12 / 67
お褒めの言葉より嬉しい言葉
しおりを挟む書簡を届けた私は、シリウス様にお辞儀をしてそそくさとお部屋から出ようとした。
お昼の休憩時間までにやっておかなければいけないお仕事が、いくつか残っている。
お掃除とか。お庭のお花の手入れとか。
そのあたりのことをすませてからお昼休憩にしたい。そして休憩時間には一度お部屋に戻りたい。
午後からのお仕事を終えて、レイシールド様をお迎えして、お休みなさいの時間まで侍女の寮である、日の出寮には帰れない。
内廷の建物にはそれぞれ素敵な名前がついている。
レイシールド様のお住まいが黎明宮。シュミット様のお住まいが白夜宮。そして第三王子であるシャハル様の宮が蒼天宮。ここ、シリウス様の仕事場は、中天宮。
現在使用されている宮城は三つだけ。内廷には東西南北と中央にそれぞれ宮城があって、レイシールド様は中央にお住まいになっている。
シュミット様とシャハル様は北と東をご使用になっているので、南と西の宮はあいている。
どの宮城も空を連想させる名前だ。侍女の寮は『日の出寮』。確かに日の出も空という感じがするけれど。親しみやすさはあるけれど、少し不思議だ。
エルマさんが「昔からそういう名前がついているからね。侍女たちには不評よ」と言っていた。
「それでは失礼します、シリウス様」
「ティディス、少し待ちなさい」
シリウス様に呼び止められた私は、ぺこりとお辞儀をして扉に向かおうとしていた足を止めた。
何事かしらと思って、もう一度シリウス様に向きなおる。
「はい、なんでしょうか……?」
「君は、レイシールド陛下をどう思った?」
「どう、どうとは……」
「今までの侍女は、仕事をはじめて一日目の午前中、レイシールド様の朝のお見送りが終わると、すぐさま私の元に駆けてきてね。辞めさせていただきます、やら、怖いです、やら、もう無理です、などと泣きついてきたものだけれど。そうでないのはティディスがはじめてだから、驚いてしまって」
それは、大惨事ね。
確かに剣を向けられたし、こう、ぴたっと、喉元に剣を突きつけられたし。
怖かったけれど、そのあとはそんなに怖くなかったような気もする。
剣をぴたっとつきつけられた経験ははじめてだけれど、よく考えればお父様のコレクションの水色大虎のティグルちゃんをお世話するときは同じような気持ちを味わったし、ティグルちゃんに追いかけ回された時の方が多分怖かった。
懐かしい思い出よね。
それに借金取りの方々に比べれば、比べるのが失礼なほどに優しい。
特に怒鳴られたりもしないし、暴力を振るわれたりもしないし。
「怖くはないです。怒鳴られたり、痛い思いをしたら、怖いです、けど」
「今までの侍女たちは、怒鳴られてもいなければ痛い思いをしたわけではないのに、怖いといって泣きついてきたのだけれどね」
「どうしてでしょう?」
「無言で睨まれるだけで、怖いのだそうだよ。声をかけても返事がないし、きっと怒っている、とか。きっと、私が嫌いなんです、とか。そんな風に感じるようだね」
「なるほど。確かに氷柱ハリネズミはこわくないですけれど、白狼とか、水色大虎が無言で私を見つめていたら、食べる気かしら……と、思って、多少の恐怖を感じますね……」
私は泣きながら辞めていった侍女さんたちの気持ちを考えてみる。
レイシールド様がレイシールド様ではなくて、水色大虎だったら、命の危険を感じるかもしれない。
食べる気なのね……という命の危険を。
それはお仕事を辞めたくなるかもしれない。
でも、私にはお金を稼ぐという使命があるから、たとえば朝ベッドで寝ていたのがレイシールド様ではなくて水色大虎でも、粛々とお世話をしなければいけないのだ。
「つららハリネズミ?」
「氷柱ハリネズミです……知りませんか?」
「知っている。氷柱ハリネズミも、白狼も、水色大虎も、魔生物だ。ティディスは魔生物に詳しいのだね」
「詳しいというほどでは、ないですけれど」
お世話をしているので知っているというだけで、もっと詳しい人は私以外にも沢山いるだろうし。
「ところでティディス」
「はい」
「あと少し、大きな声を出してくれると、助かるのだが」
「シリウス様、これでも、普段よりも三倍ぐらいの力を発揮しているのです」
「じゃあ、十倍ぐらいの力を発揮してくれ」
「頑張ります!」
私はお腹に力を入れて、元気溌剌、というふりをしてみた。
元々、あまり元気な方ではないけれど、頑張らないと。
でも、すごく大変だった。
「すまなかった。無理をするな、ティデス」
何故だか謝られてしまった。
「ともかくティディス。君が、レイシールド様の傍に長くいられそうでよかった。働きによっては、給金を前払いしてもよいと考えている。頑張るように」
「は、はい……! やった! シリウス様、ありがとうございます……!」
オリーブちゃん、ローズマリーちゃん、やったわ……!
私は今日一番大きな声を出して喜んだ。
お給金が出たら、月々の借金を支払った残りのお金で、二人に少しよいお肉を食べさせてあげられるかもしれない。嬉しい。
182
あなたにおすすめの小説
【完結】タジタジ騎士公爵様は妖精を溺愛する
雨香
恋愛
【完結済】美醜の感覚のズレた異世界に落ちたリリがスパダリイケメン達に溺愛されていく。
ヒーロー大好きな主人公と、どう受け止めていいかわからないヒーローのもだもだ話です。
「シェイド様、大好き!!」
「〜〜〜〜っっっ!!???」
逆ハーレム風の過保護な溺愛を楽しんで頂ければ。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
婚約破棄されましたが、辺境で最強の旦那様に溺愛されています
鷹 綾
恋愛
婚約者である王太子ユリウスに、
「完璧すぎて可愛げがない」という理不尽な理由で婚約破棄を告げられた
公爵令嬢アイシス・フローレス。
――しかし本人は、内心大喜びしていた。
「これで、自由な生活ができますわ!」
ところが王都を離れた彼女を待っていたのは、
“冷酷”と噂される辺境伯ライナルトとの 契約結婚 だった。
ところがこの旦那様、噂とは真逆で——
誰より不器用で、誰よりまっすぐ、そして圧倒的に強い男で……?
静かな辺境で始まったふたりの共同生活は、
やがて互いの心を少しずつ近づけていく。
そんな中、王太子が突然辺境へ乱入。
「君こそ私の真実の愛だ!」と勝手な宣言をし、
平民少女エミーラまで巻き込み、事態は大混乱に。
しかしアイシスは毅然と言い放つ。
「殿下、わたくしはもう“あなたの舞台装置”ではございません」
――婚約破棄のざまぁはここからが本番。
王都から逃げる王太子、
彼を裁く新王、
そして辺境で絆を深めるアイシスとライナルト。
契約から始まった関係は、
やがて“本物の夫婦”へと変わっていく――。
婚約破棄から始まる、
辺境スローライフ×最強旦那様の溺愛ラブストーリー!
好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が
和島逆
恋愛
「ずっと……お慕い申し上げておりました」
エヴェリーナは伯爵令嬢でありながら、飛空騎士団の騎獣世話係を目指す。たとえ思いが叶わずとも、大好きな相手の側にいるために。
けれど騎士団長であり王弟でもあるジェラルドは、自他ともに認める女嫌い。エヴェリーナの告白を冷たく切り捨てる。
「エヴェリーナ嬢。あいにくだが」
「心よりお慕いしております。大好きなのです。殿下の騎獣──……ライオネル様のことが!」
──エヴェリーナのお目当ては、ジェラルドではなく獅子の騎獣ライオネルだったのだ。
勘違いで嫁ぎましたが、相手が理想の筋肉でした!
エス
恋愛
「男性の魅力は筋肉ですわっ!!」
華奢な男がもてはやされるこの国で、そう豪語する侯爵令嬢テレーゼ。
縁談はことごとく破談し、兄アルベルトも王太子ユリウスも頭を抱えていた。
そんな折、騎士団長ヴォルフがユリウスの元に「若い女性を紹介してほしい」と相談に現れる。
よく見ればこの男──家柄よし、部下からの信頼厚し、そして何より、圧巻の筋肉!!
「この男しかいない!」とユリウスは即断し、テレーゼとの結婚話を進める。
ところがテレーゼが嫁いだ先で、当のヴォルフは、
「俺は……メイドを紹介してほしかったんだが!?」
と何やら焦っていて。
……まあ細かいことはいいでしょう。
なにせ、その腕、その太もも、その背中。
最高の筋肉ですもの! この結婚、全力で続行させていただきますわ!!
女性不慣れな不器用騎士団長 × 筋肉フェチ令嬢。
誤解から始まる、すれ違いだらけの新婚生活、いざスタート!
※他サイトに投稿したものを、改稿しています。
【完結】記憶喪失の令嬢は無自覚のうちに周囲をタラシ込む。
ゆらゆらぎ
恋愛
王国の筆頭公爵家であるヴェルガム家の長女であるティアルーナは食事に混ぜられていた遅延性の毒に苦しめられ、生死を彷徨い…そして目覚めた時には何もかもをキレイさっぱり忘れていた。
毒によって記憶を失った令嬢が使用人や両親、婚約者や兄を無自覚のうちにタラシ込むお話です。
【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。
扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋
伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。
それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。
途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。
その真意が、テレジアにはわからなくて……。
*hotランキング 最高68位ありがとうございます♡
▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス
【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!
白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。
辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。
夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆
異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です)
《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる