崖っぷち令嬢は冷血皇帝のお世話係〜侍女のはずが皇帝妃になるみたいです〜

束原ミヤコ

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ラーチェと初恋の人

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 美少女に一日二回もまたがられる日が来るなんて、内廷というのは奥深い場所だわ。
 なんて思いながら、私は私の上にいるそれはそれは可憐な女性を見上げた。

「あの、あなたは……」

「私、ラーチェ・イルアムスですわ。シャハル様の侍女をしておりますの。それはともかく、ティディスさん、今日、シリウス様と二人きりで何を話しておりましたの!?」

 ラーチェさん。思い出した。イルアムス公爵家のご令嬢だ。
 イルアムス公爵家とはこの国では皇帝家に次ぐ権力の持ち主で、お金持ち。
 クリスティス伯爵家の管理させてもらっている領地の小さな街とは比べ物にならないぐらいに、大きな領地を持っている。
 と、いうようなことを、マリエルさんに教えてもらった気がする。
 ここにきてからたくさんの侍女の方々とご挨拶をしたり、紹介してもらったりしているせいで、私はまだ全員覚えられていない。
 マリエルさんやラーチェさんは同じ学園に通っていたから顔見知りのようだったけれど、私は学園に行けなかったから余計に、誰が誰やらだ。

「シリウス様……特に何も……」

「で、でも、私、シリウス様の執務室に入っていくあなたを見ましたのよ……!」

 ラーチェさんの大きな瞳に、涙の膜がはった。
 ど、どうして泣くのかしら……!
 私何か、酷いことをしたのかしら。わからないわ。

『おい、娘。何をしておる。ティディス、こやつは弱いぞ。食い殺すか?』

「リュコスちゃん、生か死かで物事を判断してはいけません……」

「ぎゅぷ」

「ペロネちゃんが、美少女の下でつぶれている……」

「きゃああっ、なんか冷たいと思ったら……!」

 お尻の下から奇妙な声がして、ラーチェさんが私の上から慌ててどいてくれた。
 ペロネちゃんがのそのそと、私のお腹の上を這い上がってきた。とげとげがお尻に刺さらなかったかしら、大丈夫かしら。ラーチェさんのお尻は……。

「謎の生物を踏んでしまいましたわ……もしかして、ティディスさんのペットですの?」

「は、はい、まぁ、そんな感じです」

「ごめんなさい」

 いい子だ。

「勢い余って、謎の生物だけではなく、ティディスさんを踏み潰してしまいました……重くなかったでしょうか」

「大丈夫です、柔らかめでした……」

「そ、そうですの……」

 涙目でしゅんとしているラーチェさんも可愛い。
 私はペロネちゃんを抱き上げると立ち上がり、ラーチェさんに手を差し伸べた。
 高貴な身分の方は地べたに座ってはいけない。

「ありがとうございます、ティディスさん」

「いえ……あの、ラーチェさん、私、シリウス様とはお金の話しかしていません」

「お金……」

「はい、お給金の前払いの話です」

「愛の告白などされたわけではありませんの!?」

「されません」

 数回しか話したことのない侍女に突然愛の告白をしてくるような女好きには見えないわよね、シリウス様。
 私が頷くと、ラーチェさんは心底ホッとしたように胸に手を置いた。

「よかったぁ……シリウス様にとうとう好きなかたが現れたのかと思って、私、とても焦りました。シリウス様を殺して私も死ぬしかないと、先ほどまでは思い詰めておりましたのよ」

「極端……!」

 リュコスちゃんと同じぐらいに生か死かで生きているわね、ラーチェさん。

「シリウス様は、私の初恋の男性ですの。でも、ずっと子供扱いされていて……私を娶ると犯罪者になってしまうと、シリウス様はおっしゃっていて。私、諦めきれなくて、シリウス様のおそばにいる為に、内廷まで来ましたのよ。侍女試験を受けてシャハル様の侍女になったのですわ」

「それはすごいですね」

 私は感心した。侍女なんて、公爵令嬢のお仕事ではないような気がするのだけれど、事情があったのね。
 ラーチェさん、とても情熱的な女性だ。
 こんな美少女に恋心を向けられて、シリウス様は幸せ者だわ。

「ラーチェさん、おいくつなのですか?」

「十八歳です」

「マリエルさんと、私と同じ……」

「ええ。今年の侍女試験、一緒に受けたではありませんか。覚えていませんの?」

 覚えていない。私には周りを見る余裕なんてなかった。
 今までの私はずっと伯爵家にいたので、知り合いもいないし。
 山から降りてきたばかりのイノシシみたいなものなのだ、私は。


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