12 / 35
12
しおりを挟む
「そう言われても……。私、ただ雇われてるだけですし。勝手にそんなことしたら、店長に怒られてしまいます」
「あ、えと……そうだ! ぼく、いま独身で付き合っている人もいないからさ。なにか食べさせてくれるなら、お礼に付き合ってあげてもいいよ。領主の息子と付き合えるなんて、みんなに自慢できるでしょ?」
「……私、付き合っている人いますし。そもそも本当に領主様の息子なら、領主様のところに行けばいいじゃないですか。どうしてこんなところで飢えているんですか?」
疑いの眼差しに「わ、訳あってちょっと喧嘩しただけだよ」と、必死に弁解するが、女性店員の警戒は解けない。
腹が空いていてるのも相まって、余計に苛々が募ってきた。
(……ただの村娘のくせにっ)
見下す癖がついてしまったアンガスが、女性店員を睨み付ける。
しかし。
「オレらの可愛い看板娘ちゃんを、なに睨み付けんだ? あ?」
気付いた酔っ払いの客たちに威圧され、アンガスは舌打ちしながらも、泣く泣く居酒屋を飛び出した。
結局。お金がないアンガスは、灯りがある居酒屋の近くで夜を明かしてから、自分の家がある街に戻ってくることしかできなかった。
(あんな田舎の娘に、ぼくの良さは理解できないんだっ)
街に入ると、馬の手綱を引きながら、アンガスは若い年頃の娘を物色した。早く、シンディーのように美しい、理想の妻と結婚して、みなを見返してやりたかったからだ。
でも、そんな女性は中々見つからず。
妥協案で声をかけた女性にも、ろくに会話もできないまま、そそくさと逃げられるしまつ。変に自分に自信があるアンガスは、なんで逃げられるのかわからないままに、今度こそと、若い女性に声をかけ続けた。
その途中。
ふっと視界に入ったのは、シンディー本人。露店に並ぶ林檎を、美しい手で選んでいる。思わず、ごくりと唾を飲みこんだ。やはり、シンディーしかいない。だってあの人は、理想の妻そのものなのだから。
お腹も減って、女性にまったく相手にされないでいたアンガスは、精神的におかしくなっていたのだろう。
ふらりと露店に近付くなり、一人で買い物をしていたシンディーを、背後から迷うことなく、がばっと抱き締めた。
「…………っ!」
振り向き、誰に抱き締められたか認識したシンディーは、嫌悪感から全身に鳥肌を立たせ、悲鳴を上げた。
何事かと街の人たちが注目してもかまうことなく、アンガスは「ぼくと結婚してください!」と叫んだ。
「……離して! 離してぇ! いやぁぁー! クリフトン! クリフトン!!」
夫の名を呼ぶシンディーに「団長より幸せにしてみますから!」と、血走った目で繰り返すアンガス。
「ちょ、ちょっとあんた!」
「うるさい! 邪魔をするな!!」
引き剥がそうとした街の男の人の顔を、アンガスが肘で殴った。騒ぎを聞きつけ駆けつけた、顔見知りの騎士に取り押さえられてからも、アンガスはシンディーに、結婚を申し込み続けていた。
アンガスが放り込まれたのは、領主の屋敷の地下にある、牢屋だった。日差しが一切降り注ぐこのない、冷たく、じめっと暗いそこでひたすら膝を抱えて座るアンガスを、数日ぶりに訪ねてきたのは団長だった。
「──お前の処分が決まった」
燭台を持ちながら、団長は淡々と告げた。
「鞭打ちの刑に処したのち、財産はすべて没収。むろん、騎士の称号も剥奪。加えて。領主様に仕える身でありながら、このような事件を起こしたことに対する罰として、お前をこの街から追放する。生涯、この街に立ち入ることは許されない」
アンガスは光をなくした瞳で「……追放……?」と、その言葉だけを辿々しく繰り返した。
「そうだ。もしこの街に立ち入った場合、相応の罰が与えられる。今度は、鞭打ちではすまないだろう」
しばらくの静寂の後、アンガスは掠れた声で語りはじめた。
「……ずっと、考えていたんです。エミリアと離縁してからのこと……ぼくは、思っていたより、誰にも愛されていなかったみたいです」
少しは反省したのかと、団長が黙って耳を傾ける。
が。
「……ぼくの良さを理解し、愛してくれるのは、エミリアしかいない……そのことが、ようやく理解できました……」
「…………」
「……お互いに許し合って、やり直したい……お願いです、団長。エミリアに言付けを……ぼくが街から追放される日、街の外で待っていてほしいと……別の街で、また一からはじめようと伝えてください……っ」
団長はもはや、怒りを通り越して呆れてしまった。
「──お前が、元妻のなにを許すと?」
「……ぼくは、エミリアのせいでなにもなも失ってしまいました。でも、わかっています。原因がぼくにあること……それでもきっと、エミリアは責任を感じることでしょう……鞭打ちだなんて、あまりに過酷過ぎる罰だから……これを知ったエミリアは、泣いてしまうでしょうから……」
ガンっ!!
団長がこぶしを鉄格子に打つけた。びくっ。アンガスが肩を揺らし、団長を見上げる。
「──愚か者め。お前がすべてを失ったのは、なにもかも自分自身の責任だ!!」
団長は返事を待つことなく、踵を返した。アンガスがよろけながら立ち上がり、両手で鉄格子を掴んだ。
「……待ってください、団長! これはぼくの、最後のお願いなんです! どうか、どうかエミリアに言付けを!」
ガタガタ。ガタガタ。決して取れることのない鉄格子を揺らし、音を立てる。
「ぼくにはエミリアしかいないように、エミリアにも、ぼくしかいないんです! エミリアのためにも、どうか伝えてください! お願いします! お願いします!」
必死の懇願にも、団長が足を止めることはなく。その姿が闇に消えてしまっても、アンガスの掠れた叫び声は、しばらく止むことはなかった。
「あ、えと……そうだ! ぼく、いま独身で付き合っている人もいないからさ。なにか食べさせてくれるなら、お礼に付き合ってあげてもいいよ。領主の息子と付き合えるなんて、みんなに自慢できるでしょ?」
「……私、付き合っている人いますし。そもそも本当に領主様の息子なら、領主様のところに行けばいいじゃないですか。どうしてこんなところで飢えているんですか?」
疑いの眼差しに「わ、訳あってちょっと喧嘩しただけだよ」と、必死に弁解するが、女性店員の警戒は解けない。
腹が空いていてるのも相まって、余計に苛々が募ってきた。
(……ただの村娘のくせにっ)
見下す癖がついてしまったアンガスが、女性店員を睨み付ける。
しかし。
「オレらの可愛い看板娘ちゃんを、なに睨み付けんだ? あ?」
気付いた酔っ払いの客たちに威圧され、アンガスは舌打ちしながらも、泣く泣く居酒屋を飛び出した。
結局。お金がないアンガスは、灯りがある居酒屋の近くで夜を明かしてから、自分の家がある街に戻ってくることしかできなかった。
(あんな田舎の娘に、ぼくの良さは理解できないんだっ)
街に入ると、馬の手綱を引きながら、アンガスは若い年頃の娘を物色した。早く、シンディーのように美しい、理想の妻と結婚して、みなを見返してやりたかったからだ。
でも、そんな女性は中々見つからず。
妥協案で声をかけた女性にも、ろくに会話もできないまま、そそくさと逃げられるしまつ。変に自分に自信があるアンガスは、なんで逃げられるのかわからないままに、今度こそと、若い女性に声をかけ続けた。
その途中。
ふっと視界に入ったのは、シンディー本人。露店に並ぶ林檎を、美しい手で選んでいる。思わず、ごくりと唾を飲みこんだ。やはり、シンディーしかいない。だってあの人は、理想の妻そのものなのだから。
お腹も減って、女性にまったく相手にされないでいたアンガスは、精神的におかしくなっていたのだろう。
ふらりと露店に近付くなり、一人で買い物をしていたシンディーを、背後から迷うことなく、がばっと抱き締めた。
「…………っ!」
振り向き、誰に抱き締められたか認識したシンディーは、嫌悪感から全身に鳥肌を立たせ、悲鳴を上げた。
何事かと街の人たちが注目してもかまうことなく、アンガスは「ぼくと結婚してください!」と叫んだ。
「……離して! 離してぇ! いやぁぁー! クリフトン! クリフトン!!」
夫の名を呼ぶシンディーに「団長より幸せにしてみますから!」と、血走った目で繰り返すアンガス。
「ちょ、ちょっとあんた!」
「うるさい! 邪魔をするな!!」
引き剥がそうとした街の男の人の顔を、アンガスが肘で殴った。騒ぎを聞きつけ駆けつけた、顔見知りの騎士に取り押さえられてからも、アンガスはシンディーに、結婚を申し込み続けていた。
アンガスが放り込まれたのは、領主の屋敷の地下にある、牢屋だった。日差しが一切降り注ぐこのない、冷たく、じめっと暗いそこでひたすら膝を抱えて座るアンガスを、数日ぶりに訪ねてきたのは団長だった。
「──お前の処分が決まった」
燭台を持ちながら、団長は淡々と告げた。
「鞭打ちの刑に処したのち、財産はすべて没収。むろん、騎士の称号も剥奪。加えて。領主様に仕える身でありながら、このような事件を起こしたことに対する罰として、お前をこの街から追放する。生涯、この街に立ち入ることは許されない」
アンガスは光をなくした瞳で「……追放……?」と、その言葉だけを辿々しく繰り返した。
「そうだ。もしこの街に立ち入った場合、相応の罰が与えられる。今度は、鞭打ちではすまないだろう」
しばらくの静寂の後、アンガスは掠れた声で語りはじめた。
「……ずっと、考えていたんです。エミリアと離縁してからのこと……ぼくは、思っていたより、誰にも愛されていなかったみたいです」
少しは反省したのかと、団長が黙って耳を傾ける。
が。
「……ぼくの良さを理解し、愛してくれるのは、エミリアしかいない……そのことが、ようやく理解できました……」
「…………」
「……お互いに許し合って、やり直したい……お願いです、団長。エミリアに言付けを……ぼくが街から追放される日、街の外で待っていてほしいと……別の街で、また一からはじめようと伝えてください……っ」
団長はもはや、怒りを通り越して呆れてしまった。
「──お前が、元妻のなにを許すと?」
「……ぼくは、エミリアのせいでなにもなも失ってしまいました。でも、わかっています。原因がぼくにあること……それでもきっと、エミリアは責任を感じることでしょう……鞭打ちだなんて、あまりに過酷過ぎる罰だから……これを知ったエミリアは、泣いてしまうでしょうから……」
ガンっ!!
団長がこぶしを鉄格子に打つけた。びくっ。アンガスが肩を揺らし、団長を見上げる。
「──愚か者め。お前がすべてを失ったのは、なにもかも自分自身の責任だ!!」
団長は返事を待つことなく、踵を返した。アンガスがよろけながら立ち上がり、両手で鉄格子を掴んだ。
「……待ってください、団長! これはぼくの、最後のお願いなんです! どうか、どうかエミリアに言付けを!」
ガタガタ。ガタガタ。決して取れることのない鉄格子を揺らし、音を立てる。
「ぼくにはエミリアしかいないように、エミリアにも、ぼくしかいないんです! エミリアのためにも、どうか伝えてください! お願いします! お願いします!」
必死の懇願にも、団長が足を止めることはなく。その姿が闇に消えてしまっても、アンガスの掠れた叫び声は、しばらく止むことはなかった。
1,401
あなたにおすすめの小説
【完結】離婚しましょうね。だって貴方は貴族ですから
すだもみぢ
恋愛
伯爵のトーマスは「貴族なのだから」が口癖の夫。
伯爵家に嫁いできた、子爵家の娘のローデリアは結婚してから彼から貴族の心得なるものをみっちりと教わった。
「貴族の妻として夫を支えて、家のために働きなさい」
「貴族の妻として慎みある行動をとりなさい」
しかし俺は男だから何をしても許されると、彼自身は趣味に明け暮れ、いつしか滅多に帰ってこなくなる。
微笑んで、全てを受け入れて従ってきたローデリア。
ある日帰ってきた夫に、貞淑な妻はいつもの笑顔で切りだした。
「貴族ですから離婚しましょう。貴族ですから受け入れますよね?」
彼の望み通りに動いているはずの妻の無意識で無邪気な逆襲が始まる。
※意図的なスカッはありません。あくまでも本人は無意識でやってます。
あなたの絶望のカウントダウン
nanahi
恋愛
親同士の密約によりローラン王国の王太子に嫁いだクラウディア。
王太子は密約の内容を知らされないまま、妃のクラウディアを冷遇する。
しかも男爵令嬢ダイアナをそばに置き、面倒な公務はいつもクラウディアに押しつけていた。
ついにダイアナにそそのかされた王太子は、ある日クラウディアに離縁を突きつける。
「本当にいいのですね?」
クラウディアは暗い目で王太子に告げる。
「これからあなたの絶望のカウントダウンが始まりますわ」
幸せな人生を送りたいなんて贅沢は言いませんわ。ただゆっくりお昼寝くらいは自由にしたいわね
りりん
恋愛
皇帝陛下に婚約破棄された侯爵令嬢ユーリアは、その後形ばかりの側妃として召し上げられた。公務の出来ない皇妃の代わりに公務を行うだけの為に。
皇帝に愛される事もなく、話す事すらなく、寝る時間も削ってただ公務だけを熟す日々。
そしてユーリアは、たった一人執務室の中で儚くなった。
もし生まれ変われるなら、お昼寝くらいは自由に出来るものに生まれ変わりたい。そう願いながら
《完結》愛する人と結婚するだけが愛じゃない
ぜらちん黒糖
恋愛
オリビアはジェームズとこのまま結婚するだろうと思っていた。
ある日、可愛がっていた後輩のマリアから「先輩と別れて下さい」とオリビアは言われた。
ジェームズに確かめようと部屋に行くと、そこにはジェームズとマリアがベッドで抱き合っていた。
ショックのあまり部屋を飛び出したオリビアだったが、気がつくと走る馬車の前を歩いていた。
婚約者を交換ですか?いいですよ。ただし返品はできませんので悪しからず…
ゆずこしょう
恋愛
「メーティア!私にあなたの婚約者を譲ってちょうだい!!」
国王主催のパーティーの最中、すごい足音で近寄ってきたのはアーテリア・ジュアン侯爵令嬢(20)だ。
皆突然の声に唖然としている。勿論、私もだ。
「アーテリア様には婚約者いらっしゃるじゃないですか…」
20歳を超えて婚約者が居ない方がおかしいものだ…
「ではこうしましょう?私と婚約者を交換してちょうだい!」
「交換ですか…?」
果たしてメーティアはどうするのか…。
【短編完結】地味眼鏡令嬢はとっても普通にざまぁする。
鏑木 うりこ
恋愛
クリスティア・ノッカー!お前のようなブスは侯爵家に相応しくない!お前との婚約は破棄させてもらう!
茶色の長い髪をお下げに編んだ私、クリスティアは瓶底メガネをクイっと上げて了承致しました。
ええ、良いですよ。ただ、私の物は私の物。そこら辺はきちんとさせていただきますね?
(´・ω・`)普通……。
でも書いたから見てくれたらとても嬉しいです。次はもっと特徴だしたの書きたいです。
私は王子の婚約者にはなりたくありません。
黒蜜きな粉
恋愛
公爵令嬢との婚約を破棄し、異世界からやってきた聖女と結ばれた王子。
愛を誓い合い仲睦まじく過ごす二人。しかし、そのままハッピーエンドとはならなかった。
いつからか二人はすれ違い、愛はすっかり冷めてしまった。
そんな中、主人公のメリッサは留学先の学校の長期休暇で帰国。
父と共に招かれた夜会に顔を出すと、そこでなぜか王子に見染められてしまった。
しかも、公衆の面前で王子にキスをされ逃げられない状況になってしまう。
なんとしてもメリッサを新たな婚約者にしたい王子。
さっさと留学先に戻りたいメリッサ。
そこへ聖女があらわれて――
婚約破棄のその後に起きる物語
私、女王にならなくてもいいの?
gacchi(がっち)
恋愛
他国との戦争が続く中、女王になるために頑張っていたシルヴィア。16歳になる直前に父親である国王に告げられます。「お前の結婚相手が決まったよ。」「王配を決めたのですか?」「お前は女王にならないよ。」え?じゃあ、停戦のための政略結婚?え?どうしてあなたが結婚相手なの?5/9完結しました。ありがとうございました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる