崖っぷち令嬢は冷血皇帝のお世話係〜侍女のはずが皇帝妃になるみたいです〜

束原ミヤコ

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 私が感謝の気持ちを込めて微笑むと、レイシールド様は何故かものすごい勢いで私を睨みつけながら、私の手首を掴んだ。
 レイシールド様の指が長いので、手首を掴むとすごく指が余る。
 そしてちょっと痛い。
 私は何か、怒らせるようなお話をしてしまったかしら。
 不思議な花の話をしようとしていたのに、借金の話になってしまったから、怒ったとか?
 レイシールド様は心の狭い方ではないので、多分違うと思うの。どうしたのかしら。

「ティディス」

「はい」

「……お前の家だが、かなりよくない状況にあるのではないか」

「ええと、はい。いいか悪いかといえば、悪い、です」

「お前は娼館に売られそうになったのだろう? 何故そう、のんびりしているんだ?」

「のんびり……のんびり、しているように見えますか?」

「あぁ」

「それは、その、……私には、守らなくてはいけない家族がいるので。妹たちもそうですし、駄目な人ですけど、お父様もお父様ですし、それからリュコスちゃんたちも。私がお世話をしないと。お世話をできるのは、私だけなので」

「そうだとしても」

「私にできるのは、お世話をすることと、働くことだけです。学園にも通えませんでしたから、知り合いもほとんどいなくて、頼る相手もいませんでしたし……」

「心細かっただろう」

「食べていくのに必死だと、あんまり余計なことは考えないのですね。畑仕事もあるし、釣りもしなくてはいけないし、お掃除にお洗濯、内職と、縫い物。お料理、動物と植物のお世話。なんてことをしていると、あっという間に一日が終わってしまうのです」

 レイシールド様はまだ納得がいっていないように、私の顔をじっと見つめた。
 目つきが鋭いから睨んでいるように見えただけなのかもしれない。怒っているわけではなさそうだった。

「結局、泣いたって借金が減るわけじゃありませんし……侍女試験に受からなくても、娼館で働けば妹たちを学園に行かせてあげることができるかなって、思っていて」

「つまり、もし、俺がお前を追い出した場合は」

「娼館に……あっ、でも、その前に、お金持ちの男性との出会いがあれば……! マリエルさんが言っていたのですね、侍女たちは、皆、素敵な結婚相手を探しに内廷にくるのだと。私にも……借金を含めて私を娶ってくださるいい方がいればいいのですが……」

 そこで私は、これはどう考えてもレイシールド様に話すべきではないことに気づいた。

「ご、ごめんなさい……! もちろん私は、レイシールド様のおそばにずっといたいと思っています。でも、もしほら、私はあまりお仕事ができる方ではないので……いらないと言われてしまうかもしれないので、そうしたら結婚相手が……という話で……ヴィオ様、本当に結婚してくださるのでしょうか……」

 私は、初めて出会った日から顔を合わせるたびに「ティディちゃん、結婚する気になった?」と声をかけてきてくれるクラウヴィオ様のことを思い出した。
 クラウヴィオ様はずっと私を心配してくれている。本当に、心配になるぐらいの優しい方である。

「ティディス」

「は、はい……! ごめんなさい、私、また余計なことを話してしまいました……! 不思議な花の話でしたね……!」

 私はやや慌てながら、話を変えた。
 レイシールド様に結婚相手の相談をしている場合ではない。だって、レイシールド様に眠っていただくために私はここにいるのだから。
 レイシールド様は、私の手首から手を離してくれた。
 それから、何か言いたげな視線を私に向けたけれど、結局何も言わなかった。

「お父様が集めた草花、変わったものが多くて。例えば、満月の夜にだけ花を咲かせて、それがぼんやり光る月光花とか。水をあげると葉っぱが膨らんで、宝石みたいに輝くジュエルツリーとか、未開の山の山頂に群生している星みたいな花弁を持った星屑花とか。その中で一番珍しいのは、血吸いの荊でした」

「血吸いの荊」

「あっ、怖い花ではないのですよ。本当に血を吸うわけではなくてですね。触ると血が吸われるぐらいに痛いというところから、その名前がつけられました。ずっと昔は、国境の防御に使っていたようですね、何せ頑丈な荊で、馬防柵の代わりになったそうです。馬防柵よりもずっと有用だったそうですよ。燃えませんし、剣で切るのも大変ですし」

 私は、クリスティス伯爵家の鉢植えに生えている、血吸いの荊を思い出した。
 一年に一回、とても美しい赤い花が咲くのだ。普通の薔薇よりも茎が太くて、花が大きい。
 地植えにするとそれはもう大変なことになるので、絶対に地植え禁止だと、妹たちには言い聞かせている。

「まだ残っていたのか」

「知っていますか、血吸いの荊?」

「あぁ。過去、そのような植物で国を守っていたことは知っている。だが、今はもうあの花はない。敵国だった──現在も、敵国に戻ったフレズレンとの交流がはじまった時期に、全て切り取り、枯らしてしまったようだな」

「そうなのですね。我が家にはあるのですが、育てるのにコツがいるのです。血吸いの荊は、月の光に三日間あてた水をあげないと、枯れてしまうのですね。鉢植えにした場合ですけれど。地植えにすると、かなり繁殖するのですけれど、抜いてしまうと弱いのです。鉢植えにしたものをまた地植えにすることは可能ですけれど、しっかり水をあげていないと、一日で枯れてしまいます」

「なるほど。だから、荊はもうこの国には残っていないのだな。全て、抜いてしまったからか」

「深い森の奥になどいけばあるかもしれませんけれど」

「……お前の家には、残っているのか」

「はい。お父様が買ってきたのですね。どこからともなく。枯らせたらかわいそうですから、育て方をお父様が買ってきた本で調べて、育てました。妹たちに任せてきましたが、今も元気に育っていると思いますよ」

「そうか」

 そこまで話を終えると、レイシールド様は私の手をグイッと引いた。
 私はバランスを崩して、レイシールド様の隣にとさりと横になった。
 そのまま、すっぽりと抱きしめられる。

「えっ、あの、あの……」

「こうして人に触れると、俺は常に、誰かに怯えられてるのだと思い知る。だが、お前は違う」

「……レイシールド様」

「お前に触れられた時、お前を抱きしめた時、どちらもお前は俺に怯えていなかった。水色大虎よりは怖くないと考えていただろうか。それから、俺のことを、優しいと」

「ええと、は、はい、そうだったかも……ごめんなさい。水色大虎と比べてしまうとか、失礼なことをしてしまって」

「いや、いい」

 レイシールド様の体は硬くて、大きくて、いい香りがした。
 そして、横になったベッドは高級でふかふかで、まるで雲の上に寝ているみたいだった。
 あぁ、私。
 そういえばまだ、湯浴みも、着替えもしていなくて。
 今日は畑でカボチャを植えていたし、お洋服は汚れていないかしら。土臭くはないかしら。
 急に、恥ずかしくなってしまう。

「お前だけだ、ティディス。俺を、優しいなどと思うのは」

「レイシールド様は、優しい方ですよ。一緒にいれば、すぐにわかることなのに。不思議です」

「何故、そんなことがわかる?」

「何故って、……私、ずっとレイシールド様には、優しくしかして頂いていませんし、それに……皆を守ろうとして、人を傷つけたことでご自分が傷ついて、眠れなくなるような方が、優しくないはずがありません」

 そんなこと、深く考えなくてもわかるのに。
 私がそういうと、レイシールド様は一層きつく私の体を抱きしめた。
 規則正しい息遣いと、沈黙と、ふかふかのベッド。
 これは、このまま眠ろうということなのかしら。リュコスちゃんたちの寝息が聞こえる。
 レイシールド様の鼓動も聞こえる。
 なんだか、眠たくなってしまうわね。

 まるで、私を取り巻く不安や心配から、全てから、守ってもらっているみたいだ。
 小さく名前を呼ばれた気がしたけれど、私はふんわりとした眠りの中へと落ちていった。


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