シング 神さまの指先

笑里

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眠り

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 そこは横浜から少し離れた東京湾を望む高台にあった。敷き詰められた緑の芝生と海から吹き上がる風が心地よい。
 途中で花屋に立ち寄り、大きな花束を買った。それから目的の場所へ続く坂道をゆっくりと圭司たちは登って行く。ときどき立ち止まっては何度も地図を確認してようやく着いた。
 地面に平らに埋め込まれた四角い石碑。綺麗に磨かれている。
 ——正田紗英
 その名前が間違いなく刻まれていることを確認し、圭司はその場所へ跪き、買ってきた花束をそっと墓碑に供えた。その墓が誰のものか圭には教えていなかったが、圭司と同じようにしゃがみ込むと墓碑に向かって十字を切った。

 圭と史江が学校に行った後、圭司はステラに史江と話したことを伝え、それから先日聞いていた正田紗英の実家へ電話をして、紗英と不明の子供のことで話があるのでもう一度訪ねたいと紗英の母親に告げた。
 彼女は最初あまり良い返事はしなかったが、子供の行方に関するとても大事な話だと言うと、やっと訪問の承諾を得ることができた。
 つと思い立って、一枚の写真をポケットに入れて家を出た。ステラをひとり家に残しておく訳にもいかなかったので、今日は彼女も一緒に行くことになった。

 訪問は二回目であったこともあり、迷うこともない。呼び鈴を押すと、前回と同じように返事はなかったが、しばらくすると玄関の扉が開いて紗英の母親が顔を覗かせたが、外国人の女性を連れていたことに少し驚いた様子だった。
 応接間へ通され、「お構いなく」と母親に申し向けたが、それでもしばらくすると先日と同じように紅茶とクッキーをテーブルに置き、圭司とテーブルを挟んだ正面に彼女が座った。漂ってきた紅茶の甘い香りが鼻をくすぐるが、今日は紅茶の話は彼女の口からは出なかった。

「重要なお話と言うのは……?」
 どこから話していいか躊躇っている圭司に、母親が先に口を開いた。それでも話のきっかけを掴めなかった圭司は、思い出して家から持ち出してきた写真をポケットから取り出すと上下を逆にして彼女から見やすいように置いた。
 その瞬間——
 母親は驚いたように目を見開いてその写真を凝視した。それからまるで言葉を忘れたように写真と圭司を交互に見ている。ステラもこの写真を持ってきたことには気がついていなかったようで、圭司が何をしようとしているのかわからなかったのだろう、じっと写真を見ている。

 写真には聖華学園の制服を着た圭が写っていた。圭司が何を言いたいのか、紗英の母親はすぐにわかったのだろう、何も言わずに立ち上がると書棚に立てかけてあった古びたアルバムを取り出してきた。ソファに再び座ると今持ってきたアルバムのページをめくっている。
 やがてその手が止まると、アルバムを開いたままテーブルに乗せてクルリと百八十度向きを変えて圭司とステラに見えるように置いて、左手の人差し指で一枚の写真を指差した。
 そこには「髪の長い」圭、いや、家から持ってきた写真に写った圭に驚くほど似た、同じ聖華学園の制服を着た少女——正田紗英——の姿だった。
 確かに圭司も、圭と紗英はある角度から見るととても似てるとはずっと思ってはいた。だが、写真が引き起こした奇跡といえばいいだろうか、これほどまでに似ていることに驚いた。

「この写真の子はいったい——誰ですか。なんでこんなにも……」
 母親がやっと口を開いた。
「この子は、名前を高橋圭といい、現在紗英さんと同じ聖華学園高等部の二年生です。そして——」圭司もさすがに一瞬ためらった。「私の娘なんです」
「じゃあ、あなたはやっぱり紗英に会ったんじゃないですか。この間は会ってないって嘘をついたのね」
 それまでと打って変わって、激しい怒りに満ちたような表情をした正田紗英の母親が、強い口調で圭司をなじるように言った。彼女も圭が紗英の娘だと確信したようだった。

「いえ、そうじゃないんです。本当にそうじゃないんです。聞いてください」
 圭司は慌てて母親の怒りを打ち消すように懇願した。だが、彼女の怒りは簡単には収まりそうにないようだったが、圭司は辛抱強く頭を下げて、話を聞いてもらえるよう願った。
 彼女の母親が少し落ち着いたのを見計らって、圭司は圭との出会いから親子となった今までのことをゆっくりと丁寧に説明した。

「でも、そんな。いくらなんでも、そんな奇跡みたいなことが起こるなんて、信じろという方が無理です。私にはどうしても——」と母親は首を横に振る。
「お気持ちはわかります。それは私も同じなんです。でも、どう考えても実際に起こったとしか思えないんですよ、そんな嘘のような奇跡が」
 じっと母親を見つめながら、真剣な眼差しで圭司は語りかけた。
 そのとき、ステラが「圭司は嘘はついてないですよ」と英語で言った。どうやら彼女なりに、その様子から日本語の二人の会話内容を察知したようだった。すると、紗英の母親は「じゃあ、ほんとなの?」と英語で返したのだ。彼女もどうやら英語を解する人らしい。ステラは彼女に向かって大きく頷いた。
 母親はあまりの衝撃にポカーンと口を開けてソファに寄りかかった。
 だが、実は圭司はもっと複雑な気持ちだった。圭と出会ってから、いったいどれくらいの時間を掛けて圭の身元を探し続けただろう。それなのに、日本へ帰ってきたほんの二、三日でここまでもつれていた全ての糸が一気にほぐれたことに戸惑っていたのは確かだ。だが、それが現実であることを受け止めざるを得なかった。
 やがて、じっと写真を見ていた紗英の母親が、「この子はそのことを——」をぽつりと呟いた。
「いえ、まったく知りません。話していいものかどうか、迷っています。圭がどう受け止めるのか、実は不安でしかありません」
 圭司は初めて本音を吐露した。
「私も、一度会ってみたい。その子に。いや、絶対会わせて。まだはっきりするまで内緒でもいいから」
 母親が顔を上げて涙声で圭司に言った。
「わかりました。でも、一つだけ約束してください。まだ遺伝子検査もしてないので、曖昧なままあの子にそれを言っていいのか迷っています。私があの子に伝えるまでは、あくまでも他人の振りをしていただけますか」
 圭司がそう言うと母親は、
「わかりました。それがこの子のためなら、約束します」
と頷いた。
 そうして話し合った結果、さりげなく会えるように紗英の墓のある場所で午後から落ちあうことになった。圭には昔の友達の墓参りをしたいと言うことにして昼食をみんなで食べた後、紗英の墓に向かうことにしたのだった。
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