理想の妻とやらと結婚できるといいですね。

ふまさ

文字の大きさ
21 / 35

21

しおりを挟む
「エミリアさん。昨日ぶりですね」

「…………はい」

 翌日にエミリアは、アシュリーと顔を合わせていた。



 今日は店の定休日。

 あれからなにかと気にかけてくれたシンディーとはすっかり茶飲み友だちとなり、いまでは頻繁に会う仲となっていた。

 前からの約束でなにも考えずにシンディーの屋敷を訪れたエミリアは、自分は心底馬鹿なのだと思った。アシュリーはシンディーの弟で、この街にはシンディーを訪ねてきたのだから、屋敷に居てもなんらおかしくはない。おかしくはないのに、どうしてかその可能性を考えていなかったエミリアは、なんの心の準備もしておらず、素直に気まずかった。

 でも。

「昨日は、弟の相談にのってもらったのだとか。おかげでアシュリーは、あの女との離縁をきっぱりはっきり決めたそうですわ」

 シンディーに手を握られ、エミリアは「わ、わたしはなにも」と、シンディーの隣に立つ人物をちらっと見たが、アシュリーはニコニコとしていた。

「とんでもない。おかげで、迷いはなくなりましたから」

「……お役に立てたならよかったです」

 気を使ってくれているのか、本音なのか。それはわからないが、なんだか自意識過剰だったと恥ずかしくなった。

(それはそうか。彼にとって、わたしはとるにたらない存在だものね)

 胸のどこかが僅かにちくりと痛んだが、痛む理由がわからないエミリアは、気のせいかとそれを流した。

「……エミリアさん?」

 玄関ホールにいるエミリアたちを見つけたマリアンが、二階から階段を駆け下りてきた。アシュリーが「危ないから走らない!」と焦って声をかけると、はっとしたようにマリアンが速度を緩めた。そのやり取りに、なんだかほんわかした気持ちになった。

 エミリアの前で立ち止まったマリアンは、こんにちはとあいさつしながら、その場をくるっと回ってみせた。マリアンは昨日購入してくれたヘアアクセサリーで、髪を後ろに一つ括りにしていた。

「かわっ……嬉しっ」

 どちらの感想を先に述べようか迷ったすえ、ほとんど同時に口に出てしまった。口元を手で覆い、感激するエミリア。へへっ。照れくさそうに笑ったマリアンは、それからさっとアシュリーの足下に隠れてしまった。

「あらあら。聞いてはいたけれど、マリアンが自分からわたくしたち以外に話しかけるところ、はじめてみましたわ」

「ね、びっくりですよね」

 穏やかで温かい、小さな子どもを見守る空気。もしアンガスが優しいままのアンガスだったら、あり得たかもしれない光景。

 けれど。エミリアはもう、恋愛も結婚もしなければ、できなくてもいいとさえ思っていた。わたしなんか、誰にも愛されない。それもある。でも単純に、また同じことを繰り返すことが怖かった。

(……アシュリーさんの奥様、本当に馬鹿だな。こんな素敵な夫と可愛い娘を、自ら手放す真似をするなんて)

 少し離れた位置から三人を眺めていると、マリアンと一緒に遊んでいたであろうシンディーの息子が、遅れて二階からおりてきた。「おこしてよ!」と怒っていたことから、シンディーの息子はどうやら眠っていたらしい。
  
 まあまあと大人たちが宥めつつ、五人で応接室に集まり、お茶をした。エミリアがお土産に持ってきたクッキーと、シンディーが用意してくれた茶菓子を食べた。

 会話の流れで、アシュリーは王宮勤めの文官で、王都に住んでおり、明日の朝、この街を出立することを知った。

「ここから王都まで、馬車で何時間ほどかかるのですか?」

 王都にまだ一度も行ったことがないエミリアがたずねると、アシュリーは「丸一日はかかりますね」と答えた。

「そうですか。思っていたより、遠いのですね」

 国土が狭いルマヴァ王国で、馬車での移動で丸一日──すなわち二十四時間かかる王都は、はるか遠い地に思えた。そんな簡単に行き来できるような距離ではないのだとあらためて思い知ったエミリアは、今度こそ後悔のないように、卑屈な言葉は口にしないよう、心がけた。

「シンディーさんに会いにこられたさいには、またいつか、マリアンちゃんと一緒に、お店に来てくれたら嬉しいです」

「ええ、必ず」

 優しい笑みに、心から願う。

 どうか。次に会うときは、二人に相応しい、慈しんでくれる誰かが、傍にいてくれますよう。



 次の日の朝。

 アシュリーとマリアンは、街を出立した。その時刻、エミリアは自宅のアパートで、朝食をとっていた。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】離婚しましょうね。だって貴方は貴族ですから

すだもみぢ
恋愛
伯爵のトーマスは「貴族なのだから」が口癖の夫。 伯爵家に嫁いできた、子爵家の娘のローデリアは結婚してから彼から貴族の心得なるものをみっちりと教わった。 「貴族の妻として夫を支えて、家のために働きなさい」 「貴族の妻として慎みある行動をとりなさい」 しかし俺は男だから何をしても許されると、彼自身は趣味に明け暮れ、いつしか滅多に帰ってこなくなる。 微笑んで、全てを受け入れて従ってきたローデリア。 ある日帰ってきた夫に、貞淑な妻はいつもの笑顔で切りだした。 「貴族ですから離婚しましょう。貴族ですから受け入れますよね?」 彼の望み通りに動いているはずの妻の無意識で無邪気な逆襲が始まる。 ※意図的なスカッはありません。あくまでも本人は無意識でやってます。

あなたの絶望のカウントダウン

nanahi
恋愛
親同士の密約によりローラン王国の王太子に嫁いだクラウディア。 王太子は密約の内容を知らされないまま、妃のクラウディアを冷遇する。 しかも男爵令嬢ダイアナをそばに置き、面倒な公務はいつもクラウディアに押しつけていた。 ついにダイアナにそそのかされた王太子は、ある日クラウディアに離縁を突きつける。 「本当にいいのですね?」 クラウディアは暗い目で王太子に告げる。 「これからあなたの絶望のカウントダウンが始まりますわ」

幸せな人生を送りたいなんて贅沢は言いませんわ。ただゆっくりお昼寝くらいは自由にしたいわね

りりん
恋愛
皇帝陛下に婚約破棄された侯爵令嬢ユーリアは、その後形ばかりの側妃として召し上げられた。公務の出来ない皇妃の代わりに公務を行うだけの為に。 皇帝に愛される事もなく、話す事すらなく、寝る時間も削ってただ公務だけを熟す日々。 そしてユーリアは、たった一人執務室の中で儚くなった。 もし生まれ変われるなら、お昼寝くらいは自由に出来るものに生まれ変わりたい。そう願いながら

婚約者を交換ですか?いいですよ。ただし返品はできませんので悪しからず…

ゆずこしょう
恋愛
「メーティア!私にあなたの婚約者を譲ってちょうだい!!」 国王主催のパーティーの最中、すごい足音で近寄ってきたのはアーテリア・ジュアン侯爵令嬢(20)だ。 皆突然の声に唖然としている。勿論、私もだ。 「アーテリア様には婚約者いらっしゃるじゃないですか…」 20歳を超えて婚約者が居ない方がおかしいものだ… 「ではこうしましょう?私と婚約者を交換してちょうだい!」 「交換ですか…?」 果たしてメーティアはどうするのか…。

《完結》愛する人と結婚するだけが愛じゃない

ぜらちん黒糖
恋愛
オリビアはジェームズとこのまま結婚するだろうと思っていた。 ある日、可愛がっていた後輩のマリアから「先輩と別れて下さい」とオリビアは言われた。 ジェームズに確かめようと部屋に行くと、そこにはジェームズとマリアがベッドで抱き合っていた。 ショックのあまり部屋を飛び出したオリビアだったが、気がつくと走る馬車の前を歩いていた。

【短編完結】地味眼鏡令嬢はとっても普通にざまぁする。

鏑木 うりこ
恋愛
 クリスティア・ノッカー!お前のようなブスは侯爵家に相応しくない!お前との婚約は破棄させてもらう!  茶色の長い髪をお下げに編んだ私、クリスティアは瓶底メガネをクイっと上げて了承致しました。  ええ、良いですよ。ただ、私の物は私の物。そこら辺はきちんとさせていただきますね?    (´・ω・`)普通……。 でも書いたから見てくれたらとても嬉しいです。次はもっと特徴だしたの書きたいです。

私は王子の婚約者にはなりたくありません。

黒蜜きな粉
恋愛
公爵令嬢との婚約を破棄し、異世界からやってきた聖女と結ばれた王子。 愛を誓い合い仲睦まじく過ごす二人。しかし、そのままハッピーエンドとはならなかった。 いつからか二人はすれ違い、愛はすっかり冷めてしまった。 そんな中、主人公のメリッサは留学先の学校の長期休暇で帰国。 父と共に招かれた夜会に顔を出すと、そこでなぜか王子に見染められてしまった。 しかも、公衆の面前で王子にキスをされ逃げられない状況になってしまう。 なんとしてもメリッサを新たな婚約者にしたい王子。 さっさと留学先に戻りたいメリッサ。 そこへ聖女があらわれて――   婚約破棄のその後に起きる物語

私、女王にならなくてもいいの?

gacchi(がっち)
恋愛
他国との戦争が続く中、女王になるために頑張っていたシルヴィア。16歳になる直前に父親である国王に告げられます。「お前の結婚相手が決まったよ。」「王配を決めたのですか?」「お前は女王にならないよ。」え?じゃあ、停戦のための政略結婚?え?どうしてあなたが結婚相手なの?5/9完結しました。ありがとうございました。

処理中です...