理想の妻とやらと結婚できるといいですね。

ふまさ

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 エミリアは、小さなころから刺繍が大好きだった。はじめて親に褒めてもらえたのも刺繍だったし、勉強やダンスなどはあまり好きにはなれなかったが、刺繍だけは別で、唯一の特技でもあった。 

 結婚して、しばらく経ったころ。アンガスの給金だけでは生活に手一杯で、貯金は難しいと感じはじめたエミリアは、アンガスと同期の騎士の妻にすすめられ、刺繍の内職をはじめた。

 仕事をくれていたのは、チェルシーという女性だ。女性一人で切り盛りする、刺繍が施された品物が扱う、小さなお店を経営している。他にも依頼があれば、どんなものでも刺繍を施してくれる店だ。

 もう何年も前に夫を亡くしてしまい、女手一つで、二人の子どもを立派に育て上げた人である。

 子どもは独立し、チェルシーは現在、自宅兼店である家で、一人暮らしをしている。

 最初に、実力はいかほどかと、ハンカチに施した刺繍をチェルシーさんに見てもらったとき「まあ、素敵!」と褒めてもらえたことはいまでも覚えている。

 それから少しずつ、仕事をもらうようになった。時間さえあれば刺繍を施したものを店に並べされてもらい、ひと月経ったころに「あなたにぜひにと、指名があったわ」と、チェルシーに言われたときは、なんともいえない幸福感を覚えた。

 このことは、アンガスには知らせていなかった。内職をしているのを、給金が少ないせいだと思わせたくなかったから。エミリアは稼いだお金はすべて貯金にまわし、いつなにがあってもいいように、そのお金に手をつけることはなかった。

 このお金がなければ、ああも思い切った決断はできなかっただろうと、エミリアは振り返る。





 アンガスがようやく遠征に行ってくれたその日に、エミリアはチェルシーを訪ねていた。

「あの、前に店番の人を雇うか迷っていらしたのを思い出して……もしよかったら、わたしを雇ってもらえないでしょうか」

「あら、でも。あなたへの指名の依頼も増えてきているし、これ以上は大変じゃあ」

 エミリアは恥を忍んで、アンガスと離縁する経緯を告げた。これまで耐えてきたことを人に打ち明けるのは、これがはじめてだったから、エミリアの身体は、少しだけ震えていた。

「まあ……まあ……っ」

 チェルシーはエミリアを、優しく抱き締めてくれた。可哀想に。辛かったでしょうと。聞けばエミリアは、チェルシーの娘と同じ年だそうで。

 想像の何倍も同情し、寄り添ってくれたチェルシーは「なら、住むところが決まるまで、家にいたらどうかしら」とまで提案してくれた。

「い、いえ。流石にそこまでお世話になるわけには」

「遠慮しないで。子どもも独立してしまって、部屋は空いているのよ。使わないと、もったいないじゃない?」

「で、では家賃を払わせてください」

「いいのよ。ひと月しか時間がないのなら、他にもやらなければならないことがたくさんあるんじゃないかしら。お部屋は、落ち着いてからじっくり探しなさいな。ね?」

「……チェルシーさん」

 刺繍の仕事だけでは、収入が心許ない。もしここが駄目なら次。それでも駄目なら、と覚悟はしていたものの、もし仕事が見つからなければという不安は拭えずにいた。

 もし一人で生きていく道が見つけられなければ、実家に帰るしか選択肢が残されていなかったから。

 それでも両親は助けてくれたかもしれないが、エミリアは自身でお金を稼ぎ、自立したかった。

 たとえば親の紹介で再婚したとして、アンガスと同じようなことを言われたら?

 養ってやっているのに。一人じゃ生きていけないくせに。

 今度こそ逃げられず、あの苦しい日々にたえることしかできなくなるかもしれない。

 それがとても恐ろしかったから。

 エミリアは深く、深く頭を下げた。


「……ありがとうございます。ご厚意に、甘えさせてもらいます」


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