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レイシールド・ガルディアス 1
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◆◆◆
元々──人と話すのが、得意な方ではなかった。
なんでもそつなくこなす頭のいいシュミットや、誰に対しても分け隔てなく優しく社交的で、法術を使用できるシャハルに比べて、俺は取り立ててなんの特徴もない子供だった。
両親は「レイシールドは、言葉を話すのが遅かった」「シュミットやシャハルは二歳の頃から話ができたのに」と、よく言ったものである。
別に、大切にされていなかったというわけではない。
ただ俺は俺自身を、面白みのない存在、と、評価していた。
年下の従兄妹であるラーチェにもよく言われたものだ。
『レイシールド様は、静かすぎているかいないかわかりませんわ。シュミット様のように引っ込み思案な本の虫、というわけでもなく、シャハル様のように腹黒くて怖そう、というわけでもなく。特徴がありませんのよ』
言い得て妙である。
ラーチェは、幼い時からすぐに男に惚れては熱を上げる困ったところがあったが、従兄のこととなると冷静になるらしい。
中庭でぼんやり花など見ている俺に向かって指をさして堂々とそんなことを言うラーチェを、『兄上、申し訳ありません……このこはちょっとお馬鹿さんなんですよ』と、シャハルが回収していって、シュミットが『兄上はそのままで十分ですよ。何事も、中庸、というのは大切ですから』と、幼い俺にはよく意味のわからないことを言っていたことを覚えている。
俺は、特に腹を立てたりはしなかった。
元々自分の出来があまりよくないことは自覚していた。
父上や母上に、皇帝の座は優秀なシュミットや、人当たりのよいシャハルが継いだ方がいいのではないかと本心からそう思って提案してみたこともある。
父上は『レイシールド。皇帝は第一皇子が継ぐ決まりになっている。その決まりをいたずらに破ると、争いが起こる火種になりかねない』と言っていた。
皇帝になるための教育は、兄弟三人とも受けていた。
これは俺に何かあった時に、弟たちが跡を継げるように、である。
シュミットは『皇帝など、とんでもない。私は、二番手ぐらいがちょうどいいのですよ。補佐官などがあっています』と言い、シャハルは『私も皇帝は嫌です。ラーチェを構えなくなる』と言っていた。
シュミットはラーチェの言うように賢いが、あまり人前に出るのを好まなかった。
シャハルは、ラーチェのことを飼い猫か何かのように思っているようだった。
ラーチェと結婚したいのかと聞いたが、そうではないらしい。シャハルのことはよくわからない。
皇帝教育を受けてたが、俺の成績は弟たちよりも悪かった。
剣術でも、馬術でも、なんでもそつなくこなす二人に比べて、俺は劣っていた。
それでも皇帝になるのだろうかと漠然と考えていた頃のことだ。
あれが、起こったのは。
隣国の、フレズレンとの会合に両親に連れられて同席をした。
長く和平を続けるための会合で、フレズレンの兵に俺たちは襲われた。
国境に造られたフレズレン側の要塞の、豪華な食事会場からの帰途のことだった。
フレズレンの国王夫婦に見送られて要塞を出た俺たちを待っていたのは、武装したフレズレンの兵たちだった。
あの時はわからなかったが、振る舞われた飲み物や食事に何かしらの薬が入れられていたのだろう。不意を突かれ、何かの毒を盛られた兵たちの大半が、国境の砦で命を散らした。
肉壁のように俺や両親を守りながら、まだ動ける兵たちが、俺たちを必死に逃がそうとしてくれた。
国境を越えれば、オスカヴィル辺境伯の砦がある。そこまでいけば、大丈夫だと励ましながら。
父は剣を持とうとしたが、国王陛下が戦うのは最後でなくてはいけないと、護衛の兵たちに嗜められた。
恐怖に涙を流す母と、この時になってまで状況が飲み込めない愚鈍な俺を連れて、父は兵たちと共に国境を目指した。
馬も、馬車も、当然奪われていた。
馬で追いかけてくるフレズレンの兵たちに、徒である俺たちが逃げ切れるわけがない。
敵兵から俺たちを守ために、殿を務める兵たちが、次々と倒れていく。
駄目だと、悟った。
死にたくなどない。死ぬのは、怖い。
多くの兵が、大地に倒れている。
ふと、思う。
こんなに多くの命を犠牲にして、俺には生きる価値があるのか、と。
だが、やはり死にたくなどない。
もう駄目だと悟ったのか、父が剣を取った。
眼前には、数えきれないほど多くの騎馬兵が、静かに俺たちを見下ろし、槍や剣を向けている。
母が俺の体を抱きしめる。全身が、震えていた。
あぁ、こんなところで。
死にたくない。
──多くの兵を殺した、卑怯なフレズレンなどに、殺されてたまるか。
その時俺は、ようやく状況を正しく理解することができた。怒りと憎しみが、頭の中にある何かのスイッチをカチリと押したようだった。
『力が欲しいか、小僧』
その時、声が響いた。
『儂は、もう死ぬ。寿命だ。だから、冥土の土産に、一つ、人助けなどしてやろうかと思う。お主に儂の力をやろう』
俺たちを、敵兵から庇うようにして、どこからともなくひらりと、民家ほどに大きな美しい白い狼が現れた。
それは魔生物と呼ばれる生き物である。
ガルディアス王国に存在している、動物とは違う不思議な生き物たち。
人に懐かず、時に人に仇なすこともある、危険な存在だ。
白狼は、俺の前に首を垂れた。それから、光り輝き始める。
光り輝いた白狼は、白く輝く一粒の石に姿を変えた。
石は、俺の体の中に、心臓に、強引に入ってきた。体の奥に、石が埋め込まれるのを感じる。
血液が逆流するような、全身が炎に焼かれるような感覚に、俺は一瞬意識を失った。
そして──俺は、俺自身が、白狼となり、敵兵が撤退を告げるまで、敵兵を食いちぎり、引き裂き、屠った。
元々──人と話すのが、得意な方ではなかった。
なんでもそつなくこなす頭のいいシュミットや、誰に対しても分け隔てなく優しく社交的で、法術を使用できるシャハルに比べて、俺は取り立ててなんの特徴もない子供だった。
両親は「レイシールドは、言葉を話すのが遅かった」「シュミットやシャハルは二歳の頃から話ができたのに」と、よく言ったものである。
別に、大切にされていなかったというわけではない。
ただ俺は俺自身を、面白みのない存在、と、評価していた。
年下の従兄妹であるラーチェにもよく言われたものだ。
『レイシールド様は、静かすぎているかいないかわかりませんわ。シュミット様のように引っ込み思案な本の虫、というわけでもなく、シャハル様のように腹黒くて怖そう、というわけでもなく。特徴がありませんのよ』
言い得て妙である。
ラーチェは、幼い時からすぐに男に惚れては熱を上げる困ったところがあったが、従兄のこととなると冷静になるらしい。
中庭でぼんやり花など見ている俺に向かって指をさして堂々とそんなことを言うラーチェを、『兄上、申し訳ありません……このこはちょっとお馬鹿さんなんですよ』と、シャハルが回収していって、シュミットが『兄上はそのままで十分ですよ。何事も、中庸、というのは大切ですから』と、幼い俺にはよく意味のわからないことを言っていたことを覚えている。
俺は、特に腹を立てたりはしなかった。
元々自分の出来があまりよくないことは自覚していた。
父上や母上に、皇帝の座は優秀なシュミットや、人当たりのよいシャハルが継いだ方がいいのではないかと本心からそう思って提案してみたこともある。
父上は『レイシールド。皇帝は第一皇子が継ぐ決まりになっている。その決まりをいたずらに破ると、争いが起こる火種になりかねない』と言っていた。
皇帝になるための教育は、兄弟三人とも受けていた。
これは俺に何かあった時に、弟たちが跡を継げるように、である。
シュミットは『皇帝など、とんでもない。私は、二番手ぐらいがちょうどいいのですよ。補佐官などがあっています』と言い、シャハルは『私も皇帝は嫌です。ラーチェを構えなくなる』と言っていた。
シュミットはラーチェの言うように賢いが、あまり人前に出るのを好まなかった。
シャハルは、ラーチェのことを飼い猫か何かのように思っているようだった。
ラーチェと結婚したいのかと聞いたが、そうではないらしい。シャハルのことはよくわからない。
皇帝教育を受けてたが、俺の成績は弟たちよりも悪かった。
剣術でも、馬術でも、なんでもそつなくこなす二人に比べて、俺は劣っていた。
それでも皇帝になるのだろうかと漠然と考えていた頃のことだ。
あれが、起こったのは。
隣国の、フレズレンとの会合に両親に連れられて同席をした。
長く和平を続けるための会合で、フレズレンの兵に俺たちは襲われた。
国境に造られたフレズレン側の要塞の、豪華な食事会場からの帰途のことだった。
フレズレンの国王夫婦に見送られて要塞を出た俺たちを待っていたのは、武装したフレズレンの兵たちだった。
あの時はわからなかったが、振る舞われた飲み物や食事に何かしらの薬が入れられていたのだろう。不意を突かれ、何かの毒を盛られた兵たちの大半が、国境の砦で命を散らした。
肉壁のように俺や両親を守りながら、まだ動ける兵たちが、俺たちを必死に逃がそうとしてくれた。
国境を越えれば、オスカヴィル辺境伯の砦がある。そこまでいけば、大丈夫だと励ましながら。
父は剣を持とうとしたが、国王陛下が戦うのは最後でなくてはいけないと、護衛の兵たちに嗜められた。
恐怖に涙を流す母と、この時になってまで状況が飲み込めない愚鈍な俺を連れて、父は兵たちと共に国境を目指した。
馬も、馬車も、当然奪われていた。
馬で追いかけてくるフレズレンの兵たちに、徒である俺たちが逃げ切れるわけがない。
敵兵から俺たちを守ために、殿を務める兵たちが、次々と倒れていく。
駄目だと、悟った。
死にたくなどない。死ぬのは、怖い。
多くの兵が、大地に倒れている。
ふと、思う。
こんなに多くの命を犠牲にして、俺には生きる価値があるのか、と。
だが、やはり死にたくなどない。
もう駄目だと悟ったのか、父が剣を取った。
眼前には、数えきれないほど多くの騎馬兵が、静かに俺たちを見下ろし、槍や剣を向けている。
母が俺の体を抱きしめる。全身が、震えていた。
あぁ、こんなところで。
死にたくない。
──多くの兵を殺した、卑怯なフレズレンなどに、殺されてたまるか。
その時俺は、ようやく状況を正しく理解することができた。怒りと憎しみが、頭の中にある何かのスイッチをカチリと押したようだった。
『力が欲しいか、小僧』
その時、声が響いた。
『儂は、もう死ぬ。寿命だ。だから、冥土の土産に、一つ、人助けなどしてやろうかと思う。お主に儂の力をやろう』
俺たちを、敵兵から庇うようにして、どこからともなくひらりと、民家ほどに大きな美しい白い狼が現れた。
それは魔生物と呼ばれる生き物である。
ガルディアス王国に存在している、動物とは違う不思議な生き物たち。
人に懐かず、時に人に仇なすこともある、危険な存在だ。
白狼は、俺の前に首を垂れた。それから、光り輝き始める。
光り輝いた白狼は、白く輝く一粒の石に姿を変えた。
石は、俺の体の中に、心臓に、強引に入ってきた。体の奥に、石が埋め込まれるのを感じる。
血液が逆流するような、全身が炎に焼かれるような感覚に、俺は一瞬意識を失った。
そして──俺は、俺自身が、白狼となり、敵兵が撤退を告げるまで、敵兵を食いちぎり、引き裂き、屠った。
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