自分の子どもにまでそんなことをするとは。
(……いや。これは言い訳だ)
可能性なら、あった。なのに自分は、かかわりたくなくて、逃げた。もしかしたら、助けられたかもしれないのに。
後悔の念に苛まれていると、医師は「一番伝えなければならないのは、ここからです」と告げた。
「……これ以上、なにを」
「話を聞かせてくれたジェンキンス伯爵家の執事によると、約半年前から、ミア・ジェンキンス様の様子が、おかしくなられたと」
「? どういう」
「それまで、感情を閉ざすように、笑いもしなければ、滅多に泣きもしなかった子が、急に、感情を表に出すようになったというのです。それはまるで、別人のように」
「……むしろ、そのような惨い目にあいながら、これまで泣きもしなかった方が、不自然なことだったのでは……?」
「おそらく、泣くことにより、父親の怒りが増していたのではないかと。それを学び、泣かなくなった……あくまで、推測ですが」
知らず、カールはこぶしを強く握っていた。ミアは確か、まだ、三歳だったはずだ。そんな幼い子どもがどうしてと、胸の奥が締め付けられた。
「あまりの変わりように、ジェンキンス伯爵も、不気味がっていたようで……旅行というのは建前で、本当はお忍びで、娘を有名な精神科医に診せようとしていたらしいです。あくまで家の評判のために、だったようですが……」
「……でしょうね」
虐待をするような親が娘のために、など。動くはずがないことは、嫌でも理解できた。
「あなたがここに来る三日前に、ミア・ジェンキンス様は、病室の寝台の上で、目を覚ましました。担当医だった私が名をたずねると、あなたの姪は、怯えながらも、こう答えました──ダリア、と」
「……? あの、意味がよく」
「はい、説明します。と言っても、私は専門医ではないので、あくまで本で学んだ知識ですがね。実際に似たような症例の患者を診たのは、たった一度きりです」
そう言い、医師は口火を切った。
「人は、あまりにつらく、強いストレスを受けると、それらを受けているのは自分ではない、別の人だと思い込み、心を守ろうとすることがある。結果、別人格が形成されることがあります」
「別人格……」
「つまりは、いま、ミア・ジェンキンス様という一人の人間の中に、少なくとも二つの人格が存在している可能性があるということです」
カールが、まさか、と乾いた笑いを浮かべる。医師は、哀しげに眉尻を下げた。
「……ええ、確かに。証明する方法はありません。ですが、なんの説明もなしに会えば、きっと混乱されるだろうと思いまして」
それはその通りだと、カールは思わず、軽いパニック状態のまま、息を吞んだ。馬車を飛ばしてまでここに来たのは、顔も知らない姪が、それでも心配だったから。
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