崖っぷち令嬢は冷血皇帝のお世話係〜侍女のはずが皇帝妃になるみたいです〜

束原ミヤコ

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レイシールド様の氷像

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 レイシールド様は口数が少ない方なのだろう。
 それは理解できた。
 そしてこの状況で怒っている様子がない。つまりいい人。
 噂では怖い方と言われていたけれど、とてもいい人なのかもしれない。
 やっぱり、見た目がちょっと怖くてもいい人というのは存在しているのだわ。だってティグルちゃんもリュコスちゃんも話せば分かり合えたのだし。
 最初は私を食べようとしていた二匹とも、今では私は仲良しなのだから。

 ということはレイシールド様の「いや」は、「いや、大丈夫だ」の、いやなのかもしれない。
 許されるかもしれない。ペロネちゃん氷漬け事件。

『ええい、離さぬかティディス! 我がこの男を倒し、共にこの牢獄から愛しの我が家へ帰ろうではないか。幼き二人がお主の帰りを待っておる』

「リュコスちゃん、静かに……っ、幼き二人のためにここで働いているんですよ、私は。自分でここで働くことを選んだのです、それにレイシールド様はいい人なので、これは運がいい、というものです」

 前言撤回だわ。許されないかもしれない。
 レイシールド様にリュコスちゃんの声が筒抜けだとしたら、ものすごく不敬なことを言っているのが聞こえているということよね。
 私はリュコスちゃんの口を一生懸命押さえながら、小さな声でこそこそ注意をした。

「俺は、お前たちに危害を加えるつもりはない」

「レイシールド様、あ、あの、本当にごめんなさい……! リュコスちゃん、私がここに閉じ込められてるって、ずっと勘違いしていて」

「ティディス。俺は、お前たちに危害を加えるつもりはない」

 焦る私を落ち着かせるように、レイシールド様はもう一度ゆっくり短く言葉を紡いだ。

「え……」

「……黎明宮が氷漬けになろうと、多少破損しようと、大した問題にはならない。ただの建物だ」

「……ふぁ」

 私は――間抜けな声をあげて固まった。
 思考回路がうまくはたらかない。許していただけた。許していただけたの――よね?
 一拍間をおいて状況を理解した私。今すぐペロネちゃんとリュコスちゃんを抱き上げて、くるくる回りたいぐらいに嬉しい。
 あぁ、レイシールド様、優しい……!
 よかった。許していただけた!
 お仕事が続けられるかもしれない、お給金をいただけるかもしれない、よかった……!

「レイシールド様……ありがとうございます……」

「いや」

 このいやは、「いや、気にする必要はない」のいや、だ。
 だんだん理解できてきたわよ。多分だけど。多分。でも大体あってると思う。

「大体、あっている」

「そうですか……って、あ、あの……!」

 レイシールド様絶対私の心の声と会話している。
 どういうことなのかしら――。

「魔生物の声を聞き、魔生物に愛される……そんな者がいるとは」

 おもむろに、レイシールド様がペロネちゃんを掴んだ。
 興味深そうに眼前にペロネちゃんを持っていって、観察している。
 ペロネちゃんは手足をじたばたさせた。いつものんびりしていてあまり動かない子なのだけれど、鷲掴みにされて慌てているみたいだ。

「きゅぷぷぷ……!」

 ペロネちゃんのとげとげが美しく輝く。なんでも凍り付かせる冷気が巻き起こり、レイシールド様を直撃した。

「あぁぁぁ……っ」

 氷漬けになるレイシールド様を想像した私。なんてことを、なんてことを!
 ペロネちゃん、突然掴まれて吃驚したのは分かるけれど、攻撃してはいけないわ……!
 あぁぁあどうしよう……!
 などと大混乱しながら、レイシールド様の手からペロネちゃんを取り戻して、レイシールド様を助けようと手を伸ばして、レイシールド様を氷漬けにするついでに凍り付いた床でつるっと滑った。

「ぷぎゅあ!」

 ペロネちゃんが聞いたことのない声をあげた。
 私の体とレイシールド様の体に挟まれて押しつぶされた声だ。
 私は思いっきりレイシールド様の体の上に倒れ込んだ。体? 氷像? ともかく、凍り付いたレイシールド様の上に。
 びたんと、二人で床に倒れ込む。

「はわわわ……」

 人間、どうしようもないと本当に「はわわ」と言ってしまうのね。
 はわはわしながら、私は青ざめた。
 氷像が割れてしまう、つまりレイシールド様が粉々に。私は立派な殺人者になってしまう……なんてこと、とってもいい人だったのに、いい人を殺してしまうなんて、私……!

「死んでいない。落ち着け」

 体の下から低い声がした。
 氷漬けのレイシールド様の氷がぱきぱきと割れて、氷の下からつるりとした皮膚が現れる。
 ご機嫌の悪そうに見える静かなアイスブルーの双眸が私を見つめている。少しつんつんしたペロネちゃんによく似た髪にも氷が纏わりついて、ペロネちゃんの親戚みたいに見えた。

「俺に、魔生物の魔法は効かない。問題ない」

「レイシールド様、今おもいきり、凍り付いていました……」

「やや、油断した。氷柱ハリネズミの氷結の力は、思いのほか強いのだな。小さな体に、無尽蔵の魔力、か」

「……あぁぁぁ」

「ティディス」

「わ、わた(私、今、レイシールド様の上に……! )、ごめ(んなさい、すぐにどきます!)」

 わたごめ。

「お前は、軽い。ティディス、怪我はないか」

「やさ……(優しい、好き)」

 わたごめやさ。

「………………それは、本気なのか」

「ほ、本気……? 本気です、本気」

「そうか」

 レイシールド様は優しくていい人だから好きだ。
 私は理想の旦那様に巡り合えたのかもしれない。これからもお傍に居たい。

「………………参ったな」

「降参? 私の重さに……」

「ティディス。少し、話がしたい」

「は、はい、のぞむところです……!」

 レイシールド様の大きな手が、私の腰に回った。
 大きくて力強くて、まるで抱きしめるようにされると動くことができない。

『なんだ、どういうことだ! ティディスを拘束する気か!?』

 状況が分からずに、リュコスちゃんが大混乱している。私も大混乱した。
 男性の上に跨ったのも始めてだし、腰や背中を引き寄せられるのもはじめてだ。
 さらに押しつぶされたペロネちゃんが「ぎゅぷぷ」とすごく不機嫌そうな声をあげた。


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