悪役令嬢は反省しない!

束原ミヤコ

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 大戦の王ルシスは、女神の器という人間の女性に執心していた。
 ルシスの妄執。それは、ジルベルト様のお父様であるユールを悩ませ、リアのお姉様でありユールの妻だったアリアを苦しめた。
 王とは、力と記憶を引き継ぐのだと、火精の方々が言っていた。
 断片を聞いただけだが、さほど難しくない方程式が成り立つ。女神の器を欲する思いが、いつまでも記憶から消えていかないという事だろう。

「つまり……、ユール様は、ルシス様の記憶に惑い、あなたのお姉様であるアリア様を愛せなかったと、そういうことですの?」

「さぁ、男女の事は俺には詳しくは分かりませんけれど、ユールが姉さんを強引に娶ったのは確かです。人狼族は、反対したんですよ。ルシスの有り様が酷いものでしたし、ユールの事も信用できなかった。俺たちは姉さんを連れて逃げようとしました。でも、姉さんがユールの傍に居ると言ってきかなかったんです」

「アリア様が選んだ、ということですのね」

「姉さんの気持ちを尊重した俺たちが、愚かだったんですよ」

 リアは、一度窓の外に視線を送る。
 窓からは、青々とした木々が生い茂っているのが見える。ところどころに、白く可憐な花がぽつぽつと咲いていた。

「アリア様は、どうなりましたの……?」

 聞くべきか否か少し悩んだが、リアの目的の根本にあるものがお姉様の事だとしたら、聞いておくべきだろう。
 お城では、その名前は一度も聞かなかった。
 ユールは眠りについているというし、アリアの姿は見ていない。

「俺たち、長く生きる者の死とは、消滅なんです、リディスさん」

「消えてしまう事、という意味ですわね」

「アスタロトは、司法を。俺は、治安を。もう一人、シュゼルは管理を任されていて、元々は城勤めだったんです。ユールが姉さんと出会ったのも、姉さんが俺の様子を見に来たからでした。俺は、姉さんが消えてしまうまでは、城にいたんですよ」

「それでは、アリア様のおかれている状況を、よくご存じでしたの?」

「ユールは姉さんには冷たくあたっていたようです。俺には詳しい話をしてはくれませんでしたが、姉さんが徐々に憔悴していっているのは、見ていてわかりました。姉さんは、余程辛かったのでしょう。ジルベルトを産んだ後に赤子だったジルベルトに自分の魔力を全て渡して、空っぽの体で城の一番高い尖塔の上から身を投げたんです」

「そうなのですね……」

 つまり、アリアは消滅してしまったという事だろう。
 そしてユールは眠りについた。それはアリアが消えてしまって、悲しかったからではないだろうか。
 アリアを愛しているのに、心は女神の器を追い求めてしまう。
 まるで相反する人格が二つあるような状況は、きっと苦しいものなのだろう。
 為政者としては、お二人の行動は褒められたものではないけれど、終わったことを責めてもしかたない。
 きっとどうしようもなかったのだ。
 私のような有能で的確な助言ができる人間が傍に居れば状況も変わっていたのだろうけど、どこにでも私のような天が一物も二物も与えた美少女が存在しているわけではない。
 実際その状況を近くで見ていたリアは、辛かっただろうと思う。

「それで、リア様は城を出ましたの?」

「アリアが消滅したことを、人狼族は責めたんですよ。あの頃は俺の他にもまだ何人も同族が居て、皆アリアが不当な扱いを受けたことに怒り狂った。俺たちは同族意識が強いですからね、それが良いところでもあり悪いところでもあるんですけど。たぶん、大戦後から長く隠れ住まなければいけなくなったことに対する不満もたまっていたんでしょうね」

「王と対立したのですね」

「対立なんて生易しいものではなかった。結局、俺以外の同族は残らなかったんですから。まぁ、当たり前ですよ。王が失われたら、それがどんな王であったとしても、俺たちは消えていく運命です。ジルベルトも、あれでハインゾルデ様の力を継いでいるわけですし」

 ハインゾルデ様とは、それだけ力のある方だったのだろう。
 それこそ、神話の世界の話だ。
 私の国の神話には、女神エルヴィーザ様とその姉妹の話しかないけれど、もしかしたら大戦のせいで失われた神話が沢山あるのかもしれない。

「俺たちは負けました。ユールは戦う気は無かったみたいですけど、王を守るアスタロトとシュゼルを相手に勝てるなんて、はじめから思ってなかった」

「リア様だけ、残りましたのね」

「俺は人狼族の王として生き残ってくれと言われてしまったので。姉さんを失い、同族を失い、こうして生きている理由もとくにないんですけど、約束ですからね」

「……アリア様は、大切な方でしたのね」

 私にとっても、お兄様は大切だ。
 例えば、お兄様が輿入れ先で不当な扱いを受けたら、私は大変怒るだろう。そして、しかるべき対応をして、何が何でもお兄様の状況を改善するか、改善が無ければさっさと公爵家に連れ戻す筈だ。
 お兄様は自分で何とかできる方なので、あまりそんな状況が思い浮かばないけれど、ともかく少しぐらいはリアとその家族たちの気持ちは理解することが出来る。
 とはいえアリアの行動は、あまり褒められたものではない。もし彼女が生きていたら、小一時間程王妃の心得について話し合わなければいけない。愛されていないからと、この世を儚んでいてはなにも始まらない。
 それに、心から愛されなかったとはいっても、ジルベルト様が産まれているのだ。
 それで十分ではないか。
 ユールを想い恋に惑ったクロネアさんといい、愛を得られず世を儚んだアリアといい、この国にはちょっと感情に走る方が多いような気がする。まずは落ち着いて、話し合って欲しい。
 やはり、私のような懐の深い美少女が、ジルベルト様の傍にはいて差し上げるべきだろう。私が魔族の王に嫁ぐ判断をしたことを、ジルベルト様はもっと喜ばないといけない。

「それでね、リディスさん。人狼族には、もう俺しかいないんですよ。つまり、世界を開いてもらわないと、同族を増やせないんです」

「リア様の目的は、人とまた共に暮らす事、ですの?」

「大戦はもう千年も前の話。一部の魔族のせいで起こった事ですから、いつまでも隠れて住まなければいけない理由もないでしょう。ところがこちらの国からは、君たちの国にはいけないように王が結界を張っているんです。俺のような王に反逆心を持つものが城に入れないように、城の周囲に張り巡らされた結界と同じようにね」

「湖から先とは、そういう意味でしたのね」

「ジルベルトは面倒事を嫌いますから、俺が再び他の種族を束ねて反乱を起こすことを恐れて、そもそも城には近づけないようにしているんですよ。この国を覆う広大な結界の維持にも莫大な魔力を使うのに、城の周囲にまでだなんて、王の力とは恐ろしいものですよ」

 ジルベルト様と話していても、そう言った苦労をされているとは感じられなかった。
 私には魔力というものはないのでよく分からないが、人の体力にも個人差があるように、魔族の方の魔力にもきっと個人差があるのだろう。

「私の国には、魔族の方のように魔力を使える者はおりませんわ。人にはない力を持つ方々と共に暮らすというのは、お互いの更なる発展へと繋がるでしょう。私も、リア様の考えには賛成です。私がジルベルト様の元にきたのは、再び世界を繋げるためでもありますのよ」

「リディスさん、それでは多分、君が傷つく結果になります」

「私はちょっとやそっとのことでは傷つきませんの。私を傷つけるのはかなり、とっても、難しいかと思いますわ」

「言ったでしょう、ルシスの記憶が強すぎて、王は女神の器を求めてしまうんですよ。君は女神の器なんですか?」

 私は首を振った。
 そもそも、その言葉についてよく知らない。

「女神の器は、女神エルヴィーザの魂を宿した人間の女の事です。きっとどこかにいる筈ですよ。世界が繋がれば、ジルベルトはどうしてもその女を求めるでしょう。君も、姉さんと同じになってしまう」

「私は王の傍で世界をよりよくすることが出来れば、それで十分ですわ。愛や恋などの感情に囚われるのは、上に立つ者のあるべき姿ではありません。それに、私の魅力をもってすれば、たとえ記憶に刻まれていたとしても、女神の器などは霧のように霞んでみえてしまうでしょう」

「怖くはないんですか?」

「私のように可憐で儚く懐の深い完璧な美少女から心変わりをするというのなら、ジルベルト様もそれまでの方だったという事ですわ」

「なるほど、君はジルベルトを愛しているという訳じゃないんですね」

 もちろん、クロネアさんやアリアのように、自分を見失うほどの何かがあるというわけではない。
 立場を見失うほどに、自分を壊す程に、感情に囚われる事などあってはならない。
 ジルベルト様が私を愛しているのであって、私は。
 私は、どうなんだろう。

「それは良かった。俺の目的は国を覆う結界を消す事ですが、君を使った交渉が上手くいかなかった場合、リディスさん、君には俺の子を沢山産んでもらわなくてはいけませんから」

 優しく微笑んで、今日の天気の事を話すようにさらりと、リアは言った。
 私は何となくそんなことを言われる気はしていたので、たいして驚かなかった。初対面の男性に子供を作りたいと乞われてしまうのも、私が罪深いぐらい美しいせいなので仕方ない。

「俺は女神の器には憎しみしかないし、人の少女である君にはあまり良い印象を抱いていなかったんです。でも、君が森で獣に襲われても泣きもせずに冷静に逃げ道を探し、こうして俺に囚われても理知的に会話を交わすことができる人だと分かって気が変わりました。俺は異種族の王にはなれませんが、君には不自由させないと約束しますよ」

「私も、お姉さまの事で王を恨んでいる筈のリア様が、私を丁寧に扱ってくださっていること、感謝しておりますわ。けれど、私はジルベルト様に身を捧げると約束しましたの。リア様の気持ちは嬉しいのですけれど、ずっとお傍に居る訳にはいきません」

 リアは口元に手を当てて、暫く笑っていた。
 笑うとふわふわした耳がぴくぴく動いて、とても可愛らしい。機会があれば触らせて欲しいものだ。

「君の気持ちは分かりました。でもね、リディスさん。どちらにせよ君はただの無力な人間なのですから、俺の思い通りになってしまうんですよ」

 暗い青い瞳が、私を見る。
 そこには、獣が獲物を捕らえる様な、冴え冴えとした冷酷さが滲んでいた。

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