崖っぷち令嬢は冷血皇帝のお世話係〜侍女のはずが皇帝妃になるみたいです〜

束原ミヤコ

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目覚めとお出かけ 1

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 びっくりするほど、ぐっすり眠ってしまった。
 目覚めたときに今が何時なのか、ここがどこなのか混乱してしまうぐらいに。
 うっすらと開いた瞳が焦点を結んで、ぼんやりとしていた視界がはっきりした時に、レイシールド様の胸板が視界いっぱいに広がって私は驚いて目を見開いた。

「あ、……わ……」

 小さく声をあげてしまい、私はきゅっと唇を結んだ。
 昨日私はレイシールド様に眠って頂くために、ここにきたのだったわね。
 それなのに、ベッドのふかふかさと、レイシールド様の体温のあたたかさに負けて、先に眠ってしまったのだった。
 抱きしめられたところまでは覚えている。今も、同じ姿勢で、私はレイシールド様の腕の中にいる。
 規則正しく上下している胸や、心音や、体温が心地いい。
 深く目を閉じてゆっくりとした呼吸を繰り返しているレイシールド様は、眠っているように見えた。

 閉じた瞼からのびる睫毛が、頬に影を落としている。
 正しい位置に目や口や、鼻が置かれているような、品のある整った顔立ちをしている。
 苦しそうな顔は、していない。穏やかな寝顔だ。
 私――何もできなかったけれど、でも、眠ることができてよかった。
 カーテンの外はもう明るい。
 目覚めたから、一度寮に戻って身支度を整えて、いつもの仕事に戻ろう。
 ベッドから抜け出すためにそろりと起き上がろうとすると、レイシールド様の腕が私を離さないとでもいうように、思いのほか強い力で私を抱きしめた。
 首筋に、ぐりぐりと顔が押し付けられる。
 大きい獣に甘えられているみたいだ。

「もう少し」

「……起こしてしまいましたか? ごめんなさい」

「いや」

「私……レイシールド様が眠りにつくまでお傍にと、思っていたのに、先に寝てしまって……」

「……ずいぶん、久々に眠った。お前が傍にいてくれたら、俺は眠ることができるようだ」

「私、何もしていませんけれど」

「あたたかいな、ティディス。それに、柔らかく、頼りない」

「……は、はい」

 密やかな声で、体の傍で囁かれると、なんだか落ち着かない気持ちになる。
 知らず頬が上気してしまう。背中に触れられる大きくて無骨な手や、筋肉質な体は、私とはまるで違う。
 レイシールド様はただ眠るために私を抱きしめているのだと思うのに、妙に意識してしまいそうになる。

「ティディス。……眠るお前を抱きしめながら、お前のことを考えていた」

「私のことを……?」

 どくりと、胸の鼓動が高鳴った。
 私のことを――。

「あぁ。お前の家の借金の残額は、いくらなんだ?」

「えっ」

 借金のことを考えてくださっていたのね……!
 確かに、眠る前に借金のお話をしたものね。すごく心配してくださったのね、きっと。
 とても申し訳ない。
 しゅんとする私の髪を、レイシールド様が優しく撫でる。
 
「言い辛いことだろうが、大切な話だ。分かるか?」

「え、ええと……それが、その、……元々は、三百万ギルスだったそうなのですが、利息というものが増えてしまって、今はいくらなのかわからないのです。月々に返済できる金額が三十万ギルスで手一杯で、借金取りの方もそれでいいと言ってくれたのですけれど」

 ただし支払いができないと、家探しして金目のものを持っていくのだ。
 そんなにないけれど、金目のもの。

「悪質だな」

「でも、元々はお金を借りたのが悪いので」

「まずは、その問題を解決する必要があるのだろうな」

「だ、大丈夫です……今は、お給金を前払いしていただいているので、返済できていますので……」

「ティディス。そういった者たちは、質が悪い。まともに返済をしたとしても、相手が死ぬまで搾り取ろうとしてくるものだ。……もっと早く、お前の立場を理解することができていればよかった。すまなかったな」

「レイシールド様……私、十分よくしていただいています。私の家の事情で、ご迷惑をかけられません」

 レイシールド様は何かを考えるように、じっと私を見つめた。
 昨日も同じように、私を見ていたけれど、結局何も言わなかったのよね。
 私は戸惑いながら、その視線を見返した。
 つい話をしてしまったけれど、借金のことなど我が家の恥でしかないし、話すべきではなかったかもしれない。
 心配をかけてしまうだけだもの。

「……ごめんなさい。お話をできるのが、嬉しくて。誰かに詳しく、私のことを話したり、いままでしたことがなかったものですから。嬉しくて……レイシールド様の傍にいると安心して、つい、余計なことを話してしまうみたいです」

「余計なことではない」

「私はただの侍女ですから、私の家のことなど、余計なことです」

「ティディス。お前のことは俺が守る。それは、お前の家族を守ることと同義だ」

 ――どうしてなのかしら。
 どうして、そこまで私によくしてくださるのだろう。
 真剣な声や、瞳には嘘はなくて、本当にそう思っていてくださるのがわかる。

 なんだか――無性に、泣きたくなってしまった。
 レイシールド様は私をもう一度ぎゅっと抱きしめた。 
 だから多分、潤んだ瞳は見られなくてすんだ。
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