魔法の剣とエド

アズ

文字の大きさ
6 / 47
第一章 魔法の剣

05

しおりを挟む
 太陽の光から山の下から急に伸びていく影がエドのいる場所を通り越していき、まるで闇が迫ってきたかのような動きに、エドは空を見上げた。すると、それが雲の仕業だと分かる。
 自分を後ろへと押し転がせようとする風に対しては重心を低くし、なんとか耐えるしかない。
 正直、登山に関して言えば自分はプロではない。勿論、この旅を乗り越える為に幾つかの山で経験はしてきた。最初は誰でも比較的安全に登山できる初心者向けの山からスタートした。だが、それは道が綺麗で人の手が加えられてある。次に標高の高い山にチャレンジをし、高山病などの経験をしておくということもした。下山中に頭痛をしたが、そこまで酷いものではなかった。最後は雪の降る山への登山だった。最後にチャレンジした山がその中でも大変だった記憶がある。吹雪が酷くなれば視界は悪いし、その場所から動けなくなってしまい恐怖に感じたこともあったからだ。
 自分はプロを雇うお金もなかったから、登山については独学で得るしかなかった。だから、今回の登山についても練習してきたとは言え不安はかなりある。特に、今までの山と大きく違うのは、魔力のある土地には不思議な生き物が住み着いており、イエティのような化け物の存在の噂や、魔力に影響されたその自然が旅人に対してどのような刃で向けてくるかという謎の恐怖もついてくる。これは、例えプロの登山家であれ命がけの旅になることは間違いない。
 それでも命をかけてこの旅を決めたのは単に父の背中を見てきただけではない。
 父はこの旅に断念したが、それでも生きて戻ってきただけでも凄いことだった。撤退するという判断を間違えなかったことは誰しもができた話しではないからだ。ただ、戻ってきた父は無事戻ってこれたことに安堵した表情を見せた一方で悔やみきれない顔もしていた。それが、死ぬまで続いた。
 父に聞いたことがある。また、チャレンジできたらするのかと。父は即答した。髭を生やした口が短く「ああ」と。父は鍛錬をやめなかった。元々筋肉質であった父の体には旅に出る前にはなかった無数の傷がその肉体に一生残っていた。大量の汗を流しても、父は己を鍛えることをやめなかった。また、チャレンジしてやる。そして、今度こそ勝つと。
 自分には「勝つ」という意味が最初分からなかった。試練に勝つということなのか、それとも強敵の獣に対してなのか、それとも自然に対してなのか。
 だが、父は死ぬ前に教えてくれた。



 勝つとは、己に勝つことだ。



 人間がどんなに鍛えたところで、自分より大きな生物には勝てないし、どれだけトレーニングしたところで、足の速い動物に勝つことはできない。ましてや、人間が自然相手に勝つなんてものは、やる前から人間は勝負に負けている。人間よりずっと前から存在する自然が、それに比べちっぽけな脳味噌でちょっと賢くなったぐらいで勝てないものは勝てない。むしろ、勝とうとするな。やり過ごせ。それが自然を相手にする際にできる人間がとれる唯一の手段だ。
 父が負けたのは自分自身だった。それを悔やんでいた。撤退の判断は間違ってはいなかった。ただ、撤退しなければならない状況にあったのは、己が未熟だったからだ。そこに敗北したのだ。
 父は二度目のチャレンジを果たす前に死んだ。
 己に勝てたところで世間の評価が上がるわけではない。だが、己に勝つことは男として生まれた使命感のようなものだ。それが自分自身の自信に繋がる。
 旅にチャレンジしなかったからといって逃げたことにはならない。ただ、己を知るには危機的状況に自分自身を追いやり乗り越えることだ。山はある意味自分自身に対する壁であり、それを越えた先に見えてくるものがある。それがなにかは越えてみないと分からない。ただ、その旅路が険しい程に見えてくる景色が広いというのは僕の想像だ。
 僕はその景色を見たいのだろうし、旅の中で何かを得たいという、自分自身の成長を欲してもいる。魔法の剣というより肝心なのは己であろう。試練はその己に勝てたものだけに与えられる、この状況をつくりだした錬金術師がそう言っている気がしてならない。
 この旅に備え自分は特訓をしていた。父の見様見真似ではあるが、父のように体を鍛え、汗を流してきた。
 ……まだ、いける。
 自分自身に問いかけ、そう判断した自分は足を引き返すことをせず、前進させた。
 山の天候の変化は地上にいた時のそれとは違う。天候が悪化する前に出来るだけ先へ進みたい。
 そう思うと、足にも多少元気が出てきた。
 その時だった。どこからか遠吠えがした。
 直後、それまでとは違った緊張が走った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

処理中です...