悪役令嬢は反省しない!

束原ミヤコ

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公爵令嬢リディスの帰還 1

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 ずいぶんと長い間眠っていたような気がした。
 夜空のような色合いの、きらきらとした星をかたどった刺繍が刺されているカーテンの隙間から明るい光が差し込んでいる。朝なのだろう、たぶん。
 なんだか奇妙な夢を見た気がする。
 私が馬車で事故にあい、よく分からない白い部屋で神様を名乗る少年から不本意な叱責を受ける、といった不快な夢だ。全く気分が悪い。今日も私は完璧な、リディス・アマリア・フォンテーヌであることに変わりはない。
 柔らかい羽毛布団からそろりと足を降ろし、室内履きに足を通す。
 クローゼットと化粧台と姿見、書き物机が置いてある部屋をぐるりと見渡して、姿見の前に立った。
 鏡には、それはそれは美しい少女であるところの私がうつっている。
 さらりとしたプラチナブロンドと、ややつりめがちだがまつ毛が長く大きな紫水晶のような瞳。白い頬に、紅をさしてもいないのに桃色の唇がそこはかとない儚さを演出している。
 身長は十六歳にしては少しばかり小さいが、それに関してはまだ伸びしろがあるので今後に期待したいところだ。

 うん。今日も私は美しい。

 私は満足して自慢の髪をかき上げてから、首を傾げた。

「私は、十八歳だったのではないのかしら……」

 違和感に気づいた途端に、はっきりと目覚める前の事を思い出した。
 そうだった、私は一度死んだ。たぶん。
 それからおせっかいな神様によって、時間を戻されたのだ。全く余計な事をしてくれる。
 リディス公爵令嬢たる私が、同じ時を二度も歩むなどあってはならない。その上自分の保身のために、あの浮気者の婚約者や、言う事を聞かないシンシアさんや、過去には私を持ち上げていたくせに糾弾されている私を遠巻きにみていた令嬢たちに屈服して、自分に嘘をつくなどとありえないことだ。

「十六歳の私は、すでにラファエル様の婚約者なのよね。そしてこれから王立学園に入学して、王妃として王国にとって有望な若い人材を見極める……、つもりでしたのに、シンシアさんについつい構ってしまって、あんなことになってしまったのよね」

 私はベッドサイドに腰かけると、悩ましく眉根を寄せた。
 シンシアさんと私は同級生だった。ラファエル様は二つ学年が上で、十八歳。私たちは婚約中で、十五になったら婚姻を結んでも良いとされている王国では、本当は王立学園にはいかずに結婚してしまっても良かったのだけど、私はもう少し学びたかったので卒業までの三年待ってもらうつもりだった。
 ラファエル様は優しい方で、「リディスがそう望むのなら」と快く私の提案を受け入れてくれた。
 最初は良かった。
 ラファエル様はいつでも私を優先してくださったし、「可愛いリディス」と会うたびに蕩けそうな声で囁いてくれた。まぁ、それについては、私は愛らしく美しい完璧な令嬢なので、当然だ。私を褒めたたえて愛することは、海の中には魚がいるというのと同じぐらい当たり前の事なのだ。

 それが変わっていったのは、いつ頃だっただろうか。
 いつの間にかラファエル様の隣にはシンシアさんがいるようになった。「シンシアは貴族になったばかりで、まだ学園に馴染めないようなんだ」と困ったように言われてしまっては、私としても「あら、お優しいこと。さすがはラファエル様ですわ」と受け入れるしかない。
 学園の式典でも、舞踏会でも、晩餐会でも、シンシアさんはラファエル様の隣に居たし、私としては一人きりで参加するなどという惨めな姿を晒すことなど許されなかったので、お兄様や懇意にしていただいているお兄様のご友人、どうしても皆様の都合がつかなければ仕方なく執事のクライブを引き連れていくようにしていた。
 もちろん「ラファエル様がいなくても私は大丈夫ですわ、心配なさらないで」という事も忘れない。ラファエル様が居なければ何一つできないような弱い女では王妃は務まらないのだから、自分の力でなんとかするのは当然の事だ。
 ラファエル様は「リディスは私がいなくても楽しそうだね。シンシアは、一人にはできないんだ。すまないね」などと言っていた。そこで私は、ラファエル様に守られるようにして傍にくっついているシンシアさんを見て、ふと気づいた。

 もしかしてこの子は、カッツェ男爵から「上手いこと王子を手に入れて、王妃の座を奪うように」と言われているのではないかと。

 シンシアさんは可憐だ。私と比べてしまえば月と小石ほどの差があるが、まぁ可憐な方だろう。
 相手にとって不足はない。今までは慣れない貴族生活で大変なのだろうと大目に見ていたが、彼女が私と競いたいというのなら、私としてもシンシアさんの立場に配慮している場合ではない。
 早速私はシンシアさんを裏庭へと呼び出した。「あなた、どういうつもりですの」と詰め寄ると、彼女はおびえた表情を浮かべて「ごめんなさい」といって泣き出したのだ。私は驚いた。それはもう驚いた。
 まさか声をかけただけで泣く令嬢が、この世に存在しているなどと思っていなかったのだ。
 驚いていると、騒ぎを聞きつけたらしい次期宰相になる予定の、ハミルトン・アンバーがシンシアさんの肩を抱いて連れて行った。私の事を憎々し気に睨んでいた気がするが、視線などで私がどうにかなると思ったら大きな間違いである。言いたいことがあれば言えばいいのに、男のくせに情けないと思う。

 それからは、なんだかあっという間だった。
 シンシアさんにはもう少し自立心が必要だろう。いつでも男に守ってもらうとは、女として情けない。時には剣を持って戦うのが、王族に連なるものの責務だ。それを目指しているのならば、強くなる必要がある。
 私は別にシンシアさんが嫌いという訳ではない。そもそも上に立つものとして、他者に対する好き嫌いなどは無駄な感情である。個人的嗜好で相手を判断してはいけない。
 だから私はあまりにも情けないシンシアさんを教育するつもりで、見かける度に叱責していたのだが、いつの間にかシンシアさんと私の対立構造が出来上がってしまっていた。
 そして、年の終わりを迎え入れる毎年恒例のフレスカ式典の日、私に罪状が告げられた。
 その日ラファエル様は外遊で留守にしていた。私はハミルトンの指揮によって縛られて、娼館送りになったのである。

「今思い出しても、幾度思い出しても、私は何も悪くない気がするのよね」

 そう呟くと、とても納得した。
 シンシアさんはやはり王妃となるにも、側妃になるにしてもどうにも情けなさすぎる。
 いつもおどおどとしていたし、常に男性に守られるようにしていた。男に守られているようでは甘いのだ。甘っちょろいのだ。人の上に立とうと思うのならば、男に守られるふりをして、その男を操る。それぐらい強かであるべきだろう。私の美しさも、その為にある。
 そう。
 私ぐらい美しければ、娼館でも数々の男たちを手玉に取り、宝石を貢がせ、足元にひれ伏させて、私は娼館の頂点に立ったに違いない。
 惜しむらくは、娼館生活を送る前に馬車が事故を起こしてしまった事だ。
 まだ私は自分の可能性を試していないではないか。

「どうせ同じ道をたどるなら、物事は早い方が良いわね。それに年若い方が有利ということもあるわ。王立学園に入学するのはやめて、娼館で働くというのが良いかもしれないわ」

 これは第二の人生なのだ。
 同じことをするのは退屈だろう。シンシアさんに教育を行うのも、一度やってもう飽きた。彼女は優秀な生徒ではなかったので、繰り返すのは無駄なことだ。
 善は急げだ。
 私は家の者たちに気づかれないうちに行動をしようと、自分でクローゼットを漁り、着替えようとして。

 再び意識が白く染まった。



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